第七声 登校生徒と襲撃者3/3
「面倒な事になりました。取り敢えず不用意に私から離れないように」
脅威を前に猛威を振るう五凶兆たちの人外に近い力に対し、感想を脳裏に浮かべる元和泉であったが、文月の面倒げな嘆きにそれどころでは無いと我に返り、元和泉舞歌はハッと息を飲んだ。
そして——
「加屋野さん、協力を——」
文月が振り返った先へ声によって引きずられ視界を動かす。
すると、そこにあった光景は——
「バイクが壊されませんように。壊されませんように」
「うむむむ、しゃらんら、しゃらんら」
「むしろ、フラグ、のような」
「「……」」
加屋野久留里を筆頭に頼りがいのあるはずの先輩が道路の端にそれぞれのバイクを駐車し、必死に祈りを捧げている間の抜けた光景。
「ふ、文月さん! これ一体何なの⁉ 何の騒ぎ⁉」
元和泉舞歌は、それらを見なかったことにした。
「お遊戯会にでも見えるなら病院に連れていきますが」
文月も同様、元和泉の現状を問う声に耳を傾け皮肉を語る様相。この時の彼女が、元和泉の問いに対し、明確な問いを持つのか、それは永遠に謎のままである。
何故ならば——、
「あ、あのぅ……すみません」
「——え?」
「ちっ——‼ 【腐蝕の悪霊】‼」
新たなる登場人物、
「文月さん⁈」
「おわわ⁉」
一瞬の出来事に元和泉舞歌が驚く事も気に留めず、文月京香は咄嗟に三つ編み髪の丸眼鏡の少女に拳を振るった。しかし、容易く躱され、新たに現れた少女は後方に飛び退き三つ編み髪を躍らせながら距離を取る。
元和泉からすれば衝撃の再会。
「あー……最悪のタイミングで来たね……阿久根涼子」
「加屋野先輩! 私、何が何だか」
それでも——他の人物からすれば想定内の出来事ではあったようだ。
「少し落ち着いたらちゃんと説明するよ。吸血鬼は他に任せるとして私らは君を守らなきゃいけなさそうだから」
後ろに下がってと言わんばかりに元和泉の肩を引き、加屋野の苦笑いな頬に伝う冷や汗。
「……誰、ですか? アナタ」
一方、ちょうど時を同じく、文月京香が対峙した少女の方から聞こえたのは純朴にして素朴な声であった。
「今は道真本薬の妹の文月京香。血は繋がっていないので兄との結婚を切望しています」
「結婚……イモウト? あはは……なに、それ」
(⁈ ……なに、この感じ。ヤバイ気配)
走る緊張感。弛んでいた糸が急激に引っ張られ、プツリと切れたような雰囲気。
「創作の、邪魔ぁ——‼」
少女の瞳孔が、眼鏡越しに開き切っていたようであった。
「ナイフ⁉ 文月さん危ない‼」
阿久根涼子の服の袖の中から顔を出し、煌くは鈍い色の刃物。瞬時に感じた狂気の沙汰に元和泉舞歌は叫んだ。それでも、鉄面皮——文月京香の平静は揺るがない。
『半身をずらしながら腕を掴み引き、体勢を崩し、脇腹に十文字蹴り』
『飛べ——』
「——⁉」
飛びかかってくる阿久根涼子の勢いを利用し、流れる様に言葉を唱えながら体を動かし、彼女もまた構成魔法の描写通りの結果を世界に残す。
「ひゅうー。流石、ホンプーの妹」
元和泉らが居る校門の反対側、蹴飛ばされていく阿久根を眺めながらに弓狩唯波が音の出ない口笛を吹いて平然とそう言った。
「って言える状況じゃないよ、ユカリン。妹ちゃんの靴」
そんな楽観的な弓狩に対し、加屋野は少し真剣味を持って呟く。
「靴が……溶け——てる?」
「……」
その加屋野の言葉に元和泉が先んじて文阿久根を蹴った文月の足の先を見ると、ドロリとした靴と同じ色の液体が垂れ、ボトリと足から靴が剥がれ落ちて。
瞬間——弓狩唯波は閃いたのだ。
「は! 靴が【くつ】っとる‼」
「腐っているね。ダジャレやめーい」
「ほあちゃ」
「ナイスボケ、アンド、ツコミン」
(なに、この人たち‼ ふざけ過ぎ‼)
内心、元和泉は楽天的過ぎる先輩たちに苛立ちに似た感情を抱くに至る。しかしながら当然の如く、それを言葉に出来る程の胆力は彼女には無く、
「あの‼ 一体何がどうなって‼」
八つ当たりのように声を荒げるまでに留め、混迷を深めていくばかりの状況の糸口を問う。
すると、それに答えたのは加屋野久留里だった。
「【腐蝕】って概念だよ。阿久根涼子が蹴り飛ばされる寸前に力を使ったんだね。もう少し時間を掛けていたら足まで腐ってたかもしんない」
元和泉の軽蔑を察してか、今度は真摯に詳細を語り、気分を変える息を吐く。
「あれが【腐蝕の悪霊】阿久根涼子。創作の為なら全てを犠牲に出来る女作家」
「ぼっちの道真本、薬からインスピレーション、を貰ってるらしい彼女は、イメージを邪魔されない為、に、道真くんに近づく女を徹底的に排除する」
「でもー、アクミンの書くBL作品は素敵に綺麗な作品ばかりなんだよー」
そして加屋野、萌奈、弓狩の順に示し合わせていたかの如くな息の合い様で次々に【腐蝕の悪霊】と呼ばれる人物について説く彼女らは、
「「「因みに、私ら三人とも彼女の本のファン」」」
(ええー……何ですかその決めポーズ)
声を揃えて話を結んだ。そんな彼女らに呆れ、肩の力が抜ける元和泉であった。
「私も読んだことはありますよ。私は兄を抱きたいですし寝取られにも同性愛にも興奮を感じないので全く共感できませんでしたが」
「まさかのド下ネタで厳しい批評‼ そこは既読スルーで良いんだよ、文月さん‼」
その先輩の悪乗りに乗る文月に対しては、いよいよ堪忍袋の緒が切れそうな感覚。
とめどない混乱と理解出来ぬ周囲の平常心に錐揉みされ疲弊していく元和泉の心中。
——限界を迎えかけた、その時だった。
「——せぇんだよ」
「⁉」
混乱する思考で忘れかけていた人物の声が、耳の端に届く。
振り向くと、そこにはやはりゆらりと起き上がる阿久根涼子の姿。
肌をピリピリと刺してくるような気配。
「ピーピー、メス豚がよぉ気味の悪ぃ」
「「「だってさマイプー」」」
「ええ⁉」
しかし、その気配によって我に返った途端にまた乱される元和泉の胸中。
それでも——何を置いても聴かねばならぬ、そう思った。
「大人しくしてりゃ悪びれるどころか付け上がる悲劇のヒロイン気取り。上下の穴から腐乱臭撒き散らしてばっかのゲテモノが」
——彼女の言葉を。ゴクリと息を飲みながら。
「オメェらは萌え豚にケツ振ってりゃ生きていけんだから邪魔すんなよ。なぁ‼」
(誰、この人⁉)
まるで別人のような口調。先ほどの地味目な三つ編み丸眼鏡の女学生とは思えぬ口振りに、元和泉舞歌は己の目をまず疑う。しかし阿久根涼子が三つ編みを解き、蹴り飛ばされた際に落としていた眼鏡を踏み付ける様は確実に現実で。
「警告を聞く気がないなら、心まで腐らせてやろうかぁあぁ⁉」
鬼が如き形相、憎悪の塊、その表情は凶悪な暴力と暴走を容易に予感させ、本性を知らなかった全ての物を怯ませる。
「来るよ‼ 妹ちゃんは、マイプーを連れて逃げて‼ 時間は稼ぐから‼」
「——……断ります。いずれぶつかる壁なので」
それは、流石の加屋野に声を荒げさせ、文月の呼吸を整えさせていた。
狂人、凶兆、彼女もまた、まさにそのような雰囲気。
「い、今は争ってる場合じゃ——あ、アレって——キャラ⁉」
元和泉はその中にあって、懸命に自分を保とうと努める。けれど、状況があちこちで錯綜する中で阿久根が懐から取り出した物に驚き、目を奪われる。
それは——元和泉が最近知ったばかりの代物であったのだ。簡易概念体、人型をした木の板きれ。
『キャラ掴み・【腐蝕の悪霊】』
(腐蝕の悪霊⁉)
即座に光に包まれる阿久根涼子。キャラを掴み、キャラの鎧を纏う声雄の技術。それが目の前で展開され、溢れる光に元和泉は目を眩ませる。
「元和泉さん、観戦結界の中には入らないでくださいね。あの中は私たちの術まで封じられるので。ナイフが躱せなくなります」
途中、自分を背後に押しやる文月の声と手の感触があって。
やがて光が収まり、再び目を開けると蠅が群れをなして飛ぶような騒音が耳に響く。
『概念……——纏わないと死ぬぜ? ヒヒひひひヒヒ』
気が付くと、三つ編み丸眼鏡だったはずの阿久根涼子は、三つ編みではない阿久根涼子となって居た。
「え、いや——待ってください‼ アレ、なんですか」
「蠅の形をした【腐蝕現象】です、触ったら体が腐ります」
驚きの元和泉、文月京香は瞬間——それが【悪霊】の周りを飛び交う黒いモヤのような塊の事についての質問だと判断する。
——しかし、違ったのだ。
「違うって妹ちゃん、その後ろ‼」
『ヲヲヲヲオオオオオォ——ン……』
「「——な⁉」」
その実、阿久根涼子の遥か後方、夜景の街か校庭の辺りから起き上がる一体の巨人についてであったのである。
『ありゃあ——デイダラ……ボッチ』
【腐蝕の悪霊】は、瞳孔を開き、驚きながら、それの名を呼んだ。
——。
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