第6話 言動の違和感


 昨日は何だかんだあって、よく眠れた。


 だが目が覚めたら、背中に熱を感じて俺はビックリしてしまった。


 なんで! そこに! セアが! いるんだ?


 部屋のスペース上、ベッドふたつをくっつけたせいか? 


 別に服を脱いでいるわけではなく、子供が親と添い寝している感覚に近いが……ちょっと面を食らった。


 ベッドを合わせたとはいえ、お互いにくっつくような距離ではなかった。俺が寝ているうちに彼女が近づいたのだろう。


 何故?


 寂しくなったってか? 見た目より精神的には実は幼いのかな、セアって。


「ん……」


 そのセアが目を覚ました。すぐそばに座っている俺。別にやましいことはしていないが、ちとバツが悪い。


「……ツグ」

「おはよう」


 なんて声をかけるべきか。そもそも知り合って一日しか経っていない。鑑定スキルのおかげで、彼女の背景はわかっても、普段の思考などはわからないことのほうが多い。


 挨拶以外に言葉が浮かばない俺だが、セアは何か言うでもなく、寝ぼけ眼をこすっている。……可愛い。


 するとセアはベッドの上で正座して、無表情ながらペコリ。まだ若干寝ぼけているか。


「おはようございます」

「お、おう、おはよう」


 なに、この可愛い娘。



 ・ ・ ・



 春の木漏れ日亭の朝ご飯を、一階の食堂で摂る。これまた普通に固いパンと目玉焼きと、あっさりスープ。特徴はないが朝ご飯だなぁ。


 しかし何だろう。昨日までは特に何も感じなかった料理なのに、今は少し物足りない気分になる。


 パーティーから追放され、死にかけた後から、俺の中で何かが変わった気がする。能力に目覚めた、というか、あの不思議な手帳に書き込んだことから、明らかに変化があった。


『執筆チート』


 頭の中でそんなワードが浮かんだ。こんな言葉、昨日までの俺なら絶対に知らなかったし考えなかっただろうな。


 この不思議な手帳。これも魔法の類いなんだと思う。必要な時に具現化する感じだ。それ以外の時は、まるで持っていないように存在を感じなくなる。


「ツグ」


 固いパンをスープで柔らかくしながらセアは言った。


「今日は、冒険者ギルドに行くの?」

「ああ、昨日話した通りだ」


 自然とセアを俺が面倒みる形になっているが、今後も一緒にいるなら、彼女の適性を見るに冒険者になっておくのがいいだろう。


 すでに魔物と戦った経験があるし、そもそも戦闘向きに育てられていたという過去がある。芸は身を助く、ではないが、彼女自身やりたいことが見つかるまではそれでいいと思う。


 何にせよ、生きていくためには金を稼がなければいけないのだ。


 そのなると、セアにも武器や防具を調達しないといけないな。他にも、必要な装備も揃えないと。


 金があるうちに。


 俺は、手早く朝ご飯を済ませると、冒険者をやっていく上で必要なものをメモ代わりに手帳に書き込んでいく。


 ……そう言えばセアって、どういう戦い方をするんだろ。


 前回、鑑定を使った時、『マジックウェポン』を使用と書かれていた。ラン・クープラという近接用のグローブのような外観で、魔力で刃物を形成することができるらしい。それを両手にそれぞれ装備する。


 持っているように見えないのだが、魔力によって具現化する魔法武器だと鑑定では出ていた。


 そうなると……武器は買わなくていいか。


 魔力で具現化か。昨日、剣やベッドを複製したが、魔法で必要なものを揃えられたりしないだろうか……?


 何でもやってみるものだ。俺とセアは食堂から部屋に戻ると、お出かけ前に試してみることにした。



 ・ ・ ・



 その結果、所持している物の数が増えました。


 俺の武器や防具のほか、服や下着の類まで、複製したので予備ができた。それにともない、これらを持ち運ぶ手段が必要になるが、異空間収納魔法を使うことで、持ち運びに関しての問題もクリアした。


 この収納魔法が使えるとわかったから、予備を用意したってこともあるけど。


 世の中には、アイテムボックスと呼ばれる収納の魔道具がある。希少ゆえ、俺は持ったことがないが、あれば携帯できる量が増えるから、便利だってもっぱらだ。


 容量はピンからキリまでらしいが、俺の収納魔法は、今のところ、そういう制限はなさそうだ。試しに昨日作ったベッドも放り込んだら、難なく入ったし。


 また、この複製に関係して、目の前に実物がなくても、想像だけで複製できないかやってみた。


 結果から言えば、微妙。俺のイメージ力が足りないのか、できたものにはバラつきがあった。


 馴染みのある武器などは、それなりのものになるが、どうにも安物感が拭えず、また見た目も弱そう。愛用しているショートソードだけは、まともだったから、普段から見慣れているもののほうがよさそうだ。


 さて、複製できるとなると、お金を複製すれば、わざわざ稼がなくても生きていける。これは俺も考えたが、何というかとても気持ち悪い感覚に陥った。


 お金はお金なのだが、偽造、ニセ金、と心の奥底が嫌悪感を示しているようで、気分にならなかった。


 同時に、複製した品を売って金にしよう、という考え方も、思いついた途端に却下した。というかこれまた猛烈な拒否感が勝ったというか。……俺自身、自分じゃない何かみたいで、あまり気分がよくなかった。


 とてつもない違和感。


 ……うん、人はまっとうに働けということだな!


 自分で利用する分は複製するが、それで金儲けしない! 


 そんなわけで、試したいこともやったので、俺とセアはアルトズーハの冒険者ギルドへ出かけた。


「そういえば、セアって、字が読めるか?」

「……」


 首を小さく横に振られた。そうか、まあ、この世界じゃ読み書きができるって、ちょっとしたステータスだからなぁ。田舎の農民なんて、字が読めないまま一生を終えるってのも珍しくないし。


「ツグは、字が読める……?」

「読み書きはできるよ」


 独学ではあるけど、冒険者をまともにやっていれば、そこそこ覚えられるものだ。


「セアも、読み書きできるようになるか?」

「……」


 少し考えて、セアは俺を見た。


「ツグがそう言うなら」

「覚えておいたほうがいいぞ」


 と言うと、本当に親みたいなことを言っているな、俺。まあ、損するものではないから知っていると便利なのは間違いない。

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