第12話 装備を整えよう
ブラッディウルフの解体をガブリに任せて、俺とセアはギルド内の資料室へ向かった。
魔法が使えるようになったが、専門知識はほぼないので、ちょっと学習するためだ。
資料室はあまり広いとはいえない小部屋に、本棚が三つ。それだけだった。この世界じゃ本は、結構値が張って、その種類も限られている。
だいたい専門書の類で、娯楽本はほぼないんだよな。
何せほぼ手書きで作っているから、量産体制が貧弱過ぎるのが原因のひとつに上げられる。印刷技術がまだ発展していないんだな……って、印刷?
またも馴染みのないワードが浮かんだ。続いて――
「もし印刷して本が量産できるなら、オレの小説、売れるかな……」
「ツグ?」
「はっ!? 俺、いま何か口走った?」
小説とか口にしたような。すると頭の中に、小説や、その内容やら、空想が一気に吹き出した。
――ひょっとして、これ、あの光の……?
追放され、死にかけていた時に見たあの光の思考だろうか。知らない記憶や情景が浮かぶ。その理由がすっと腑に落ちた。
胸の奥がドクリと波打った。何か知らないけど、書きたい。小説書きたい……!
これまで書いたこともないし、小説なんて言葉も今、初めて知った。なのに小説なるものがわかった瞬間、俺の中での欲求が高まった。何か面白そうじゃないか!
「大丈夫? ツグ」
「あ、ああ、大丈夫だよ、ありがとう」
セアが心配そうにするので、俺は彼女の頭を撫でた。そうだな、まずは今の生活を安定させるのが先だ。が落ち着いたら、一丁、小説をやってみよう。
俺はそう決めて、魔法資料の棚に行き、あまり多くない魔法の本を手に取った。
もっとも、専門書というより、『こういう魔法がありますよ』的なガイドだったが。詳しく知りたければ、魔術師に弟子入りするか専門の魔法学校へ行け、である。
「……」
セアは次が読めないので、退屈そうだった。
俺は、ざっと見回して、魔法の種類と効果についてだけ頭に入れた。詳しいやり方や、魔法の歴史、流派とかは、ひとまず無視。全魔法が使えるのだから、呪文はなくてもいけるだろ。これまでもそうだったんだし。超適当。
立ち読み五分ほど。見る部分を絞った結果、それでほぼ目的を果たした。
「おまたせ、行こうか」
セアに声をかけ、俺は資料室を後にする。解体の受け取りは後日として、ダンジョンに行くための装備を整えよう。
「準備?」
「ダンジョン探索は、武器や防具があるだけじゃ駄目なのさ」
ギルドフロアを抜けて、そのまま外へ。
「これから行く、アルトズーハ近くのダンジョンは、一度行ってるし、その前に入念に調べたから、そこは問題ない」
ただガニアンから追放されたせいで、それまで使っていた道具類がほぼなくなっている。まあ、買い替えしたくても許可が出なくて、いい加減ボロっちくなっていたから別に惜しくはないが。
「調達はしておかないとな。照明器具とか、保存食とか、縄とか工具とか、ポーションとか色々」
ある程度は魔法が使えるから、携帯食以外は、何とかなるだろうけど。
「本格的に冒険者としてダンジョンをフィールドにするなら、揃えておかないとな」
魔法が使えない状況のためにも、使える手は複数用意しておくものだ。
「用心深く、決して油断しない。はい、復唱して」
「用心深く、決して油断しない」
セアが素直に唱和した。本当、君はいい子だぁ。
冒険者ギルドを出ると、そこは武器屋、防具屋、道具屋などが店を並べている。必要なものは大体、この辺りで揃えることができる。
こういった店にとって、冒険者はお得意様。そのお得意様が出入りする場所の近くに店を構えるのは商売の基本だ。
「今回は武器はいらない。防具は……あ、そうだ、小盾を買おうと思っていたんだ」
というわけで、速効で防具屋に突入。店内の盾のコーナーを見て、鉄で補強された木製のバックラーを購入。金貨1枚と銀貨50枚。これでも並べられている他の盾より安いが、武具は基本高いのだ。
「中古を買えば、もう少し安く手に入れることもできるんだけどね」
さっそく購入したバックラーを左腕にベルトで止める。
バックラーは腕の長さ程度の小さな盾だが、その分軽い。腕に固定すれば、手には他のものが持てるという利点がある。防御にコツはいるが、視界もほとんど妨げないし。
「命を守るものをケチってはいけない。はい、復唱」
「命を守るものをケチるな」
よしよし。俺とセアは、道具屋へ向かう。武器防具以外に必要なものは、大体ここで揃うのだ。
「物がいっぱい……」
セアは率直な感想を口にした。照明道具や野外での調理器具、寝袋や革のシート。ナイフや片手用のハンマーなどの武器以下の道具。少ないながら、携帯食やポーション、毒消しありの札があった。
買い取りやってます、と専用のカウンターもあった。ダンジョンからの掘り出し物を、ギルド以外でも買い取ってくれるのだ。
まずは照明道具を……と、おっ、これは。
「魔石を仕込んだ照明の魔道具だな」
使い捨ての魔道具だから、専門店ではなく道具屋にもあるようだ。
「魔道具……?」
「そう。この小さな棒みたいなやつは、魔石灯と言ってな。先端を叩くと、中の魔石が光るって代物だ」
用途は、まあ松明と同じく照明である。火種が必要ないというメリットと、火ではないので、他に火を移したりできないというデメリットがある。
「完全に使い捨てなんだけどね、火傷しないから子供でも安全だ」
ちょっと松明より高いけど。非常用の照明として使う分にはいいだろう。
魔石灯、松明の両方を買う。ほかに野外用の調理器具や、保存食、ポーションや毒消し、そして焚き火用の薪もあったので購入。
ぶっちゃけ、魔物蔓延るダンジョンに数日こもるなんて滅多にやらないし、過剰な装備かもしれないが、異空間収納に放り込んでおけば移動の負担にはならない。
「こういうのを揃えておけば、いざという時、役に立つんだ」
まあ、ある程度は魔法で何とかするつもりだから、調理器具や保存食以外は、使わずに済めばいいんだけどね。
「よし、それじゃ行くか、ダンジョン」
「うん」
ここから俺とセアの冒険者ライフ、本格始動って感じかな。
「ツグ、何だか嬉しそう……」
「初心に戻ったというのかな、ちょっとワクワクしてる」
「ワクワク……」
「セアもワクワクしているか?」
「わからない……」
ただ、俺の言ったワクワクという言葉を繰り返しただけだったようだ。セアは少し考えて言った。
「少し、胸の奥が、ドキドキしてる、かも……」
それをワクワクというんだぞ――俺は暖かい目を向ける。
「そうか」
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