第11話 お断りします


「ツグ、『ガニアン』に戻れ」

「断る」

「はやっ!?」


 何を驚くトリスよ。戻ってほしい? だったら『戻れ』じゃなくて『戻ってください』だろう? 追放しておいて何で上から目線なんだよ。こっちに落ち度はないんだぞ! そもそも、それなら最初に言うことがあるだろう?


「今の『ガニアン』の空気は最悪だ」

「空気が悪いのはいつものことだろう」


 俺は皮肉る。昨日、冒険者ギルドで見かけた時は、さらに悪くなっているようにも見えたがな。


「だが、それが何だ? 俺には関係ないだろう?」

「お前は、前の仲間のことが気にならないのか!?」

「はい? 人を追い出しておいて、未練たらしく気にしているとでも?」


 お前、頭大丈夫?


「アヴィドが短気で損気なのはいつものことだし、アロガンが自分しか見ていないのもいつものことだ。テチが視野が狭く頑固女なのも、イリスィが面倒臭がりで傲慢なのもな。いつもと同じだろう?」


 トリスは口をへの字に曲げて押し黙った。反論しようのない事実だからな。


「いいから戻れ! お前がいないと、面倒が全部こっちへ来るんだよ!」


 知るかボケェ! と言ってもよかったが、表情はむしろ緩んだ。なに、この上からメガネ。苦労の矛先が自分に向いて、俺に助けを求めているの?


「Bランクのヒーラーであるお前が、まさかEランクの俺にできたことができないと?」


 雑魚扱いの上に、計算ができるのを自慢げにしていたお前が? 壊れたバックラーの買い替え代を却下させたり、割り当てに難癖つけたのを、こっちは忘れてないぞ!


「戻ってほしけりゃ、それなりの誠意を見せるもんだろう? 追放したのはそっちなんだから。ミスリル製のバックラーでも持ってきて、頭を下げるのが筋ってもんだろう、Bランクヒーラーさんよぅ」


 これは意地悪ではないぞ。戻らない、って意味だ。……アヴィドが、俺にミスリルバックラーとか買うわけないからな。


「くそっ!」


 とうとう、トリスは席を立った。


「絶対に後悔するぞ、ツグ!」

「お前がな」


 とっとと消えな。視線で言ってやれば、トリスは立ち去った。


「……あれくらい元気なら、まだ大丈夫だろう」


 本当にヤバかったら、なりふり構ってられないだろうし。ただ……ガニアンも長くないだろうな。ざまあみろ。


「ツグ……」

「どうしたセア?」


 ずっと俺の隣にいた彼女は小首をかしげている。


「昔の仲間……?」

「そうだな。まあ、もう仲間とも思ってないがね」


 一度出てしまえば楽になったというか。何であのパーティーにずっといたんだろう、と今では思う。『ガニアン』が内部崩壊しようが、俺は一向に構わない!


「関係ないさ。俺は今、セアとパーティー組んでるからな」

「うん」


 コクリとセアが頷いたので、その水色の髪を撫でてやる。本当、可愛いやつめー。


 やっぱり癒やしって必要だわ。荒れた心が浄化されるー。


「ブラッディウルフの肉が、どんな味になってるのか楽しみだな」


 コクコクとセアは首を振った。


 その日の夜、春の木漏れ日亭の晩餐は、狼肉のステーキだった。新鮮な肉だー! 俺とセアは、もちろん平らげた。


 エリン嬢と経営している家族の方々も、ニッコリだった。



 ・ ・ ・



 翌日、俺とセアは冒険者ギルドへ言った。


 掲示板のクエストを眺めて、ブラッディウルフ関連の依頼がないか探してみる。……あった!


「あ、でもCランク依頼になってるかー」

「ダメ……?」

「俺はEランクだからな。Dランクだったら受けられたんだけど」


 このランクシステムは、冒険者が自分のランク以上のクエストに手を出して失敗するリスクを抑えるためだから仕方がない。


 身の程知らずは、早死にする。一度も戦ったことのない魔物の力などわかるはずがないから、このランク付けは重要だ。


「ギルドとしては、クエストは果たしてもらいたいし、新人を無策で死なせるわけにもいかないからな」


 いずれ将来の上級ランクにもなれた素材を、経験の浅い新人時代に失うことは大きな損失だ。


「まあ、依頼は受けられないが、素材買い取りはランクに関係ないからな」


 俺は、ギルドの買い取り部門へと行く。倒したブラッディウルフの素材を持って行くと、買い取ってもらえる。


「もろもろ合わせて、金貨3枚!」


 ギルドの鑑定職員から提示された額に同意して、お金をもらう。セアが聞いてきた。


「これって高い?」

「一般的なグレイウルフだと金貨1枚にもならないからね」


 ランクの高い狼で、しかも素材として主な部位が一通り揃っていたからのこの額だ。爪や牙が少しとかだったら、金貨1枚くらいだったのではないか。


「じゃあ、まだお金になるね」


 セアは、俺が異空間収納に、複数のブラッディウルフが放り込まれているのを知っている。


「でも、まだ解体していないからね。……そうだ、ギルドには解体部門があるから、行ってみようか」


 彼女の社会勉強を兼ねて、冒険者ギルドの解体部門へ。解体が苦手な冒険者のための施設である。ギルドフロアから離れた場所にあって、そこそこ血のニオイがする。


 ガタイのいい、おっさん職員が休憩していた。


「おう、解体かい?」

「そうだ」

「見ない顔だな。……子連れの新人か?」

「俺の子じゃないよ。相棒だ」

「そりゃ失礼した。オレはここのチーフをしているガブリだ」

「ツグだ。こっちは、セア」


 ペコリとお辞儀するセア。意外と礼儀正しいのは、邪教組織での教育だろうか。


「で、手ぶらのようだが、解体したいもんはなんだ? ……まさか、そのお嬢ちゃんを――」

「笑えない」


 真顔で返せば、ガブリは肩をすくめた。


「解体場に何も持ってこないお前さんが悪いんだぜ? ひょっとして、人手が必要な大物で、外で待たしてるとか?」

「ブラッディウルフ」


 俺は異空間収納から、その狼を引っ張り出した。ガブリは目を丸くした。


「お前さん、魔法……収納の魔法が使えるのかい」

「冒険者の秘匿事項だ。秘密は守ってくれよ」


 ギルド職員は、職務上知り得た冒険者の、とくに能力や魔法関係の詳細を他人に話してはならない――そういう規則があるのを、長年の冒険者生活で知っている俺である。


 まあ、そうでなければ、収納魔法を見せなかった。


「おう、秘密は守るさ」


 ガブリは驚きつつも笑みをこぼした。


「ブラッディウルフを丸ごとか。……こりゃ忙しくなるなぁ。ツグさんよ、あんた、ブラッディウルフはこれ一頭だけかい?」

「他にも数頭」

「やっぱり! いやあ、仕事だ。こちとら解体部門に持ち込まれる魔獣って小物が多いから、結構ヒマな時間が多くてな」

「大きな魔獣は、普通に持ち運ぼうとすると人手がかかってしまうからな」


 倒した場所にもよるだろうが、他にも魔獣が出てくるようなところで輸送に人員を割く余裕はない。ソロだったら特にな。


「いやあ、有望な冒険者が入ったもんだ! これで、タダ飯食らいだの、働けなどと言われなくて済むぜ! どんどん魔獣を持ち込んでくれよ!」


 何だか感謝されてしまった。空き時間が多いせいで、他部署から後ろ指をさされているということか。喜んでくれるなら、俺もうれしいよ。


「じゃあ、よろしく頼む」

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