第六声 狩る麗人と声雄指南2/3


『断末魔の叫びを上げながら死期を悟った吸血鬼の最後のあがき、しかし時すでに遅く、その鋭い爪が麗人に襲い掛かろうとした矢先、全ての動きが凍り付く』


(うひー、こわ)


眼前にまで迫った吸血鬼の爪先、加屋野は心の中で思った。


それでも、安堵の息は無く、


弓狩唯波が奏でているのであろう葬送の音楽は未だ絶えず静かに世界に響く。


『麗人の細剣によって貫かれた傷口から突き産まれる十字架を象った氷柱。地面に刺さり、吸血鬼の肢体を飾る。訪れるは余りある静寂の夜』



(クライマックスー‼)

そして、連弾される鍵盤の叫びは祈るように、昇るように葬送を迎えるに至るのである。


『そして麗人は、氷漬けとなった吸血鬼の手に穏やかに触れて最後の言葉を贈った』


『……月が綺麗ですね。哀れな吸血鬼、さん』


小説の一幕を彩るように弓狩の最後の一音が響き渡る終末、加屋野久留里は麗人として最後の台詞を吐いた。霜の降る夜のレンガ街、吐く息白く、月をヒタリ切なげに見上げて。



(星が見えなくなる程、な)


((ひゅー))



(ブックワン。いいぞ)


「スクリーンショット‼ 魔声結界収束!」


やがて、本は閉じられる——。


ブックワンの終了を告げる声と共に、夜のレンガ街だった世界は砕け散った。元の雑草に囲まれた廃屋の光景へと戻り、現実の光りが元和泉たちのいた世界へと差し込まれる。


「……終わった?」


幾多の紙が風に飛ばされるような音の中、夜から昼へと戻った唐突さに目を眩ませた元和泉がそう呟いた頃合い——、


次第に目が光りに慣れ、目を世界に向けて開くとそこには現実。


潰れた廃屋と雑草、何かの紙が吹雪く世界で佇む道真本薬の姿があった。


「マイ——プー‼ お疲れー‼」

「あわわっ⁉弓狩先輩」


一瞬、道真の儚げな佇まいに見惚れそうになった元和泉であったが、唐突に小さな体の弓狩が飛びつき、姿勢を崩しそうになった為に彼女は慌てる。


「おつ、マイプー」


「萌奈先輩……あの、終わったんですか?」


「はは。意外と呆気ないでしょ、でもスゴイ疲れるんだよねー、気疲れが半端ない」


「加屋野先輩! お疲れ様です!」


そこに続々と集まる一仕事を終えた萌奈と加屋野も加え、彼女達は談笑を始めた。



「怪我は無いかい。クルリンや」


「まぁ怪我は無いと言いたいけどねユカリンや、明日は筋肉痛かな。キャラの出来が良すぎて感情移入し過ぎたかも」


「帰ったら、シップ、貼ろう」


「ん。その前にお風呂かな。入浴マッサージは大事よさ」


「あの……道真先輩は何を?」


けれど暫しの歓談を傍観している内、頭の端、先ほどの道真の姿が脳裏から記憶に流れて思い出し、改めて彼を見ると一度は空を舞い、地に落ちた紙を集め読み耽る姿があって。



「ああ、いわゆる推敲と校正だね。思念体の封印の強度とかの確認やら誤字があったら直ぐに加筆修正して思念体が簡単に逃げ出せないようにするんだよ」


「処理する前に封印が解けたらまたイチからだからね。文術士の仕事の内だよ」


「へぇ……そういう事もするんですね」


先達の先輩に説明を受けつつ、真剣な道真の姿を遠目に見て感心する。


数歩歩けば力を込めずとも声は届き、触れることの出来る距離。


あまりにも遠くあるようで、感心する事しか出来ずに居る己の虚しさが少し心蝕むような、そんな表情であった。


「それで? どうだった、初めてのキャラ掴みは?」


そんな呆ける元和泉の面持ちを察してか、加屋野は息を吐き、話を進める。


「あ……えっと、はい。反省するとこだらけでした。迷惑かけてすみません」


すると、我に返ると同時に困ったような眉をハの字にひそめ、自虐の笑み。


自信を喪失して尚、それを悟られまいとする元和泉の見え透いた表情に、


「迷惑上等、初めはみんな、そんなもんだってば」


加屋野は己の過去を振り払うようにニヒリと笑い返す。


「それにアレは、いきなり台詞をアドリブでなんて言ったホンプーが悪いよねー」

「極悪、の極み」


それに続き、責任の所在を明確にしつつ弓狩と萌奈が励ましの言葉。


「ははは……それにしても加屋野先輩、凄かったです‼ 最後のあの動き、凄く早くて、どんな仕掛けだったんですか? アレも概念の技ですか?」


それでも何処か空虚さを残す表情の元和泉ではあったが、先に述べた通り彼女はそれを悟られまいと、次は明るく話題を変える。


「ん。あー、アレは【目的地】と【時速移動】とか色々を私なりに組み合わせた概念だよ。六十五キロくらいの加速だったかな、たぶん」


「クルリンはバイクが趣味だからねー。その時の感覚を生かして実戦でも使える様に特訓してるんだよー」


「感覚の再現、ですか……やっぱり難しそうですよね……」


「ま、気長にやんなさいな。まだ入学したばかりなんだから、さ」



一筋の風が吹くようになびく少女たちの髪。元和泉の肩に加屋野久留里の手が乗って、瞳に映るのは自分を元気づけようとする明朗快活な笑みだった。


そんな圧倒される心中、雑草の群れを掻き分ける音がする。


「——自慢げに概念の説明する前に、先に大根芝居のアドバイスをしてやれよ。先輩」


「生意気な本薬の性格悪い説教タイムの始まりワン」


振り返ると左半分の顔を眼帯で覆う男と、友連れのような小動物。



「元和泉」

「は、はい!」


何の事も無い無機質な一声に緊張が走り、元和泉の背筋が伸びる。


「声の出し方も、抑揚の付け方も、言われなくても解ってると思うが最低だった」


「当初の作戦をぶち壊しかねない大根芝居。吸血鬼をおびき寄せられたから良いものの、一時撤退も視野に入れた」


「……はい……分かってます」


加屋野達の温かい励ましが際立たせた為か、とても冷徹に聞こえる声の響き。自らの劣等感が付けた心の傷に付け入り、引き裂くような指摘に、返せた言葉が液体になったかの如く重く弱々しく堕ちる。


元和泉は、道真の顔を見ることが出来ずにいた。


「初めてなんだから仕方ないでしょ、鬼かアンタは」


「度胸があれば俺だってここまでは言わない。甘やかすなよ、加屋野」


「そもそも認識が甘いから戸惑う。自尊心もなく俺達の予想を上回ろうともしなかった、それも甘えだ」


期待されていた。そう明確に思わずとも、認めて貰えるのではないか、何かの物語の登場人物が劇的に成長するキッカケになるのではないか、自信が憑くのではないか、そんな自分が抱いていた甘い考えが見透かされてしまうようで、しまわれたようで。


元和泉舞歌は、心をどこに置けばいいのか迷い、目を泳がせ拳を握る。


「……初めては初めてだけ。もう言い訳は利かないぞ、頭に擦り込んどけよ」


すると一つしかない瞳で元和泉のその様子を一瞥した後、軽く頭を掻き彼女へ背を向ける道真。


「まったく言い方が厳しい男ワンね。もっと優しく言えないワンか?」


「甘いもんには塩気も必要だろ。ほら、お前は終わっている分でも食ってろ」


そして横槍を入れたブックワンの口を持っていた紙束で塞いでの悪態。


「あー、うみゅうみゅ……塩饅頭の理論ワンね。しょっぱい男ワン」


「食えないテメェらよりマシだ。偏食ナマモノが」


紙束を自らの前足で口の中に押し込むブックワン。そんな獣の嫌味に、

彼はまた、少しバツが悪そうに頭を掻いて。


瞬間——快活に響く拍手の音がした。


「ハイハイ道真くんもブックワンも、可愛くしょげてる後輩を放っとかない」


「加屋野先輩……」


加屋野の号令に視線が集まる中、視界に入るのは声色と同じ励ましてくれる明るい笑顔。グイっと元和泉の肩を引き寄せ、元気づけてくる加屋野の首元にあった無機物のゴーグルさえも温かく。


空気を変える力、ムードメーカー、明朗快活な先輩は泥を洗い流す暖かいシャワーのような感覚を元和泉に与え、とても頼もしい雄大な太陽の薫りがしていた。


「……演技に関しちゃ、加屋野に聞いた方が良い。同じ声術科だ」


「萌奈と弓狩は、挿絵と音譜の確認を頼む。俺は学校へ報告だ」


「あーい」


それを機に、道真は歩き出し萌奈と弓狩の両名にそれぞれ残りの紙を手渡しながらの指示、自身はポケットから携帯端末の機械を取り出し操作を始めて。


「ったく、散々偉そうに言っておいて、こっちに丸投げするんだから」


そんな横柄な振る舞いに呆れつつ、加屋野は、


「気にしちゃ駄目だかんね、元和泉ちゃん。別に才能無いから荷物まとめて田舎に帰れって話じゃないからさ」


「……あっちで話そうか。邪魔しちゃ悪いし」


「は、はい——」


元和泉を引き連れて近くにある一本の桜の木の下へと向かうのだった。


——。

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