第3話 彼と彼女と彼と彼女と 7-3

「何だよ、照れるな」

 別にほめてはいないがな。

 ケンタはどこかしら変わっていた。スマホは所持していてもラインは誰ともやっていなかった。みんながアイドルの話をしている時には、里見香奈がいかに将棋が強いかを、どもってうつむきながら力説していた(みんなは若干引いていた)。文化祭の打ち上げでファミレスにいった時には、ケンタだけなぜか中に入らず、駐車場でしゃがんでひとりスマホで、時折ウフフと口にしながらネット将棋に興じていた(みんなかなり引いていた)。

 そんなケンタに真剣に聞き入ったのが、ほかならぬムサシだった。どうしてラインをやらないのか。里見香奈がいったい何者なのか(読者よ、検索されたし)。ネット将棋はどうやってやればいいのか。さらには、どうしてケンタは人の輪に入らないのか。どうしてコミュ障なのか。などなど、どうでもいいことやどうやっても聞きにくいことを、顔と顔とを突き合わせて、いつも例の大声で、時には相手の顔に唾を飛ばしつつ、聞いたのだ。

 その唾液にやられたせいか、最初は疎ましがっていたケンタも、知らず知らず、ムサシに惹かれていった。学校に来ると目でムサシを探すようになった。ラグビー部の遠征なんぞで久しく会えないでいると、ムサシの汗の匂いが懐かしくなった。いつしか互いの家に泊まり、互いにパンツを借りるまでになった(クラスメートからも担任からも二人は「パン友」と呼ばれている。すると二人は「違う、トランクスだからトラ友だ」と反論する。どっちでもいい)。仲良くなって知ったのだが、実は家はお互いに三軒離れただけのご近所だった(親たちは互いを知っていたので、それぞれ息子が知らなかったよ、という顔をすると、呆れていた。小中って一緒だったのに)。二人はいっそう何でも打ち明ける仲になった。そう、自分の恋以外は。

「で、そのポイブミとやらは、できたのか」

「ポイって、捨てちゃ大変だよ。コイブミだよ、恋文。ラブレターさ」

「おいおい、自分で言って赤くなってんじゃねーよ」

「そんなんじゃないよ、お前のポイブミにうけたんだよ」

「で、なんて書いたんだい?見せてみそ」

 ムサシは半ばタックルして奪った。ケンタはもうどうでもよくなった。

「なになに…『拝啓、前略します。はじめました。わたしはあなたを愛しています。あなたはわたしを愛していますか?』…」

「ど、どうかな?」

「……お前、動揺してるだろ」

 いや、お前に言われても。

「だって、3秒以上会話のしたことのない相手だよ」

「会話したこと、ないんだろ」

「だから、3秒以上はないんだよ」

「3秒以内じゃ、会話っていわねーだろ」

「……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る