第3話

 わたくしの容姿はよく、お会いした方々に

「輝くように愛くるしい」

「長じればさぞ美しくお成りでしょう」

 などと誉められておりました。


 正直に申せば、どれ一つとして信じられる方の言葉ではなかったのです。織田家の末娘にお世辞などご苦労なことだと感じておりました。


 わたくしが十四になる頃にはいくつか縁談も舞い込んで来るようになっていたと聞き驚きました。



 なによりその縁談話の度に兄上様が


「ならん」


 と一蹴してしまわれたと聞いてわたくしは嬉しく感じておりました。


 まだ兄上様の近くにいることができるのです。


『嫁には、まだやらぬ。』


 頭の上で響いた兄上様の寂しそうなお声を思い出すと胸のあたりが引き絞られるように苦しくなります。


 久方ぶりに兄上様が鷹狩りに誘ってくださったので、いつもより念入りに湯浴みをして髪を梳かして行きました。お忙しくされている兄上様とは会えない日が多く、此度お会いするのも一年ぶりなのです。


 この一年ほどで周りの侍女たちと比べるとずいぶん背が伸びてしまったので、兄上様がなんと仰るか……わたくしは少し不安になりながらもお会い出来ることに胸を躍らせておりました。



 陣幕の前にいらっしゃる兄上様は、白地の着物に濃紺の袴、碧に金糸の射籠手を身に付け正に威風堂々とした佇まい。うっとり見惚れてしまいます。




 本当はお側に駆け寄りたいところですが兄上様にはしたないところは見せられません。

 足元に気を付けながらつまづいたりせぬようにゆっくりと歩き兄上様にご挨拶いたしました。


「兄上様、お久しゅうございます。此度はお誘い頂きありがとう存じます。今日がくる日を指折り数えておりました。」


 兄上様のお顔を見ていることが嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまいます。


「……────うむ。」


 兄上様がわたくしを見て一瞬息を飲まれるのがわかりました。


「兄上様?狩装束に何かおかしなところでも………」


 どこかほころびでもあるのでしょうか?

 思わずくるりと一回りして確かめてしまいました。かわりないようです。


 首を傾げていると周りの家臣たちが顔を背けて地団駄を踏んでいます。


 くるりと回ったりして幼子のようにはしゃいで見えたかも知れませぬ。

 恥ずかしくなり頬に手をあてていると、


「くっ……市よ。どこもおかしなところは無い。───よう似合うておる。

 ただ一年ほど会わぬだけでこうも成長するものかと驚いておったのだ。」


 兄上様は微笑んでいらっしゃいます。


「背がずいぶん伸びてしまったので……不恰好ではないですか?」


 心配になってたずねるとわたくしに触れられるほど近くまで来てくださいました。


 兄上様は少し声を落として、


「美しくなったと申しておるのだ。まったく………一年でここまでとはな……どう贔屓目に見ずとも傾国の美姫びきでなないか。そなたが不恰好ならこの世に美しさなど無くなろうが。」



 そう言って頭を優しく撫でるその瞳が眩しいものをみるように細められたのを見て、


 わたくしは────駄目だと思いました。





 兄上様が


 わたくしを、『美しくなった』と


『贔屓目に見ずとも傾国の美姫』だと


 そう言ったのです。



「あ、……ぁ兄上様、市を煽ててどうするのですかっ──……ほら、獲物が逃げてしまいまする。早う鷹に追わせてくださいませ!」



「よし、はじめようぞ」


 兄上様のお手のぬくもりが離れていくのを寂しいと思うよりほっとしたと感じるなど我がことながら驚きました。




 だってあのまま見つめられて撫でられたままでいたら、

 わたくしの息の音は止まるに違いない───そう思ったのです。

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