名家の血筋目当てに婚約して、利用し終わったから私を捨てたんですよね。だから私の家も血も、貴方の好きにはさせません。

仲仁へび(旧:離久)

第1話





 結婚をして他愛のない幸せを掴む。それが夢だった。でもそれは叶いそうにない。





 私ピネスは、今日も婚約者にあれこれ悪口を言われている。


「まったく、これだからお前は使えない」


「気が利かないな。そんなだからへまが多いんだ」


「その頭は飾りか? 仕方がない馬鹿なお前にも分かるように説明してやろう」


 ちくちくちくちく、と。


 あいかわらず言葉が尽きない。


 そんなに嫌いなら、どうして婚約したのだろうと疑問に思ったが、すぐに答えは出た。


 彼は、私の家の血が目当てなのだ。







 私の家には、たまに聖剣を扱える人間が誕生する。


 その人物は、国をゆるがす脅威を排除できるような人間だ。つまり英雄的な存在。


 なぜか、私の家の血筋からは、偉人が産まれるのだった。


 だから私の家の者達に流れている真っ赤な血には、大きな価値がある。


 そんな事情があるために、私の婚約を決めるにあたって色々な事があった。英雄の血脈を途絶えさせないためにと、様々な人間の思惑が絡み合っていたのだった。


「それが、あの男と婚約させられることになるなんて」


 その結果。


 婚約相手は、私や両親の意見を無視して決められる事になった。


 相手はドライン。


 彼は人格がひどくても、血が優秀だったらしい。


 だから、天才科学者として名をはせる彼が、私の婚約者として選ばれた。


 けれど彼は毎日、試験管やフラスコと向き合って、国を救う崇高な研究を行っている。そのため、ことごとく私を馬鹿にしてくるのだ。


 理解できないのが不思議でしょうがない。

 そんな効率の悪い考え方をしている理由が分からない。

 合理的な考えをしないのはおかしい。


 という風に。


 私の事が嫌いみたいな事を言う割には、よく絡んでくるので、あれなのだろう。


 自分の優秀さを確認するために、愚かな私を利用するのが楽しいクチなのだろう。


 性格悪い。


「おい、ピネス。採血させろ。何だその顔は、お前の血は珍しいんだからこれくらい協力するのが普通だろ。それともまだ理解できないのか。そうか、お前の頭じゃ無理だったか。まったく俺がいくら説明したところで(略)」


 言った傍からこれだ。









 愛がないと言うよりは、血も涙もない関係と言った方がしっくりとくる。

 一ミリの情もない。


 私達は、そんな冷え切った仲だった。


 けれどそれでも、それだけならまだマシだったかもしれない。


 わたしみたいな馬鹿な女でも、ご立派な科学者様の自尊心を満たすのには役立っているようですし?


 けれど、まさか相手に対する評価がマイナス方向へ一気にふりきれる時が来るとは、思いもしなかった。


 ドラインかねてから行っていた素晴らい研究とやら。それが成功した時に、私の価値は全てなくなったのだろう。


「お前はもう用済みだ、今日から婚約者じゃない」

「は?」


 それは、どこかの部屋の実験器具を見せられながらの婚約破棄の言葉だった。

 私は文字どおり「は?」となった。

 それ以外にどんな反応ができるだろう。


 普通のご令嬢にそれで全てを察しろというのは無理だ。


 ドラインは、苛立った様子で説明してくる。


「この間採血しただろう。あの血を増やす事ができた。これを適当な女に適合させれば、勇者を自由に産めるようになる。だからもうお前は要らん。勇者の血を含む家はもっと頭の良い女がいる所を選ばせてもらう」


 まるで人間を物扱いしてるみたいな言動だった。


 とんでもない事とを一気に聞きすぎたせいで、脳が理解を拒否しているのだろう。


 返答するまでに数秒かかった。

 いいかげんドラインがしびれを切らしそうになっていた頃に、口を開く。


「冗談ですわよね?」

「俺はつまらん冗談は嫌いだ」


 それっきり興味をなくしたような様子で、研究に没頭する彼を見つめる。

 あまりの出来事に、頭が真っ白になった。


 思考が停止しかけている。


 けれど、これだけは言っておかなければならない。


「私の血を利用するんですよね? 私の家の力を盗むんですよね? 私は合意していません! それに、貴方が選んだ人が、その女の人が子供を産んだ場合、母親はどういった扱いになるんですか? 誰が母親に、そして父親は誰がなるんですか?」


 彼は私の言葉などまるで聞いていないかのようにふるまっている。


 いや、事実聞いていないのだろう。


 私はもはや、彼にとっては何の価値もない人間なのだから。


「ふざけないでください!」


 感情のままに叫ぶ事など、貴族令嬢として社交界に出るようになってからなかった。

 それなのに、心の門が開いて閉まらない。


「ドライン様は、人の事をなんだとっ」

「おやめくださいピネス様。どうかご退出を」

「貴方達はそれでいいの!? こんな人に協力するなんておかしいわ」

「国からの命令ですので、仕方がありませんよ」


 声を荒げていた私は、他の研究員によって、その場からつまみ出されてしまったた。


 そして数日後に、婚約は本当に解消された。






 勇者の血を持つ家、唯一の家。


 私の家はそうだった。


 けれど、ドラインの行いでそれは変わってしまったようだ。


 聞き覚えのある家が、名乗りをあげたらしい。


 多くの人達から才女と評されるような、そんな賢い貴族令嬢がいる家だった。


 その女性は、ドラインの性格を知っているのだろうか。








 様々な事が心配だったけれど、おそらくドラインのした事は国にとって利益のある事。


 だから、いくら私が国に向けて声を荒げても無駄だった。


 状況の改善は望めず。そのまま。


 その出来事は、忘れたくても忘れられない出来事として、胸に刻まれてしまった。


 けれど、時が来ればその思いは薄れるもので。


 私はあたらしい恋を見つけていた。


 それから数年、新しい婚約者を見つけた私は、夫となった男性と共に、子供の成長を見守る日々にひたっていた。


 気がかりな事はあるものの、毎日が幸せで充実していた。


 夫によく似た子供の成長は、目をみはるものがある。私は、一日一日それを確かめて過ごすのが楽しかった。


「お母様! お父様! こんなに早く走れるようになったんですよ! それにほら、こんなに重たい物も持ち上げる事ができます!」

「まあ、すごいわね。きっと将来は大物になるわ。ねぇあなた」

「ああ、何にでもなれるさ。俺達の息子なんだから」


 庭でかけまわる息子を見つめる。何気ない時間が、幸福を証明してくれた。


 けれど、そんなあたたかな日々に影が差し込んだ。


 国が戦を始めたからだ。


 相手は隣の国。


 かねてから何度も衝突していた国だ。


 国は隣国に戦をけしかけてしまったらしい。


 それで国内には、一気に不穏な気配が蔓延してしまった。


 けれど戦場では、聖剣を持った勇者が、駆け回っているらしい。


 その勢いは、向かうところ敵なしといった様子らしく、この国の勝利は近いと思われていた。


 しかし、状況は一変する。


 隣国が特殊な兵器を開発したらしい。


 それで傷を負った勇者が倒れてしまい、戦況が悪い方に傾く。こちらの国は押される一方になってしまった。


 そのたびに、夫と今後の事を相談したものだ。


「ここも戦場になるのかもしれないわね。これから、大丈夫かしら」

「戦場は、王都に近いようだけれど、ここまで戦の火が及ぶなんてないさ、きっと」


 しかし、私達が抱いた希望は儚く砕かれた。


 押されに押されたこの国は、一気に力をなくしてしまう。

 そして、戦火は国の中心部まで届いてしまった。


「ああ、ここまで兵士達が来てしまうのね。あなた、市民達の避難誘導は、すでに打ち合わせています」

「そうか。私の代わりにすまない。いざとなったら頼む。俺達は王都に残らなければならないからな。国を束ねている者達が、責任者達がいなかったら戦争が終わらない」


 敗戦時にはおそらく、国の要人達は一斉に逃げ出すだろう。

 勇者を生み出せる唯一の家の者ではなくなったが、未だ私は名門貴族の一員。


 日ごろから彼らの働きを見る機会が多かったから、分かる。

 この国の要人達は、人間の尊厳を無視するような研究に許可を出す人間だ。

 自分の命を真っ先に心配するのだろう。


 国の末路は決まっているようなものだ。


 だから戦を殲滅戦にしないために、良心ある一部の要人や貴族が残って、責任をとろうと言うのだ。


「あなた、やはり私も一緒に」

「だめだ。お前がいなくなったら、誰が息子を見てやるんだ」

「それは、けれど」

「頼む。お前は生きてくれ。いつまでも愛してるよ」


 やっと掴んだ幸福。

 叶えた夢だと言うのに。

 あたたかい家庭を築いていられたのは、ほんの数年だった。


 そんな私達を見ていたのだろう。


 不安そうな子供が話しかけてきた。


「お父様達は何か危ない事するんですか?」

「大丈夫よ。私達はずっと貴方の傍にいるから」

「ああ、いつまでも一緒だ。こんな事気にしなくていいんだぞ」


 私達は、国の滅亡の日を目前にして、ただ不安でいる事しかできなかった。








 将来を約束された研究者だったのに。


 一体どうしてこうなってしまった。


 病院の一室で、頭をかきむしる。


 怪我をした勇者(自らの娘)に付き添う女を見てそう思う。


 怪我をして戦場で倒れたらしい勇者は、未だに目覚めない。


 勇者がいなくなってから戦況は悪い方に傾くばかり。


 このままでは国が滅びるのも時間の問題だった。


 せめて予備の勇者がいればよかったのだが。


 ピネスとの婚約を破棄してから、何度も実験を行った。


 けれど、血には相性というものがあるらしい。


 輸血する時にその血が誰の血にも合う、というわけではないのだ。


 結果、勇者の血を受けつける人間が、この女しか見つからなかった。


 勇者を量産しよと考えていたのに、その計画がとん挫してしまった。


 こうなった以上、この国から逃げるしかない。


 勝算のない戦をする国にいても、意味などないのだから。


 未だにベッドの傍から離れられないでいる女に背を向けて、何も言わずにそこから離れる。


 言うべき事?


 そんなものありはしない。


 どうせ、父親なのに見捨てるのかと、耳障りな声でなじってくるに違いないのだから。


 女なんて、馬鹿で自分一人では子供も産めない人間のくせに。


 俺には崇高な目的と、勇者を作り出すという義務があるというのだ。


 こうなったら、血を複製するより、母体となる女を複製するような研究を行った方が良いかもしれない。


 幸いにも、高名な研究者が務めるハテノ研究所から、こちらに向けてスカウトが来ている。


 何とかしてピネスを言いくるめて、その研究所に連れていった方がいいだろう。


 ピネスがまだ馬鹿な事を言うようなら、口を縫って喋れなくして、手足の一本や二本を折って動けなくしてしまえばいいだけの事だ。


 あの女に夫はいるのだろうか。いるなら別れさせて、また婚約を結んでおくのもいいかもしれない。


 あの家の名はそれなりに役に立つはずだ。


 これからの計画を練った俺は病院から出ていく。


 しかし、そこに慌てた様子の人々がいた。


 大勢の市民達が、何かに追いかけられるかのように走っていた。


「奴等、荷物にまぎれて王都に侵入してきやがった! ちくしょう! そんなのありかよ!」

「逃げろ! 逃げろ! 敵国の兵士に襲われるぞ!」


 そんなまさか。

 と思ったが、事実だった。


 走る人々の背後から、剣を持った兵士が現れた。


 俺は慌てて走るが、体力が無くてすぐに息が切れてしまう。


「ひぃ、はぁ。だっ誰かたすけっ!」


 必死に逃げていた俺は、何かに躓いて、足がもつれて転んでしまった。


「俺は、国の宝だぞ! 誰か俺を助けろ!」


 逃げていく市民達に叫ぶが、聞く者は誰もいなかった。


 これだから馬鹿な連中は。


 俺の死がどれほど国の損失になるのか知らないのか!


 ここは無能な自分の命をなげうってでも、助けに入るところだろうが!


 やがて兵士達に追いつかれる。

 逃げ遅れた俺に向けて、その兵士が剣を振り下ろそうとするのだが。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!」


 俺と兵士の間に、誰かが割って入ったらしい。


「そこのおじさん、早く逃げてください!」


 なぜか助かったようだ。


 思わずつむってしまっていた瞼を開くと、そこに聖剣を持った小さな子供がいた。


「聖剣!? ばっばかなっ!」


 あの女の娘のほかに、勇者がいたなんて聞いていない。

 まさかピネスの子供なのだろうか。


 うろたえながらも、その場から走って逃げる。


 振り返ると、勇者らしき子供は戦っていた。

 聖剣を持ったその少年の動きは鮮やかで、研究以外知らない自分にも、その脅威の程が理解できた。

 圧倒的な強さを見せるその姿は、まさに勇者そのものといった風だった。


「はっ、ははっ。助かる。これで助かるぞ!」


 おそらくあれはピネスの子供なのだろう。

 なら計画は変更だ。


 この国でピネスとの婚約を再び交わし、夫となって、また研究を続ければいい。


 勇者さえ動ければ、戦は勝ったも同然なのだから。


 ピネスの今の夫?

 どうにでもなる。


 どうせ俺より頭の悪い人間だ。俺より役に立つ事はないだろう。戦の混乱に乗じて殺してしまえばいい。


 それからは、それからは、ああ、やる事がたくさんだ。


「そうと分かったらさっそくピネスの元に向かわなければ」

「私がなんでしょうか」

「あ?」

「意外ね。貴方が私の名前を憶えていたなんて。少しくらいは興味を持ってくれていたの? でも、だとしてもどうでも良い」


 気が付いたら、目の前にピネスが立っていた。


 一瞬幻かと思ったが、それは確かに現実だった。


 最後に会った時よりふけているが、面影から十分に推測できる。


「いきなり走り出したあの子を追いかけてみれば、会いたくない人に出会ってしまうなんて」


 湧き上がる渇望のままに、俺は手を伸ばした。

 その体に流れる血がほしい、家の名前が。

 

 今一番会いたかった人間に会えるとは「なんて、幸運なのだ」。


「なんて、不幸なんでしょう」


 しかしピネスは、冷めた目で見ながら俺に別れの言葉を告げてきた。


「でも、もうお別れみたいですね。さようなら」


 どうして?

 と思った瞬間。


 俺は何かに体を両断された。


 生き残っていた兵士がいたのだ。


 戦っていた子供が「母様!」と叫んで、ピネスを守った。


 そして、「もっと離れていてください」とピネスを安全な所に連れて行ってから、また戦いをはじめた。


 俺はその場に倒れていく。







 時は少しばかり戻る。


 王都の中に兵士が流れ込んできた。


 だから私達は行動しなければならない。

 こんな事になってしまったため、何度も話し合って立てていた計画が無茶苦茶になってしまうだろう。それが残念だった。


 状況は良くない。それでも貴族としてなすべき事をなすために、私と夫は別れた。


「これが最後になるな」

「あなた、愛しているわ。これからもずっと」


 別れの抱擁を交わして、息子の手を引いて互いに背を向ける。


 そしてあの人が王宮に向かった後、私と息子は避難をはじめた。


 けれどその途中で急に息子が、剣に呼ばれていると言って走り出してしまったのだ。


 それを追いかけていったら、不意に遭遇してしまった。


 昔の婚約者と。


 見た目は少し歳をとっていたが、ドラインの内面は全く変わっていないようだった。


 言いたい事があったけれど、そんな彼は兵士に剣で切られ、目の前で倒れ伏してしまう。


 彼はおそらくあれからまったく変わっていない。

 最後まで勝手な人間だったのだろう。


 だから報いを受けたのだ。


「名家の血筋目当てに婚約して、利用し終わったから私を捨てたんですよね。だから私の家も血も、貴方の好きにはさせません」


 私の幸福を踏みみじった報いを受けてもらわなければならない。

 彼に振り回された人達の分も。


 この人を生かしていたら、多くの悲劇が産まれてしまう。


 まだ息のある彼がここから生き帰ったら、どんな事をしでかすか分からない。


 戦場になっているこの場所が、彼にやり返す唯一のチャンスだ。


 私は、付近を探して凶器になりそうなものを手にした。


 息子が最初に切り伏せた兵士の武器、剣だ。


 それを彼に向けて、一思いに振り下ろす。


「あぐっ、なっ、何を! 血迷ったか!」

「いいえ、正気です。残念ですがここで終わっておいてください」


 勇者となってしまった息子はおそらく、戦いの中に放り込まれる。


 誰よりも優しい私達の子供だ。


 無理やり手を引いて逃げても、おそらく戦いに向かってしまうのだろう。


 息子は命を奪うけれど、ならばせめて、私も命を奪おう。


 ありがとう。

 これだけは、ドラインに感謝した。


 罪に苦しむだろう息子を、孤独にせずにすむのだから。

 

「あの世があるなら。地獄でできるだけ苦しんでくださいね」







 その後、奇跡的に国は息を吹き返した。


 勇者となった息子の活躍で。


 かなり危なかったが、ギリギリ国の中心部を守りきれたのが大きかったのだろう。


 当然傷は浅くない。


 復興には何年もかかった。


 それでも、夫も息子も生きている。


「あなた、今日は久々に休みが取れたので、お出かけしましょうか」

「いいな。どこに出かけよう。おっ、息子が向こうで手を振ってるぞ、何かあったか」

「父さん! 母さん! 知り合いが良い観光地知ってるって! 教えてもらおうよ!」


 私は、ありふれた日常を幸せに送る事ができている。


 そのことが幸せだった。


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