筆頭悪魔ギルダーの受難〜捕獲作戦は迷える恋〜

さこゼロ

この任務は、どうなったら達成なんだ⁉︎

「ここにユリって女がいるだろう? 大人しくソイツを差し出せ」


 無造作に遊ばせた漆黒の髪に、真っ赤な瞳の鋭い目つき。白のシャツの上に黒い燕尾服を着けた長身の男が、赤黒い大鎌を肩に担ぎながら面倒臭そうに溜め息を吐いた。


 魔王アシュールから悪魔ギルダーに下された命令は、ユリという人間の姫君をさらってくる事。


 正直、魔王軍最強と謳われた自分に下されるような命令ではない。ギルダーのテンションは、最底辺をずっと横ばいしていた。


「ユリはここには居ません。分かったなら直ぐに退きなさい」


 恐怖に震えながらも、毅然とした態度を崩さない銀髪の美しい女性。薄手の白いドレスは、豊満な身体をより際立たせていた。


「調べは付いてんだ。隠すと為にならんぞ」


 王族所有のこの洋館は、綺麗な湖と緑豊かな森林に囲まれて建っている。事前に魔王から渡された情報によると、最低限の護衛と共に、ユリ姫はお忍びでこの地に来ている筈だ。


「悪魔風情がっ! 好き勝手やるのもここまでだ」


 そのとき物陰に隠れていた二人の男が、ロザリオを片手に、ギルダーを挟み込むように姿を現す。途端にカプセルのような楕円型の結界が、ギルダーの身体を包み込んだ。


「破魔の結界か。並のヤツなら、これで終わってただろうがな」


「馬鹿な⁉︎ 何故消滅しな…っ」


 ギルダーが赤黒い大鎌を無造作に振り回すと、二人の男が黒い粒子となって崩れ去る。それから再び大鎌を肩に担ぐと、真っ赤な瞳で正面の女性を睨み付けた。


「もう一度聞く。ユリは何処だ?」


「何度聞かれても、居ないものは居ません」


「だったらその豊満な身体に、じっくりと聞いてやろうか? 俺としては、そっちの方が愉しそうだ」


「わたくしはここです!」


 ギルダーが女性の頬に左手を伸ばした瞬間、部屋の奥の暖炉がガタンと動く。


「分かったなら今すぐお母様から離れなさい、このゲス野郎!」


 そこには、銀色の髪を赤いリボンでポニーテールに結い上げた、白いドレスの少女が立っていた。


 その姿をぼんやりと眺め、ギルダーは呆れたようにバリバリと頭を掻く。


「ユリは未成年とはいえ成人間近だと聞いている。お前のようなお子様には用事はねえよ」


「わたくしはこれでも十七歳です!」


 どう見てもお子様な少女が、白いドレスの裾を振り乱しながら地団駄を踏んだ。


「ユリ、出て来てはいけません!」


「ですが、お母様!」


 目の前の女性の慌てた声に、ギルダーは思わず目を見張る。改めて二人の様子を見比べるが…


「確かに顔は似ている。だが代役を立てるなら、もっと適役を選ぶんだったな」


「お前、今どこ見て判断したーっ⁉︎」


 少女は左腕で胸元を隠しながら、右の人差し指を真っ直ぐギルダーに向けた。


「わたくしは、まだまだ発展途上だあああ!」


「ご無事ですか、姫様っ!」


 その瞬間、突然ギルダーの真横に、何者かの気配が出現する。


「何…っ⁉︎」


 ギルダーは咄嗟に振り向くが、凄まじい衝撃に部屋の端まで吹き飛ばされた。


「クソっ、何だ一体…」


 壁に叩き付けられ尻もちをついたまま、ギルダーが腹立たしそうに顔を上げる。すると自身を中心とした前後左右、更には上下にも展開されている円形の魔法陣に気が付いた。


「…っ⁉︎」


 同時に、中の空間が大爆発を起こす。


 直後に発生した衝撃波によって踊り狂うスカートの裾を押さえながら、ユリは現れた助っ人に驚きの視線を向けた。


「あ、あなたは…?」


「自分はアシャと申します。護衛隊の末席が、ご尊顔を拝する無礼をお許しください」


 男は白い外套のフードを外しながら、姿勢正しく頭を下げる。美しい金色のおかっぱ髪が、重力に引かれてさらりと揺れた。


「構いません。よく駆けつけてくれました」


 ユリはアシャへの返答もそこそこに、再びギルダーの方へと視線を向ける。


「それで…倒したのですか?」


「いえ、恐らくこの程度では終わらないかと」


 次の瞬間、アシャの言葉を裏付けるように、部屋の隅から影のような黒いオーラが噴き上がった。


「この俺に、ここまで手傷を負わせるとは、何処の何奴どいつだコノヤロオオ!」


 悪魔ギルダーは、喚き散らしながら立ち上がる。それから鋭い犬歯で右の親指を傷付けると、ピッと空中にラインを引いた。


 同時に血の様に赤黒い大鎌が、ギルダーの目前に出現する。


 ギルダーはその大鎌を掴み取ると、憎たらしい優男を値踏みするように睨み付けた。


 おかっぱ頭の金髪に、同じく金色の鋭い眼光。更には人間とは思えない程の膨大な魔力……


「…………おい、ちょっと待て⁉︎」


 信じられないが、この魔力の気配……ギルダーは思わず目を見開いた。


「まさか…アシュール様⁉︎」


 しかしギルダーの零した呟きは、アシャの放った波動砲のような閃光によって、無惨に飲み込まれていった。


 〜〜〜


「…ちょっと待ってくれ」


 悪魔ギルダーは、王都の中央に建つ時計塔の天辺てっぺんで、ひとり胡座をかきながら呟いた。


「この任務は、どうなったら達成なんだ⁉︎」


 何度かユリを拐おうと襲撃したが、アシャアシュールに阻まれ達成出来ない。しかも制約のくさびが魂に打ち込まれている以上、任務を放棄する事も出来はしない。


 ただ不思議な事に、ギルダーが襲撃を失敗する度にアシャの地位が上がっていく。今ではユリ姫の従者にまで昇り詰めていた。


(もしかしてこれは、そう言う事なのか…?)


 悪魔ギルダーは考える。


 ヒロインの危機ピンチに颯爽と現れる正義の主人公ヒーロー。彼女のハートを射止めるための、自作自演の救出劇。なんと悪魔の如き所業であろうか。


「つまりはこの任務、アシュール様が納得するまで続くと言う事か」


 バサバサとこちらに舞い下りる一匹の鴉を眺めながら、ギルダーは疲れたように溜め息を吐いた。


 〜〜〜


「あなたは一体、何がしたいの?」


 ユリは、街道に立ちはだかる燕尾服の男を見つめながら、溜め息を吐いた。


 そこの男に聞いてくれっ! …とは言えないギルダーは、返事の代わりに「ちっ」舌を打つ。


 ここは貿易の盛んな港湾都市と、王都を結ぶ街道の中間地点。ユリは貿易の状況を視察するための使節団の中にいた。


「ユリ、危ないから退がってて」


 高級そうな白マントを羽織ったアシャが、三台の馬車と護衛の騎馬隊をおさえて先頭に立つ。


「大丈夫よ、アシャ。あなたがいるから、わたくしは何の心配もしていません」


 ユリは可憐に微笑むと、再び前方のギルダーへと視線を向けた。


「いい大人が、質問に答える事も出来ないのかしら?」


「仕事だ、仕事。お前を連れてくるように、命令を受けてるだけだ」


 ユリの挑発にまんまと掛かったギルダーは、吐き捨てるように言い放つ。


「一体、誰の命令なんだか。本当は、自分が欲しいだけなんじゃないの?」


 ギルダーの言葉に頬を染めて、ユリはフイっとそっぽを向いた。


「は、はあ⁉︎ お前、なに勘違いして…っ」


「だってこんなに失敗したら、普通はとっくに役目を降ろされてる筈よ!」


 だからその命令した本人に邪魔されてんだっ!


 …とも言えないギルダーは、苛立たしげにバリバリと頭を掻く。しかし次の瞬間、凄まじいまでの圧力が、ギルダーの心臓を鷲掴みにした。


 激しい息苦しさを感じながらも、ギルダーは必死に元凶へと視線を向ける。


 するとそこには、眼光だけで相手を射殺すような、魔王アシュールの金色の双眸が輝いていた。


「…わたくしは立場上、あなたにさらわれる訳にはいきません。ですがあなたが望むなら、わたくしの元に置いてあげなくもないわよ」


 そんな事には気付かないユリが、腰に手を当て無い胸を反らす。


「今なら特別に、そうね、わたくしの従者に抜擢してあげるわ」


 その瞬間、ギルダーの周りから、全ての圧力が消え失せた。


「ユリ、無駄話はその辺にして、そろそろアイツを殺そうか」


 同時に、完璧なまでのアルカイックスマイルを浮かべて、アシャがゆらりと一歩を踏み出す。


「駄目よアシャ、殺さないで…って、えと、いつも通り追い払ってくれればいいから」


 思わず口走った言葉を誤魔化すように、ユリは慌てた様子で付け加えた。


 直後にアシャの双眸が、黄金の閃光を放つ。


 ギルダーは、死を直感した。


 アシャは一瞬で金色こんじきの槍を精製すると、一閃と化してギルダーに突き刺す。


 ギルダーの双眸も紅い閃光を放つと、赤黒い大鎌を巧みに操りアシャの刺突をギリギリで躱した。


 そのまま二人の距離がゼロとなり、柄の部分での鍔迫り合いが発生する。


 そのときアシャが、不敵な笑みを浮かべた。


「悪いなギルダー、死んでくれ」


「魔王アシュール、俺はアンタの為に生命を捨てる覚悟はあるが、それはここじゃないと断言する」


「だったら精々、気張ってみせろ!」


「…な⁉︎」


 その瞬間、ギルダーの身体が透明な球体に包み込まれ、ブォンと上空に打ち上げられる。


 そうして地上からでは視認出来なくなった頃、七色の光と共に大爆発を起こした。


「ハハ、良い感じに綺麗じゃないか」


 アシャは上空を見上げながら、会心の笑みを満面に浮かべる。


「まさか、殺してしまったのですか⁉︎」


 するとユリが慌てた様子で、アシャの元へと駆け寄ってきた。


「いえ、この程度で倒せるなら、とっくに勝負は着いてますよ」


「そ、そうですか。アシャが無事で何よりです」


 ユリはホッとひと息つくと、未だ空を彩る七色の光を、優しい笑顔で見上げ続けた。










 〜〜〜


 悪魔ギルダーは、海の波間に漂いながら、何処までも澄み渡る青空を見上げ涙する。


 頼む、誰でもいい…


 死なずにこの任務を達成する方法を、誰か俺に教えてくれ。




 〜おしまい〜

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