第七声 登校生徒と襲撃者2/3


 脳に響く拡声器を用いたような聞き覚えの無い男の声。朝だったはずの世界に、一瞬にして走るは夜の帳。



「……夜——なんで⁉」


けれど明確——明確に不思議と視界に映る夜の学校の景色。



校内から溢れる蛍光灯の灯り、街灯の灯。


唐突に異次元に巻き込まれてしまった感覚が、世界にはあった。



「ん。この背景、相当の出来。かなりの大作」


「終末感のある音楽だねー、壮大」


「なに⁉ なんなんですか、コレ⁉」



一変した景色に、平静を保てる者はそうは居ない。概ね他の生徒も元和泉舞歌と同じく、不穏な非日常に不安を駆られ、パニックを引き起こしたようであった。



「始まったようだ。【邪教】、準備は出来ているかい?」

「神は全てに備えよと常々、我々に仰られているさ」


阿鼻叫喚の叫びといえば、大袈裟ではあるが突如として夜の校舎に投げ出されたどよめく生徒たちを他所に交わされる奏野森と横島の会話。


彼らはそれぞれブレザー制服の懐から大量の紙束と教典らしき分厚い本を取り出して。


その刹那、走り回るは——戦慄。


「——⁉ アレは、昨日の吸血鬼⁉ しかもそこら中に‼ こんなに沢山⁉」


暗がりに染まる地面から、或いは影から溢れ出るが如く、姿を現したのは昨日、加屋野久留里らが倒したはずの吸血鬼と瓜二つの思念体の群れ。


赤い眼を光らせ、どう猛な獣の唸り声を漏らす人型にして牙のケダモノ。



「ったく、こういう事ね……さっさとバイク置いてくれば良かった」


加屋野久留里は、そう気怠そうにビックスクーターから降りて呟く。


「後悔は先に立たないねー、クルリン」

「車体が凹むから、撥ねていくのは、反対」


「は、早く他の人たちを助けに行かないと‼ 襲われそうです‼」


突然の吸血鬼の襲撃に輪を掛けて巻き起こる一般生徒間における騒乱の様相。そんな中にあって、幾人かは異常なほどに平静を保っていた。



「元和泉さん、落ち着いて」


急いて走り出そうとした元和泉の肩に手を置いた文月京香も、その一人である。


「でも——」


何故ならば——、



『飯時くらいジッとにせんか‼ バカタレがぁぁぁぁあ‼』

「あえ⁉ 動きが止ま——⁉」


彼女らは知っていた。轟々と響いた声の主や、これからのその他の動きを鑑みれば吸血鬼程度の思念体の襲撃など驚くに値しない些事である事を。



『はー、どいつもこいつも対応が遅か‼ そん様で、よう声雄を目指しちょっち言えたもんやっでや』



『2、3年! 結界を張れるもんは張れん輩を集めてさっさと引き籠れ。わかちょっち思うが逃げ先は講堂じゃっでね』



そして元和泉舞歌を始めとする一般生徒はこれから知るのである。噂に名高く悪名高き呼び名を持つ者たちに対し、どれほどの過小評価をしていたのかを。



『ほいで、近くに結界を張れる奴らがおらんかったら、そこを動かずに誰(だい)か来るまで二度寝っでんしとて待っとけね。邪魔じゃっど』



恐らく校内に響き渡ったであろう剛田平太郎の不思議な声の後、夜と変り果てた世界に一瞬、夜の静寂と呼ぶに相応しき静寂が訪れる。剛田の指示に驚き、思考が硬直してしまっていたようであった。



「まったく……舌を巻くね【豪傑】」

「敵味方なく動こうとした全員の動きを縛って繊細さの欠片も無い」


呆れの混じる敬意を漏らすは奏野森高貴と横島教。彼らもまた行動の途中、何らかの力によって動きを固められたが如き佇まい。



しかし、

『『ご馳走様でした』』



彼らが唐突にそう声に合わせると、縛りが解け、誰よりも先に【動き】を取り戻す。



「なる……朝食系が解除ワードね」


加屋野久留里がボソリと言った。


「奏野森‼ 向こうも、じきに解けるぞ‼」

「分かっているさ‼」



直後——加屋野の呟きを薙ぎ捨てるように横島が先に合図を出し、奏野森がそれに続く。





『餓鬼いずる所に百鬼や通るる、ひれ伏せひれ伏せ、足踏みおののけ【式神顕現・百鬼夜行】』




『神は——尊き声にて我らに道を指し示された。その道にありける数多の困難は、幾人もの人の手によりて、容易く薙ぎ払えるであろうと勇気付けられたのである』




「な——⁉」


構成魔法だった。動きを封じられたままの元和泉の眼前にて各々に唱えられる呪文。奏野森が夜空へとバラまくのは、何やら筆で描かれたであろう記号の記された紙切れ。


一方、横島教が光らせたのは教典らしき分厚い本の一ページ。。



【好奇なる廃人】奏野森高貴は、式神と呼ばれた日本画に描かれるような鬼の群れを空に撒いた紙切れから墨のように溢れ出させ、



【邪教聖典】横島教は、教典から文字を飛び出させるが如く数多くの褐色で刺青の刻まれた左腕達を空中に従わせる。その数、数えるまでも無く脅威、不吉の予感、まさに凶兆。



『『——行け』』


そこから先の光景は、あまりにも凄惨なものであった。身動きのとれぬ吸血鬼の下へ向かうは奏野森高貴の百鬼と横島教の左腕達。


一方的な——、あまりにも一方的な蹂躙であった。


「校舎内の索敵は私が請け負う。奏野森は外の連中を」

「いとわびし。僕一人でも苦は無いのだけどね」



「す、凄い……」


昨日の吸血鬼との戦いが、まるで児戯であったかの如く圧倒的な武力を以って吸血鬼の群れが薙ぎ払われていく様に、元和泉舞歌は他の言葉など思い浮かばない様子。


「どちらが敵側の化け物なのか全く分かりませんが」


そんな唖然とする彼女に平然と歩み寄り、感想を漏らしたのは文月京香だった。


「文月さん⁉ 文月さんも動けるの⁉」


「解除ワードを言いましたので。ご馳走様と言ってみてください」


「え、ごちそうさま。あっ、ホントだ動く」


文月に導かれるまま言葉を唱えると、体を固まらせていた力が解け、思わず体勢を崩す元和泉。これも今にして思えば、【丙の豪傑】剛田平太郎の構成魔法であったのだろう。


ふと彼が居た方に顔を向ける元和泉、そこに居る彼は今なお喧騒慌ただしくなりつつある状況の中にあって焼いていた串焼き魚に齧り付き、不機嫌そうに食事を嗜んでいた。



(……凄いを通り越してヤバいな、ホントに)


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