第2話 スキルとやらを書き込んでみた
路地裏に舞い降りた天使……と思わず心の中で、彼女を形容した俺だけど、最初に出た言葉は。
「おじさん……か」
26ともなれば、おじさん呼ばわりか。うん……。
「俺は……何をしているんだろうね?」
仲間たちから追放され、失意で彷徨っていたら物盗りに刺されて死にかけた。あの世からのお迎えがきたと思ったら、傷が治っていてこの有様だ。
「俺にもわからん」
「?」
水色髪の少女は無感動な目を向けてくる。アクアマリン色の美しい瞳だが、感情が希薄というか、まるで人形のようだ。
路地裏の孤児とはよく言ったもので、目が死んでいるように見える。
「そういう君は? ここに住んでいるのか?」
「……」
ブンブン、と首を横に振った。可愛い。ずるいな、ちょっと否定の首振りしただけで、絵になる。
それはともかく、てっきり家なしの子供だと思ったが……。
「それなら、家があるなら帰りな。こういう路地ってのは危ないからな」
でないと俺みたいに刺されることもある。この娘のように可愛い外見だと、悪い大人にさらわれたり、ひどいことをされたりなんてこともあるからな。
特に彼女に救われたわけでなく、単なる野次馬なら、これ以上かかわることもないだろう。
俺は例の手帳を取り出し、確認を続ける。知らない言葉だが、読めるし書ける。そこでふと、めくる手が止まる。
異世界に転生したら欲しいスキル……?
何だこりゃ。スキルっていや、あれだろ。特殊技能っていうか、才能や能力ってやつ。
そこで、ふと少女を見る。彼女は相変わらず立ち尽くしている。俺は見世物じゃないぞ……。
あー、そうだな。見ただけで、そのものを理解する力ってのを聞いたことがあるな。
『鑑定』
心の中でそのワードが浮かんだ。
俺は手帳に書き入れる。
『絶対鑑定。ありとあらゆる物を鑑定する――』
後は何かあるか? そこで少女を再度見た瞬間、文字が浮かんだ。
『セア・フォー、14歳、性別、女――』
は? なんだこれ。それまで見えなかったものが突然、見えるようになった。
……どうして文字が見えるのか? いったいこれは……。
これって、ひょっとして鑑定の効果?
やべっ、俺、鑑定の能力に目覚めた? そこでハッとした。
俺が手帳に書いたから? 欲しいスキルに書き込んだから、使えるようになった……?
「すげぇ……」
少女――セア・フォーというらしい。彼女の年齢、性別や能力が見える。力とか素早さとか、数字にされたが、基準がわからないから、高いのか低いのかよくわからない。
そこでじっと見ていたら、見なくてもいい情報とか、突っ込みどころに困る部分も出てきたので、俺はすっと目を背けた。
……全部、見えてしまうというのも考えものだな。たとえば、家族がすでにいないとか、邪教組織の実験体とか、云々。
凄惨な半生だったんだろうな、と想像できて辛い。彼女の記憶まで見えたわけじゃないから、俺の妄想も入っているんだろうけどさ。
……気が滅入るので、手帳へと視線を戻す。
この手帳に書き込んだら、その力が使える――試してみよう。たとえば何だ?
最強の剣術、いや達人級の武術とか。そうだ、魔法!
俺は魔法を勉強する機会がなかったが、魔術師、いや魔法戦士に憧れていた。使えたら便利だろうなぁ、魔法!
攻撃魔法……回復の魔法とか、補助系の魔法も使えたら格好いいのではないか? 回復魔法なら、ポーションいらずで経済的に優しいのでは……?
俺は手帳に、魔法を書き込む。専門外だから『全部』と書いておく。ついでにあらゆる武術と武器熟練も加えておく。
これで俺も上級冒険者に負けないんじゃないか? などと考えたが、何も戦うだけがすべてじゃないことに気づく。
普段の生活に役立つ能力も欲しいな。あと幸運に恵まれるとか。何せ、いまの俺は、物盗りに武器も金も盗られてしまっている。家族はとうに亡くしているし、帰る家もなく、財産もなくなってしまった。
などと考えたり書いたりして、気づいた。
少女――セア・フォーが、ずっと俺を眺めていることに。
この子も、帰るところがないんだったな。
さっきの鑑定で見えた。しかし、今は鑑定結果が見えない。……あ、意識したらまた見えた。こっちで見える見えないを選べるようだ、便利ー。
「君も来るか?」
「……」
セア・フォーは小首をかしげる。俺は再度言った。
「帰る場所、ないんだろ?」
「……どうしてわかるの?」
そうでした。鑑定で見たのであって、彼女の口から聞いたわけではない。ああ、それなら、この鑑定様の情報が正しいか、ちょうどいいから試してみよう。
「自己紹介がまだだったな。俺はツグ、冒険者をやっている。君の名前は?」
「……セア」
「セアか。たしか、女神って意味の言葉だっけか。いい名前だな」
「……」
少女――セアの目がわずかに大きくなったような気がした。傍目には、相変わらず淡々としているように見えるが。
「家族は?」
「……」
首を横に振られた。いない、と解釈でいいだろう。鑑定通りだ。
「君はドラ――いや、何でもない」
邪教組織、ドラハダスというのだが、そこの実験体か、などと聞くのは無理がある。何故、組織のことを知っているのか、というのもあるし、普通はこの手の質問は「いいえ」と否定されるのがオチだ。
この邪教組織は国から討伐対象であるから、通報を恐れて、口を噤むものだ。まあ、鑑定の通りなら、セアは自らドラハダスに入ったわけではなく、物心ついた頃には実験体として扱われていた。つまり、彼女も被害者だ。
「君は家はあるかい?」
「……」
否定の首振り。
「つまり、行くあても、家族もないわけだ。俺もそうだ。行くか?」
「……」
セアは、しげしげと俺を見つめる。……知ってる、これは『指示を待っている』顔だ。
鑑定結果に、彼女は『自分の行動を他人に委ねる傾向にある』とあった。おそらく自らの行動を決める力が弱いのだと思う。
実験体としての過去。たぶん考えるな、従えと強制されたのだろう。
ここで彼女を放置するのは寝覚めが悪い。これは俺の自己満足の善意、偽善だが、セアを連れて行くことにした。
「行くぞ。腹が減ったな」
「……」
俺は歩き出す。後ろは見なかった。ついてこないなら、それまで。選ぶ力が弱いとはいえ、皆無ではない。彼女が俺と来たくないなら、それで――
トコトコと、セアが俺についてきた。うん、まあ、そうなるよね、やっぱ。
さて、ガチで空腹を感じてきたが、こちらは文無しだ。まずは金を調達しないといけないなぁ。
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