第5話 複製してみた
春の木漏れ日亭の食事は、まあまあだった。
野菜スープにパンとオーソドックスであり、レベルとしては、不味くはなく普通。しかし、空腹だったせいか、文句もなく、全部食べた。
温かいスープにありつけただけでも、むしろ上出来と思わなくていけない。向かいの席で同じく食事をしたセアも、スープを飲む時、少々顔がほころんで見えた俺の気のせいではないだろう。
さて、部屋だが、こじんまりとしたもので、ベッドの他、簡素な机と椅子がひとつずつあるだけだった。窓はひとつだけで、民家の一般的な部屋としかいいようがなかった。
「まあ、屋根と壁があるだけ、贅沢言えないな」
すっかり夜になっていて、宿の娘――エリンと名乗った彼女が、明かりとしてロウソクに火をつけていってくれた。……しかしわかってはいるが薄暗い。
「そうだ、魔法を使ってみよう」
照明、と一言。すると部屋の中がポッと明るくなった。ちょっとまぶしいかな?
「セア、ベッドを使っていいぞ」
ひとつしかないベッドは、彼女に譲る。しかし、当のセアは小首をかしげた。
「ツグがベッドを使って。わたしは床で寝るから」
「おいおい、馬鹿を言っちゃいけない」
少女を固い床で寝かせるわけにはいかない。
「平気」
セアはマントをたたんで枕代わりにした。
「慣れてる」
「……」
慣れてる、じゃないよ! 俺は思わず頭をかいた。彼女を育てた親、というか邪教組織の連中は、子供を何だと思っているのか!
「いいから、セアはベッドだ」
「……一緒に寝るの?」
「ん?」
いま、セアは何と言った? 一緒に寝る、だと? それは、お、俺と彼女が、同じベッドに横になるということかー! あ、あ、あ……それは、色々よろしくなくない!?
「ツグ……?」
「うーん……うん」
顔が熱い。たぶん俺、顔が真っ赤になってるんじゃないか。セアは可愛い。美少女と同じベッドとか、それはもう、色々イケないのではないだろうか。
鑑定様によれば、セアは処女。男と女が同じベッドに寝るということがどういうことか理解されていないに違いない。も、もちろん、俺も異性と、ま、ま、まぐわったことないけど!
「お、俺が、床で寝たいんだよ! 言わせんな!」
ばかー、何言ってるのぉ、俺ぇー! こんな動揺しているのは、いつ以来か。
「いいか、ベッドで寝なさい。いいね!」
「わかった」
セアはコクンと頷いた。……よしよし、それでいい。
しかし、自分で言っておいて何だが、床で寝るというのも何だかなぁ。ベッドがひとつしかないからしょうがないんだけどな。……ベッドを増やせないものか。
俺は、指でベッドの周りを囲むようにして見る。写真を撮るように――と、また初めての言葉が浮かんだが、理解できるのでよしとしておく。
全部の魔法が使える、と手帳に書き込んだ俺だけど、この全部というのは、複製とかもできるのか。
「やってみよう。『複製』!」
魔法には呪文が――以下略。専門外なので長ったらしい文言など知らない。睡眠の魔法だって、それ一言でできたし、何とかなるだろう。
と思っていたら、ドンと、複製しようとしたベッドがもうひとつ現れて、ただでさえ広くない部屋を圧迫することになった。
「できた」
「すごい……」
セアが目を大きくして、精一杯の驚きを見せている。
「ベッドが増えた」
「やってみるものだな。これでベッドの問題は解決した」
俺は斜めっているベッドの位置を修正。ほぼベッド同士隣接する格好だが仕方ない。
ベッドに乗って、俺もようやく落ち着いた。
「しかし、複製か……」
ベッドができたのだから、他にも色々複製できるってことだよな。俺は試しとばかりに、目についた愛用の武器であるショートソードを増やしてみる。
何せ武器ってのは、壊れるものだ。買うとなると、それなりのお値段になるから、複製できるなら、武器の予備も確保しておきたい。
まあ、持ち運べる量というものがあるから、あまり増やそうとは思わないものだが。
「複製」
うへぇ、ショートソードが2本になった。確かめてみると、本物の剣だ。ご丁寧に微妙な傷やらも、寸分違わぬ場所にあって、完全な複製である。
「ツグって、錬金術師……?」
どこかキラキラしたような目を向けてくるセア。純真無垢のような目に、俺もこそばゆくなる。
「錬金術師ではないな、うん。魔法を使っているつもりだけど、これって錬金術か?」
ちょっと疑問だ。魔法以上に、錬金術とやらの知識は疎い。
それから、複製を含めて、魔法を色々試してみた。
・ ・ ・
「やっぱ、生活費を稼がないといけない」
魔法の試しがひと段落した後、俺はベッドに横たわる。
懸賞金をもらったとはいえ、何もしなければ遠からずお金はなくなる。
「じゃあ、何ができるかと言うと……やっぱ冒険者なんだよな」
ひとりになったが、十年近く冒険者をやってきた経験はある。
「ツグ、冒険者って、モンスターと戦う人だよね……?」
「そうだ。正確にはモンスターと戦ったりすることもある、何でも屋みたいなものさ」
採集に行ったり、助っ人をやったり、護衛をしたり……たりたり。
「わたしも、戦えるよ……」
セアは、淡々と言った。――そりゃあ、戦闘用の実験体として邪教組織で育てられたもんな。鑑定によれば、戦う心得もあるし、モンスターとの戦闘経験もあるとなっている。……でもなぁ。
「怖くない?」
「平気」
首を横に振るセア。
「……ひとりになる方が、怖いから」
すぅー、と俺は思わず息を吸った。胸の奥が苦しくなる。……そうだよな、この子は、そういう子なんだ。
パーティーから追放され、ひとりでどうにかしていかなきゃいけないって思ったけど、セアと一緒にやっていくのも悪くないかな。
彼女もまったくの素人じゃないし、コンビを組むのもいいかもな。
「じゃあ、セアもなるか? 冒険者に」
「うん」
セアは首肯した。素直な娘だとわかってはいるけど、本当、いい子だな。
まあ、他に頼るものがないから、というのもあるんだろうけど。たぶん、彼女にとって、俺が今のマスターなんだろうな……。
「じゃ、明日は、この町の冒険者ギルドに行って、登録してこようか」
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