第八声 デイダラボッチと五凶兆2/3


「かか、これで君と話す時間くらいは稼げるだろう。本題を始めようか、道真の本薬」


「話、ね。テメェが牢獄に入ったら三日に一度くらい面会に行ってやるからそこで好きなだけすりゃ良い」


「くかかか、それもまた良き老後」


懐からチープな携帯食を取り出し、夜の帳が降りきった世界で道真本薬は包装を剥ぎながら朝食を始める。すると齧り付くスナック菓子のような食事風景を横目に、芦屋道満の乾いた笑いが漏れ、


「けれど、残念。退屈にて二日で死ぬ自信があろう未来だ」


彼は得意げに道真へと振り向く。そしてユラリの手を差し伸べた。



「道真本薬、私と共に来い。君と私が組めば四苦も八苦も十二楽へと容易く変わる」


「それこそ有り得ない選択だ。何度言われたってテメェと組む気は無い、諦めろ」


それに対し道真は、また懐から携帯食を取り出し、差し伸べられた掌の上に置いて。

差し上げた食料、握りしめる芦屋道満。小さな笑みは何処か切なげ。


「諦められるわけがない。君らが諦めていようと、諦められるものか」


「これほどに輝かしい才らが【天命】などとくだらぬものの為に、愚かな者らの天罰の為に、死に絶えてしまうなど許容出来ようものか」



ギリギリと増していく握力に悲鳴を上げる携帯食料の包装。あたかも彼の感情を、激情を代わりに叫ぶようであった。



しかし、それでも——、

「それについてなら……別に、恨んでない訳じゃない。抗ってない訳でもない、それでもテメェとだけは組む気は無いと言っている」



受け入れることは無いと、剥ぎ残った携帯食料の包装を握り潰す道真。食べ掛けの食料を口に咥えながら彼はポケットの中にゴミを押し込む。



「容易く再現できるはずだ! 私と君なら、くだらぬ予言の光景など完璧に偽装できる!」



そこからの芦屋道満は、実に感情的であった。切実に切望し切なげに世界を憂う。



「確定してしまった未来に、君たちが死ぬ未来に、手段を選ばせる何があるという!」



生を懇願し、訴えかけるように言葉を吐き、感情移入したかの如く自らの胸ぐらを掴んで屋上の柵を叩き、痛みを叫ばせたのである。



「……人の左顔面を奪った化け物の台詞とは思えないな、ハーメルンの芦屋道満」



対して、道真本薬は実に冷静で。諦めたように恨み言を吐く。彼の人差し指が撫でるは左側の顔を隠す眼帯。



すると、

「それはそうだ。考え方が変わったのさ、最初は君に成り代わり悪行を果たすつもりだった、今代の悪役として新たな英雄を探す為に。これは前にも語ったろう」


大して悪びれる様子も無く言い放ち、誘われたように芦屋道満も右側の顔を覆い隠す眼帯を愛でる。


対照的な二人、思惑も思想も感性も全てが対照。狂った鏡写しのようだった。




「英雄を作る、だったな。長生き老人の趣味は理解出来んと思ったもんだ」


「私は正義が好きなんだ。強大な悪に挑む英雄の煌きは、何よりも尊く美しい」


白々しく語られる芦屋道満の美学。周囲で巻き起こる戦いの喧騒で踊るが如く紡がれていく言の葉。



「だから悪を仕立て、民衆を恐怖に陥れる。自己中の極みだな」


それを辟易と聞き流し、道真本薬は深い息を吐く。滲むのは呆れを越えた嫌悪感。



「大衆が物語を求めるのと同じ、作家が物語を紡ぐことと何ら変わらない」



「変わるだろ。テメェの都合で犠牲になる奴が居る。作家だってキャラクターが復讐に来たら腹を切る覚悟くらいあって然るべきだ。だがテメェは違う、傍観者を気取り、他人のフリで自分勝手な言動の責任を他人に押し付ける」



悦楽主義者の妄言と、気怠く芦屋道満を否定する道真。食事の終わり、足下に置いていたペットボトルに入った飲み物を口の中に少し流し込み、蓋を固く閉じる。



「それが、それこそが君の英雄性だよ道真。私が計り違えた悪の本質に隠れた君の善性」


「君は悪辣な答えを吐きながら、これから多くの命を私たちの魔の手から救うはずだった。その為の準備もしていた、私が私として表に出てすら、だ」



対する道満は、とても満足げで。微笑ましく変わらぬ美しさを魅せる絵画を眺める様に道真に称賛を並べていく。



しかし——強く握られる拳、完全に砕かれる先ほど手渡された携帯食料。



「だが! 世界は君たちの未来を殺した‼ 傲慢に強欲に禁忌を破り、くだらぬ実験の犠牲を君たちに強いた! そんな結末が——、許されるものか‼」



掌をすり抜け捨てられた無残な携帯食料は地に堕ちて、怒り心頭な土足に踏みにじられる。噛みしめた歯、強烈にして凶悪な愛憎憎悪が弾けるが如く、芦屋道満は怒りを露にする。



「……意図した話じゃない。たまたまの犠牲が俺達だったって話だ」


それでも静かに、穏やかに、道真は彼へ淡白に言葉を返すばかり。だが——、



「生きろ道真、生きていれば英雄にも巨悪にも君の望む全てに成れる」


次こそはと真剣な面持ちと声を用い、改めて差し伸べられる掌。甘言の如く、未だ争いを続ける世界に溶ける。



——その時であった。



「はは、人の家族や友達も、他人の人生をめちゃくちゃにしておいて何を今さら……」


乾いた笑いが世界に弱々しく弾け、儚げに首を傾ける道真。



「英雄……確かにそんなものに憧れた時代もあったが、俺も成長した」


そして彼は良く出来た月の無い偽りの夜空を見上げ、白い息を吐くように過去を想う。



「今じゃ、そんなものになる気なんてサラサラ、悪役にいたっては言わずもがな、だ」



自嘲気味に笑う彼の静やかな言葉は、とても楽しげでありながら寂しげでもあった。



「群衆は一人の英雄に多くを求めるが、英雄が求めるものを何一つ考えることは無い」



「例え……何百人救おうが何百人殺そうが、俺が欲しいものは決して手に入りはしない」



「道真‼」


彼が心根に抱く絶望的な思想。芦屋道満は耳を塞ぐが如く遮ろうとした。



それでも揺らがない頑なな諦めの境地。


「ならいっそ——自分を特別だと妄想に浸り込む【厨二病の本厄】として架空の物語を書きながら答えを探している方が心地良いのさ、道満」



「……」


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