第八声 デイダラボッチと五凶兆1/3


——その頃、時を同じくして本校舎の屋上には状況を静観する二つの影があった。


「また……随分と悪趣味な思念体を作りやがったな」


一人は、左の顔を眼帯にて覆い隠す道真本薬。


彼は呆れ果てたように隣に居る人物にそう語りかけていた。


すると、


「かかか。やる気を出させるためのささやかな招待状代わりだ。君らは優秀だから昨日の狼煙だけで十分だったようだが、デコレーションは必要だろう?」


言葉を返す白髪の青年——右の顔を眼帯にて覆い隠す謎深き新たな人物。


どうやら道真とは旧知の中であるように喉の奥でわざとらしく笑っていて親しげに言葉を交わす。



「人の家に勝手に植えられた雑草を狩った後すぐ、昼日中に新しい吸血鬼。その上、よりにもよってデイダラボッチときた……相変わらず喧嘩の売り方が上手い。勉強になる」


「それは喜ばしい」


気だるげな道真が暗に示す主犯格の指摘にも平静に笑み、青年は吸血鬼に襲撃され混乱の只中にある碧海ヶ坂の生徒たちの様子を屋上から見下げていて。



「——伝聞で聞いただけにしては割と似ていると思うぞ」


そんな青年の傍ら、動き始めたのっぺらぼうの巨人【デイダラボッチ】を制服のポケットに手を突っ込みながら観察する道真は、含みのある声で感想を述べる。



「それは失敗したね。やはり、実物を手に入れなければ、ね。かかか」


「奏野森あたり、もうお前の存在に勘付いているだろ。俺と一緒に居る事も含めて、な」


「奏野森家か。そういえば養子に入ったと聞いた……ふふ、退魔士の滅亡には本当に関わっていないんだが。冤罪とは悲しい気分になって痛快なものさ」


暗躍の成果を競い合うが如く意味深に遠回しに言葉を重ね、互いを探り合う二つの影。


「だったら、出向いてそう言ってやりゃ良い。仇敵の芦屋道満あしやどうまんとして、な」


道真の相対する相手の名は芦屋道満といった。


奇しくもか、姓名に入る『道』の一字、左右対称な眼帯姿、状況の外に居るかの如く静観する佇まい、二人には共通する箇所が少なくも無い。



まるで陰陽太極図の如き対比である。


「かか——一興」


「だが、今は見聞。他の興に目移りなど不粋」


「それでも耳は塞いどけ——来るぞ」


そんな碧海ヶ坂高校の屋上で共に状況を見物する二人。


それを露とも知ってか知らず——物語は刻一刻と進展していた。




『小指から順に指を曲げち、拳を握れい——殴る殴られる痛み覚悟しぃ歯ぁ食いしばれ、アンタもオイも。喧嘩ち、そういう事やっど‼』




『ドガぁぁぁぁぁぁぁぁあンンンッ‼』



『そん覚悟んなかなら、何処ぞへと去らんと潰すっでね』



いつの間にか空中に跳んでいた【丙の豪傑】こと剛田平太郎が殴り飛ばしたのは、突如として姿を現した巨大な高層ビルほどの大きさを持つ、縞々模様でのっぺらぼうな【デイダラボッチ】の思念体である。



「かかか——たぁまやぁぁ‼」


芦屋道満が威勢を以ってそう称賛するように、まるで打ち上げ花火の如き声量と破壊力の余韻が世界に残る中、【デイダラボッチ】は体勢を崩し、のらりと仰向けに倒れようとしていた。



「相変わらず結果と効果を簡潔に描写している。清々しい程の暴言暴力」


「暴論も加えとけ……また威力が増してやがるな。ろくでもない」


しかしながら、嬉々とした芦屋道満と面倒げな道真本薬が感想を漏らしている最中にもその他の動きはある。



『——憎悪に満ちた瞳で一人の男が神を見上げた。偉大なる神よ、アナタが罪深き者すらも許す慈愛の神だというのなら私に最も重き枷を与え、地獄へと堕とし給う』


『枷の鎖は、私の愛した者、全てを奪ったあの者らの罪深き腕で組み上げ作り給え』


『すると神は、言葉ではなく行動にてその願いを慈悲深く叶えられたのである』



倒れ行く【デイダラボッチ】の荘厳な光景を彩るように響いたのは、【邪教聖典】横島教の清らかな朗読であった。【デイダラボッチ】の足元が光りに溢れ、天に伸ばすような無数の小さな腕の数々が倒れることを許さない。



「かか、魔本による精度維持と圧倒的な魔力量による質と量。まさしく神の御業の域」


「剛田の後だと、際立って長ぇ」


『ヲヲ、ヲヲオオオ⁉』


小さな腕の群れに押し上げられる巨躯、それはやがて各々を繋ぎ留め、鎖のように変わり【デイダラボッチ】の体に巻き付いて動きを縛る。



『降り来るは審判、地獄への導き手‼』


そして次なるは頭上から溢れる光、先程までとは比にもならない数で腕が降り注ぎ始め、【デイダラボッチ】の肉体に衝突し、或いは摩擦し、或いは皮膚を握り、引き千切っていくのである。しかしその物量、熱量とは対照的に横島教の声は、本を閉じる音と共に、切なげに響いて。



『教示に導かれ、身を焦がせ——哀れ愚かな民草よ』


そう横島が言葉を残した刹那——、




『生温いぃんだよ、宗教家ぁぁぁあ‼すがって助かる道などねぇぇぇえ‼』

轟くのは、阿久根涼子の喉を裏返さんばかりの削り取るような罵声である。



「……ブチ切れてんな、阿久根。アイツらは無事だと良いんだが」


「おや。彼女、飛べるようになったのか。腐蝕の翼とは粋だね」


「蠅の塊だろ。悪霊らしく足の無い形態にも変えたらしい」


黒いモヤを引き連れ、飛行する【腐蝕の悪霊】は怪物さながらの勢い。



『腐った根性叩き直して、報復行脚、邪魔する全ては腐って消えろやぁぁあ‼』



『憧憬・腐道貫徹‼』


『ヲヲヲヲヲオオ⁉』


恐れを知らぬ特攻で未だ続く横島の【腕の雨】に突っ込み、起きた事象は、まるで【消失】であった、否——風船が弾けたように【デイダラボッチ】の右肩から上腕に掛けての肉体が液状に【腐敗】したのである。


文月京香の靴を瞬間的に溶かした力、構成魔法。



『——くだらねぇ喧嘩売りやがって、クソが』


それと同じものを比にならぬ程の威力で以って現実へと書き変えて。



「……割と肉厚に作ったはずなのに、ああも容易く腐らされるものかな」


「剛田の殴りが鼻で笑える。今頃どんな顔をしてる事やら、くく」


唖然とする芦屋道満。道真は、何処かご満悦な様子。



そして——

「さて、トドメだろうな」


道真本薬は、信頼の眼差しで世界を見つめ、少し長めの前髪を揺らした。



『ふふふのふ、足りえ足り得た現世に……五行の星を線で接ぐ。陰陽の乱れ、重き地は軽く、烈火は涼し、金光の樹は伸び伸びゆき行き』



聞こえてきたのは【好奇なる廃人】こと奏野森高貴の怪しげな声。声と共に腕が腐れ落ちた【デイダラボッチ】の足下に光の線で刻まれる一筆書きの星模様。



『五行陰陽・破邪顕正』


【デイダラボッチ】の巨躯が重力を無視して浮き上がり、五行の星から天に伸びた光の蔓が肉体を締め付け、そのまま中央に収束し【デイダラボッチ】を光の球体へと閉じ込める。



そして——、



『破ッ‼』



その盛大な勢いの声が表すように、球体は爆散する。

夜の世界に散り散りとなる【デイダラボッチ】の肉片は光の粒に成り果てて。

まさしくこれも、打ち上げ花火と評せる輝きを魅せる。



そんな光景を前に——、

「……見事なものだ。退魔全盛の時世だろうや、彼は鬼才であったろう」


芦屋道満は負けを認めるが如く瞼を閉じて静かにそう言った。


「晴明とどっちが上だと思うか、なんなら伝言しとくぞ」


「かか、アレはまた別格。未だ夢見る懐郷の灯の所為もある。それに——」


そして更に皮肉めいた道真の言葉を一蹴するように笑う芦屋道満。


するとそんな彼の思わしげな言葉尻を捕まえ、道真は、



「あんな図体だけの雑魚じゃ推し量れやしないわな」


先んじて回答を重ねる。屋上の飛び降り防止の柵に背を預けるその顔は、呆れ気味に僅かに笑んでいた。


「正解。これから、じくりと見させてもらおう」


「アレはまだ、招待状と言っただろう?」


そんな彼に親しみの心を持ち言葉を返す芦屋道満が、不敵に軽く首を傾げ片手を上げる。


パチン。鳴らされた指の音——


『『『『ヲヲヲヲオオオ‼』』』』


夜の闇、夜間の学校に膨れ上がり轟く嘆きの如き咆哮。


「これはまた……数合わせな事で」


四方に現れる四体の巨人に対し、嫌味混じりの倦怠感に似た徒労を労う声で応える道真。重量を示す地響きが耳を突く中で、彼は同時に首の骨を鳴らした。

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