第7話 冒険者ギルドに行ってみた


 アルトズーハの冒険者ギルドを訪れるのは、三回目だった。


 前の二回は、追放された『ガニアン』に所属していた時だ。知ってるか? 昨日、俺はここで追放されたんだぜ。


 少し億劫ではあるが、悪いのは前のパーティーであり、ギルドが悪いわけではない。心機一転、頑張っていこう。


 俺とセアは中に入った。割と小綺麗な内装である。


「冒険者ギルドというのは、どこも似たような作りになっていて、冒険者をやっていれば、新しい場所でも困ることは少ないんだ」

「そうなんだ」


 朝一の時間を外したおかげで、一階フロアの冒険者の数はそれほどでもなかった。


「朝一番ってのは、依頼の取り合いで下級の冒険者たちが集まっているからな……」

「ふーん……」


 セアの表情を見ると、興味あるのかないのか、わからない。先輩風を吹かそうとするのはやめておこうかな。


 受付に行き、受付嬢に挨拶。微妙な表情をされたのは気のせいか。


「今日は、この子の冒険者登録をしたいんだが……」


 受付嬢がセアを見た。セアもまた無表情で見つめ返した。受付嬢は俺を見る。


「お子さんですか?」

「そんな歳に見える?」


 俺は冗談めかしたが、受付嬢は頷いた。……お父さんに見えるらしい。そりゃフレッシュな若者の枠からは外れるけどさぁ、未婚だし、傷つくなぁー。


 少し考えた様子の受付嬢。二十くらい。茶髪で受付としてはできる雰囲気を感じる。


「冒険者の登録料は銀貨50枚です。即金でも、クエスト達成からの天引きによる分割払いも選べますが――」

「いま一括で払うよ」


 俺が支払うと、彼女は登録用紙を出した。手書きの用紙には、氏名、年齢などの記入事項が並ぶ。


「字は書けますか?」

「……」

「俺が代筆しよう」


 受付嬢が、またも微妙な顔をした。読み書きできない人間が多いから、書けなければ受付嬢がやってくれる。……あ、俺、彼女の仕事をとっちゃったってことか?


「いいですけど、嘘は書かないでくださいね」

「嘘?」

「子供や奴隷を冒険者にするのは、なくはないですけど、使い捨てにはしないでいただきたいですね」

「あー、そういう悪い奴、いるらしいな」


 俺は違う。しかし受付嬢が微妙な表情なのは、それが理由が。俺がそういう悪いことに、子供を使おうとしているんじゃないかって。……心配してくれるなんて、いいギルドじゃないか、なあ、セア。


 俺は、登録用紙に書いてある字を指し示して、セアに言った。


「まず名前」

「セア」


 受付嬢の目の前で、やりとりをしてやる。俺がちゃんとセアに正しく聞いて、彼女の言うことを正しく書いているのを見てもらう。


 セアは素直に返事し、俺が記入事項を埋めていく。俺たちの雰囲気がよかったのか、受付嬢の表情も穏やかになっていった。


「……セアって前衛?」

「うん」

「じゃあ、戦士ってことにしておこう」

「いっぱい敵を倒す」


 さらりと言ってのけるセア。俺としては、ちと怖いものを覚えたのだが、受付嬢は生暖かい目をしていた。……セアのそれが、背伸びする子供のように見えたんだろうな。


 そうこうしているうちに、ギルドの奥の扉がバンっと開いた。何事かと思えば、そこで見たくもないものを見た。


 アヴィドら、冒険者パーティー『ガニアン』一行だ。


「――まったく、安い仕事を引き受けやがって」


 リーダーのアヴィドが不平をもらせば、女騎士テチが声を荒げた。


「お前が適当に選べと言ったからではないか! 私は悪くない」

「抜かせ。騎士のくせに字も読めねぇのかよ。だからテメェは脳味噌まで筋肉なんて言われんだよ。金髪女は馬鹿ってのは本当だったのか?」

「取り消せ! 髪の色で差別する気か! それに私は脳筋じゃないぞ! アロガンと違って!」

「おいおい、そこで何でオレ様の名前が出てくるんだ、脳味噌バカ女!」


 ……うわぁ、荒れてるなぁ。他人のフリ、他人のフリ。

 俺は用紙に向き直り、見ないフリをする。


「ねえ、アヴィド。わたし、矢がなくなりそうなんですけどー」

「自分で調達しろよ」

「えー、めんどいー。それにわたし、どこで矢を売ってるか知らないんですけどー」


 エルフの弓使いイリスィが、面倒くさがっていた。


 俺もあれには散々振り回されたなぁ。そういや、俺を追放したわけだから、俺のやっていたサポートは誰がやるんだろうね。……知らないけど。


「雰囲気悪いですね……」


 受付嬢が、露骨に嫌そうな顔をした。フロアを我が物顔で通過していくガニアンのメンバーたち。


「ツグさん、本当にあの人たちとは関係ないんですか?」

「え、俺、名前言ったっけ?」


 受付嬢に言われて、ちょっとビックリ。だって俺、ここまだ三回しか使ってない。


「Bランク冒険者パーティーが来たって、結構話題になっていたんですよ。その中で、唯一のEランク。それで交渉事とかやっている姿を見れば、覚えてしまいますよ」

「……あまり褒められているわけじゃあなさそうだ」


 苦笑するしかない俺。受付嬢さん――


「そういえば名前聞いてなかったね」

「ウイエです。改めてよろしくお願いします、ツグさん」


 受付嬢、ウイエはそこで声を落とした。


「で、さっきの話ですけど――」

「ガニアンはやめた。正確には追い出された。俺、Eランクだから」

「そうですか。でも、それがよかったかもしれないですね。ランクが高いと難度が高いクエストとか依頼されることもありますし……」

「……」

「そういえば、近場のダンジョンに雷を使う魔物が出たって話です。たぶん、ガニアンにそれの討伐が依頼されたんじゃないですかね」

「今の奥から出てきたのがそれか」


 ギルドからの直接依頼というわけか。まあ、俺にはもう関係ないけど。


「――はい、登録の記入ありがとうございます。ランクプレートを発行するので、少しお待ちを」


 ウイエが一度、席を外した。セアが俺を見た。


「ランクプレート……?」

「冒険者の証明ってやつだ。俺のはこれ」


 Eランクを示す銅製の板だ。FからDまでが銅で、B、Cランクが銀。Aランクが金だったはずだ。


 そんな他愛ない話をしていると、ふらっと男の冒険者がやってきた。


「はー? 冒険者なりたてのルーキーが、女をナンパかよ?」


 うわっ、変なのが絡んできやがった。俺が睨めば、二十そこそこといった男は俺を見て、顔を歪めた。


「なんだよ、おっさんかよ。その歳でいまだ銅プレートなんて、恥ずかしくないの? ははっ」

「……」


 何だこいつ。ケンカを売ってるのか?


「そういうお前は、どうなんだ? 中級冒険者……には見えんが」


 装備も大したことない。俺の見たところ、同ランクか、よくてD辺りだろう。


「うるせぇよ、アンタには興味はねえよ、おっさん!」


 そうだ、こういう時こそ鑑定を使おう。


 ――デューイ、20歳。クラスは戦士。ランクはE。……何だこいつ女の敵って? お前、セアにちょっかい出そうってか!?


 このデューイという冒険者の魂胆が透けてみえてしまった。案の定、デューイはセアを見た。


「こんな情けねえおっさんよりオレのほうがいいぜ? オレが手取り足取り、冒険者ってもんをレクチャーしてやっからよぉー」


 すっと手を伸ばすデューイ。瞬時にセアの目の色が変わって身構えたが、それより先に俺の手が、デューイの腕を掴んだ。


「おい、保護者の前で、ナンパとはいい度胸をしているんじゃないかねぇ、Eランク君?」

「何す……あ、イデデデデ、ちょ、あがっ!?」


 ちょっと力を入れたら、デューイがみっともなく声を上げて痛がった。あ、これ、やば――俺はそれ以上はいけない予感がして、とっさに手を放した。


 デューイは俺に掴まれた腕を、痛そうに押さえる。


「いてぇ、何しやがんだ、クソ野郎!」

「はぁ? ちょっと掴んだだけだが……もう少し掴んで欲しかったか? んん?」


 俺が手を伸ばすと、デューイは悲鳴をあげて後ずさった。


「だっ、やめろ! 触るなっ!」

「二度と来るな、Eランク君」


 俺が手を振ると、デューイは情けなく逃げ出した。……相当、腕が痛かったんだろう。


 すまんな。何か微妙に骨にヒビが入りかけていたと、鑑定に出ていた。もう少しやってたら折れていたかもしれん。


 ちょっと握っただけなんだが、どうしちゃっただろうな。俺、そんな握力ないんだが……。


 パチパチと、ちょっと離れたところから拍手の音が聞こえた。見れば、知らない女冒険者だった。同様に好意的な女性陣の視線と、逃げるデューイをあざ笑うような目がいくつかあった。


 ひょっとしたら、あのデューイという冒険者、女冒険者たちに、うざがられていたのかもしれない。


 周りの、俺に対する視線がとても優しくなったような気がした。


「お待たせしました。見てましたよツグさん」


 ウイエが戻ってくると、俺ににっこり微笑んだ。


「あの人、ちょっと絡みがしつこいと何度かギルドでも注意していたのですが……。たまには痛い目をみればいいと思います。おかげでスッキリしました!」


 それは、よかったですね……。俺はこそばゆくなって苦笑した。

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