第六声 狩る麗人と声雄指南1/3


『麗人は駆けていた。彼女にとっては地面も空も無く、軽い体で壁を跳ね回り、体を柔軟に唸らせ、追いかけてくる怪物、吸血鬼の攻撃を嘲笑うような速度で』



『鬼さん、こちら、手の鳴る方へ。ふふふ』



『月夜に煌く銀光の刃も共に踊り、吸血鬼の血肉を次々に裂いていく』


「すごい……圧倒的……先輩たち」


元和泉舞歌の眼前に飛び込む戦いの光景は、まさに一方的と評せるものであった。


『はあっ‼』


時間そのものがずれているかのように【鈍い】吸血鬼の動きをすり抜ける月明かりに照らされた銀光を放つ細い刺突の剣。


「単純な肉体強化型みたいだからねー。吸血鬼は他にも妖術みたいな異能を使ってくるケースもあるから今回は、かなり楽な部類だよ」


観戦結界の傍らで、棒付きの飴玉を頬張る弓狩唯波が我が事のように誇らしげに状況の説明を始めようと元和泉の瞳は、美しく舞うが如き麗人の動きに目を奪われたままで。


「ホンプーの補助もあるし、あれだけ動いてもクルリンの体への負担は相当低いんじゃないかな? 概念の熟練度が流石だよねー」


「熟練度?」


「そ。構成魔法を使う為のイメージの濃さというか、ハッキリと認識できているかどうか」


「【軽い体】とか【跳ねる、唸る】、【柔軟】、【速度】の概念を明確にイメージしつつ、魔力を込めながら感覚を再現、クルリンの自然な動きを邪魔しないように濃度を調整して動きを強化しているのだよ」


戦場——夜のレンガ街を飛び交う麗人の動きを観察しながら、得意げな弓狩の教授を賜る元和泉は久しく忘れていたような息を飲む。


「調整って……そんな事出来るんですか? かなり難しいんじゃ……」


「ちっち、だからこそ文術士は一握りの人間にしか成れないのだよ、マイプー。音術

士や美術士みたいな後方支援の専門職よりも遥かに多く使える概念を持つ戦術の核。言語そのもののスペシャリスト、それが文術士」


目に見える裏側、想像すら出来ない信じ難い技術の粋があるような気さえしたが、現実にそこにあり今の自分には理解が及ばない。


まさに御伽話が目の前に具現化したような感覚に自覚する身震い。


それが恐怖でない事だけは確かであったが、それでもやはり細剣で弄ばれる吸血鬼と同じく、薄く見える観戦結界の向こうとの距離が圧倒的に思えて。


「まぁ私も【音量】とか【音色】の調節くらいなら簡単に出来るんだけど、流石にほぼ同時に多種多様な複数の概念を操作してどんな風に頭が回っているのかはサッパリ分かんないよ。クレイジーだよね、ホントにさ」


「先輩……やっぱり凄いんだ」


驚嘆を越え呆れる弓狩をやはり他所に、元和泉は改めて加屋野演じる麗人と吸血鬼の戦いに目を向ける。


そして、

「これから、どういう筋書きになっていくんでしょうか。なんというか、あの吸血鬼……何度斬っても直ぐに再生していってるような気が」


「吸血鬼の不死身性は厄介だよねー。まぁ、弱点は分かってるし。大丈夫でしょ」


「太陽、ですか? でも……背景が夜だし」


「他には心臓に杭を刺すとか、銀の弾丸、聖水、十字架とかが伝承としては一般的だね。吸血鬼って存在に対して、どういう思念イメージで構成されているかにもよるけど」


幾度も交わされる一進一退の攻防、その結末を考察する弓狩と元和泉。


「ユカリ、ン。そろそろ決めるか、ら、戻れ、ってさ」


すると観戦結界の外側から突如として顔を出す萌奈モナコの途切れ途切れな声が響く。


「あ、萌奈先輩。お疲れ様です‼」

「お世話、様」


「オセワサマー、どんな曲が良いとか言ってた?」


先輩と後輩の二人が舞台裏での社交辞令を早々に済ませる中、弓狩は口に含んでいた棒付きの飴玉を取り出し自分を呼びに来た萌奈の用件を飲み込みつつ、萌奈の顔を出した方向へ、ちくちくと歩き始める。


元和泉は、そんな弓狩の声色の持つ雰囲気が僅かに変わったことを感じ、少し驚く。


「葬送曲、が良いんじゃない? 歌までは要らないとは言っていた」

「りょうかーい。それじゃ、また後でね、マイプー」


熟達した職人たちの仕事を魅せつけられたような感覚。会話と呼吸に無駄がないやり取り。


「はい! 頑張ってください‼」


元和泉舞歌は、またも心が高揚するのを肌で感じていたのである。


「……ちゃんと見届けなきゃ」


何かが始まり、何かで終わる——無垢して無知な少女の瞳は、きらり輝いていた。


——。



その頃、戦いを繰り広げている道真と加屋野は、


(さてと、あらかたの下準備は済んだ。そろそろ決められそうだ)

(こっちも準備運動は済んでるよ。決め技は何にする?)



(お前のお得意のアレを使った一撃で良いだろ)


(了解。タイミングは任せてよね)


(ああ、合わせる)


吸血鬼の肉体を麗人の体で切り裂いていく裏で、モノローグと呼ばれる心の中の会話を用い、今後の展開を示し合わせていた。


『まだ遊び足りませんか? 吸血鬼さん』


そして打ち合わせが終わり、息も付かずに動いていた麗人に距離を取らせ細剣にこびりついた僅かな血潮を振り払いながら台詞を吐く。


『——ウガアアァ‼』


『麗人の挑発的な物言いに、やがて吸血鬼は拳を振り降ろす。けれど、麗人の移動速度はそれを容易く躱し、吸血鬼が気付けぬ間に後方へ体を動かす程で』


不可思議に響く道真の声の中、吸血鬼は正気を失ったが如く怒りに狂い、彼の言葉通りに麗人を追い、飛びかかるがこれもまた言葉通り、吸血鬼の攻撃は躱されて。


『——そうやって夜な夜な、か弱い女性ばかりを襲い、弄んでいたのでしょう』


『そして彼女は半身振り返り、一転して敵の肉体を一瞬硬直させる冷たい眼差しを向ける』


『実に——、醜い』


『更に言葉で威圧し、白い息を吐く麗人。月光に照らされた銀の細剣は白氷の如く、同じく白の冷気を燻らせて』


魔法のような現実を言葉で描写し、世界を彩る。


(プラス・アルファって事ね)


(そうだ。弓狩、始めて良いぞ)

(ほい、来たー‼)


モノローグの中で意思疎通を図り、示し合わせ、


弓狩の僅かな呼吸音が流れた後——世界に響くのは、何処からともなく不思議なピアノの音響。


静寂を撫でるような退屈を持て余し、手遊びをするような儚い音響メロディー


『遊びは終わりにしましょう。楽しい【時間】は、あっという間に【過ぎる】ものです』


悲しげに始まった音から次第に大きく、多彩な音を紡ぎ、重ね、


『麗人は、そう述べると吸血鬼の心臓に狙いを定める様に細剣の尖端を向け、』


『構える——そして、』



『速撃、クロスオーバー』



『カッア……⁉』



『一閃。いつの間にか麗人は吸血鬼の胸元まで、刺突の剣を心臓へと突き立てていた。それから彼女は、戸惑う吸血鬼を他所にすり抜ける様に吸血鬼の背後へと体を流し、剣に纏わり着いていた穢れを払う』



構成魔法により仕組まれた展開、



『貫かれた心の臓。痛みなき違和感を探り、胸に手を当てる吸血鬼』


『傷口に当てた掌を覗き、込み上げたのは、文字通り凍り付く想いだった』


『クガぁㇻ……』


先を予見するような言の葉に吸血鬼は抗う事もなく、道真の言葉の通りに動き、


『何をしたのか。そう聞きたげな赤い眼差しで剣を鞘に納める麗人に振り返る』



『十字架は私が背負います。アナタはもう——眠るだけでいい』


そして麗人も予定調和のように動いて台詞を並べ立てる。



(技名はお前らが適当に決めろ。慌てるなよ)


(ええ……人任せ過ぎない?)


(はいはーい! クロス・ララバイ・マリア。十字聖母の子守歌かなー)


(それ採用!)


結末——


『——十字クロス・聖母ララバイ・子守歌マリア


『ウガアアァああああああああああ!』

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