第八声 デイダラボッチと五凶兆3/3
胸の痛みをひしひしと伝える為に首をユルリと落とす芦屋道満。
閉じた片瞼に光明が訪れる事などないが、或いはその一連の動きには新たな光——道真の思想を覆すような何らかの閃きを求め、第六感を用いて探そうとする佇まいだったのかもしれない。
「生活の為に仕事として戦いはするが、悪に堕ちる事も、正義を掲げる事もなく、今の安穏の中、書斎に籠って妄想に浸っていられりゃ何より幸せで、満足している」
「これも、お前にのこのこ付いて行ったなら、絶対に得られないものだ」
しかし、やはり、どうしようもなく、意固地な理屈。
「——やはり決裂、か……残念だ。また機会があれば問う事にしよう」
一部の隙も無い道真の眼差しに、自らと同志になり得る要素を感じられず、芦屋道満はどうしようもない不愉快さに頭を軽く振るに至る。
そして諦め、
「何度来たって同じだ。俺は生徒でいると神原家の娘と約束してる、それに——」
「元和泉、舞歌か。情報は既に耳にしているさ」
話の行く先は別の展開へと赴き始めて。芦屋道満が先んじて口にした名に、道真本薬は少し髪を揺らすのである。脳裏に浮かぶは、昨日出会ったばかりの元和泉舞歌という無垢に首を傾げる少女の姿。
「俺も年を取った。少し、お前の気持ちが理解出来たよ。不老長寿のアンタからすれば細胞が一つ増えたくらいの時間だろうが、な」
不意に込み上がる感情に、微笑む道真。優しい口調で芦屋道満に語りかける様は今までの何より穏やかで。
「……【創造する想像(クリエイト・クリエイティブ)】である君が目を掛ける程の価値がある娘なのか?」
「——このまま普通に育てば、凡丈にはなるだろう」
訝しげに片目を開く芦屋道満の問いにも楽しみを抱く胸中を隠さない。
「ぼんじょう?」
「今作った造語だ。平凡に、丈夫に、ってな。ひたむきな奴だ」
四体の【デイダラボッチ】との戦いの続く世界をそれぞれに眺め、それぞれの想いに浸る。
「つまらない……」
「そう思う事が、俺とお前の価値観が違い過ぎることの証明だ、芦屋道満」
「脅しにはならないが、余計な手を出したら殺すぞ。神原にも、な」
そうして訪れる完全なる決別、決裂。
「——……守りたいなら守るべきだが、まぁ良いだろう。今日は引くとしよう。ブックメーカーや政府の連中に伝えておいてくれ、そろそろ始める、と」
意味深に言葉を残した芦屋道満は小さな溜息を吐き、道真に背を向けて屋上の出口へと歩みを始めた。
しかし、彼は出口を使わない。
「君の今回のお相手は、ローズ・キャンディー。今回の吸血鬼騒動の始祖だ」
「勝者には敵であろうと褒美を与える主義でね」
階段を降りる様にアスファルトであるはずの地面に足を沈めいき、影の中にその身を浸していく。代わりに影がその姿を独りでに形を作って世界に昇り来る異様な光景であった。
「しかし、言うまでも無い事だが手に入らぬなら殺すもいとわず。あの忌々しい予言を歪められると証明するために」
「また——会えると良いね。道真、本薬」
道真本薬は、片手を振った芦屋道満の去り際の背中に何も告げずに静かに見送る。そして形を成していく影を迎え入れるように視線を移して——。
『……初めまして——未知真の翻訳』
現れたるは、赤い瞳の黒いドレスを着た美麗な女性。黒髪の中にメッシュの白髪、棘の生えた嗜虐趣味的な鞭を地に垂らす妖艶な佇まい。僅かなに浮かべた笑みの中で垣間見えた八重歯もまた、性的に危険な魅力を思わせる。
「道真本薬だ。病院のベッドでゆっくり教えてやるから字を間違えるなよ」
それでも道真は素知らぬ顔で制服のネクタイを緩め、
「道満に手紙を書けるくらいの体には留めてやる。こっちも、奴の住所は知りたいからな。切手代と入院費の予算は俺の預金通帳から弾き出しといてやるよ」
芦屋道満が【相手】と称した彼女に対し、皮肉と嫌味で先手を打つ平静な構え。
『ふふふ、異なことを。我に勝てぬくらいなら殺してよいと、あの方は仰られていた。あの方に力を賜った我の強さを侮るなよ』
そんな彼に、【ローズ・キャンディー】は艶やかに笑うが、道真本薬は——
『馬鹿か。それはつまり、テメェ如きじゃ俺に勝てない事を知っているから言える台詞だ』
「それに……他人から貰った力を自慢げに見せびらかすなよ、恥ずかしい」
「これから丁寧にバラシてやるから読解力の低い低能を呪え」
まるで戦いが既に終わっているような口振りで更に言葉を返すのである。
——。
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