第3話 魔法を試してみた
不思議な手帳に書き込むと、その能力を使うことができる。
ひとまず鑑定能力は獲得した。だが、それ以外の能力については、本当に獲得したのかはわからない。
かと言って、物は試しと殴りかかったり魔法を使うなんて真似はできない。それではただの馬鹿だ。
「……ふむ」
町行く人々を、チラチラと鑑定する。大半はここ、アルトズーハの町の人間で、それぞれの仕事についていたり、主婦だったり子供だったり。
ちなみに、俺もこのアルトズーハは来たばかりで、まだ勝手がよくわからない。何せこの町で一稼ぎしようと出てきた矢先のパーティー追放だったからな。
前の町を出る前の追放だったなら、せめて飯代くらいはツケのひとつもきいたかもしれないのに。……くそが。
それにしても、なかなか小綺麗な町だと思う。人もそこそこ多い。旅人や行商、冒険者の姿もチラホラと見える。
「ツグ……」
俺の後ろをついてくるセアが声をかけてきた。相変わらず声が小さくて、周囲の雑音にかき消されそうではあるが。
「どうした?」
「これから、どうするの?」
そう言えば、言ってなかったな。
「とりあえず、お金と装備を取り戻そうと思っている」
俺を刺した物盗り野郎を、報復ついでに武器を取り戻す。俺が元の持ち主であるわけで、その物盗り野郎をボコるのは自身のものを取り戻すという正当性がある。
「ツグを襲った男を探している……?」
「そう。……わかるのか?」
聞いてみれば、セアはコクリと頷いた。ひょっとして俺が刺されたのを見ていた? それからずっと俺を見ていたのかね……。
実は、『嗅覚強化』のスキルを手帳に書き込んで、俺の持ち物のニオイを探していたところだ。物盗りは俺から奪ったものを持っているので、それを辿っていくって寸法だ。
だが、セアがわかるというなら、嗅覚スキルの答え合わせにもなるだろう。
「じゃあ、案内してもらっていいかい?」
「わかった」
セアは歩き出した。……俺、素直な子供って好き。尊いと思う。
人混みを抜けて、俺たちは移動する。セアを前にして気づいたが、人々の視線が彼女へと向けられている。
格好が、一般的な外出用というより、奴隷に着せるような簡素過ぎる服のせいだ。町の人たちは、セアのことを奴隷かと思ったのだろう。
ちなみに彼女が、何故その服かと言えば、マスターとして従っていた男が行方不明になったところ、悪い大人に保護され、奴隷商に売られる前に着替えさせられたせいだ。
まだ正式に奴隷商に売られていないため、奴隷の刻印などはない。なお、その悪い大人は、セアに狼藉を働こうとしたため、死亡した――と『絶対鑑定』には書かれていた。
……そう、この娘、実験体とあるが、どうも戦闘用らしく、それ用の能力を複数持っていた。
鑑定によれば、殺人経験あり。なお処女である――そんなことまでわかる鑑定様。
さて、セアはスイスイと人の流れを避けていく。なるほど、こりゃ只者の動きじゃないね。
ただ俺には、どこか現実離れした、妖精か精霊の類いがヒラヒラと人の間を抜けているようにも見えた。
可憐だ……。
やがて、俺の嗅覚スキルと、セアが目指している地点は合致した。町のはずれ、薄汚れた区画の古びた建物。集合住宅っぽい一角から、俺の持ち物のニオイがしていた。
「ここ」
セアが、その入り口である扉の前で言った。
「どうしてわかった?」
「血のニオイ」
淡々と、人形のような目で、さも当たり前のようにセアは俺を見上げる。……この娘もニオイを辿ってきたわけね。
さて、どうしたものか。町中で捕まえられればよかったが、ここは奴の拠点かもしれない。部屋の中の様子はわからず、扉の向こうの物盗りが一人という保証もないんだよな。
「索敵」
俺はふと浮かんだワードを、手帳を取り出して書き込んでみた。扉を凝視すれば、部屋の中だろうか、脳裏にそれが浮かんだ。
「中に三人いる」
こいつらは物盗りの仲間か。中から声や音は聞こえないか。『聴音強化』を手帳に追加。それで耳をすませば……よしよし聞こえてきた。
『……ちぇ、銅貨かよ。しけてんなぁ』
『まあ、剣を売れば、稼ぎになるだろ』
回収品を改めているのだろう。中の連中は、物盗り仲間で間違いなさそうだ。
踏み込みたいところだが、一対三か。こっちは丸腰。手帳に書き込んだから、魔法が使えるようになったと思うが、まだ使っていないから未知数だ。
「ツグ」
セアの、か細い声。「なんだい?」と俺も声を落とした。
「中の人、やっちゃう?」
それは殺すって意味か。表情をひとつ変えずに言うものだから、俺も困惑。
「まあ、待て。……魔法を試してみる」
正面から相対する前に、先制してしまおう。気づかれていないうちなら、失敗しても困らない。
「眠れ……」
睡眠の魔法のつもりでやってみる。魔法には呪文などあるのだが、あいにく俺は専門外だ。……にもかかわらず全部の魔法を使おうとか、身の程をわきまえろと自嘲。
バタン、バタン。
重いものが落ちるような音が、扉の向こうからした。索敵スキルだと、中の人間の動きがなくなっている。……マジで眠った!?
「しー」
俺は、人差し指を立てて、静かに、とセアに告げて、扉のノブを握った。すっと開けようとしたら、ノブが壊れた。
「おおぅ!?」
思わず声に出た。何という脆いドアノブだ。しかし、物音に反応なし。俺は扉を押して、中に入った。
いたいた、机に突っ伏しているのは俺から剣と金の入った革袋を奪った男だ。床に倒れている別の男が、俺の剣を持っていた。
素早く剣を回収。何の変哲もない鉄のショートソードだ。ちょっとくたびれた感があるが、俺の剣で間違いない。
もうひとりいるはずだ。部屋の奥を見れば、倉庫になっていて、そこに戦利品だろう。盗品の武具やその他、アクセサリーや宝石などがあった。そして最後のひとりもそこで眠りこけていた。
縄があったので、物盗りグループをそれぞれ縛り上げる。起きるかなと思ったが、そんなこともなく、あっさり三人をお縄にした。
「それにしても、こいつら結構、ため込んでるんだなぁ」
箱いっぱいに金貨や銀貨が詰まっている。これだけあれば、相当遊べただろうに、何で盗みなんかするのかねぇ。
「ああ、逆か。盗んだからここまで貯め込めたのか」
ここにあるのを全部回収したら、俺もしばらく生活費に困らないし、セアに服を買ってあげられるだろう。武具も、これを拝借すれば、今より充実する――
「……いや、そういうのはよくないよな」
「?」
セアが首をかしげる。俺はそんな彼女の頭を撫でた。
「憲兵に通報しよう」
まあ、俺を刺した野郎には、一発見舞っておきたいところだが、この野郎は牢に繋がれて臭いメシ生活。いや、常習犯っぽいし死刑かもな、ざまあみろ。
それはともかく、他にも被害者はいるようだ。盗られたものを探している人もいるかもしれない。
俺は冒険者だが、清くありたい。それにこの手の物盗りを突き出せば、お礼金が出ることもある。グループとなると、もしかしたら金額のほうも期待できるかもしれない。
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