第五声 大根役者と先輩声雄1/3
「ここが——……怪霊の森。ゴクリ」
恐れおののくが如く、元和泉舞歌にそう言わしめたのは闇の深淵へと続いていそうな針葉樹林の森の入り口、途方もない長さの塀に囲まれた古びた門の所為である。
「昔々、幸せな伯爵様一家が病弱な娘の療養の為に作られた別荘があったんだ。けど、引っ越してきて暫くすると——親族や使用人たちが次から次に見るも無残な形でバケモノに捻り潰されたみたいな死に方をしていってね……ふふふ」
「ゴクリ……」
背後に居た弓狩唯波の妖しく微笑むような時代背景の説明が元和泉の恐怖心を更に煽り、再び息を飲まさせる。改めて森を見ると、蔓延と邪悪な魔力に溢れているような森の姿が一層に巨大に見えて。
「最後には母親が病弱だったはずの娘に首を捩じり切られて、娘が行方不明ってオチだ」
けれど、森は森であり森でしか無いと住み慣れた我が家らしく、道真本薬は大きな南京錠の鎖を外し、冷徹なままの顔色で弓狩唯波の茶番を締め括る。
「あー! ホンプー‼ マナー違反‼」
「なんだか寒くなってきた、です……」
弓狩が楽天的に怒る中、それでも淡々と話された話のオチの内容を噛みしめて元和泉は不安に駆られる。
門が開かれた際の錆びた金属音が剥がれ落ちる歪な音に鳥肌が立つ想い。
「安心しろよ。この森を買い取った時に館やら森中に蔓延っていた【悪霊】も娘の方もキッチリ処理してる」
「学校課題の執筆の気分転換に散歩がてら、思念体もどきも狩っているからな。基本、何も出てこないはずだ」
「でもマイプーが怖がってると魔力が流れ出て——」
「ひい⁉ もう止めてください弓狩先輩‼」
道真が精神補助を入れるが、逆に事実で史実であった事だと火に油を注ぐばかり。更には怖がる元和泉を面白がる弓狩が長身の萌奈モナコの背に昇り恐怖を煽っていく始末。
「止めなよ、ユカリン。本当に出てくるかもよ。面倒くさい」
するとそんな状況を見かね、加屋野が片手で弓狩の口を押さえ、
「安心してマイ、プー。悪霊が出たら何とかする」
そして萌奈モナコが怯える元和泉の頭に手を置いた。
「加屋野先輩、萌奈先輩……頼もしい」
「道真く、んが」
「——俺かよ……行くぞ」
こうして呆れ果てた道真の溜息と共に、怪しげな針葉樹の森への門が開かれるのである。
「あ……すみません、兄さん」
しかしながら、まだ門を超える事は出来ない。一行の最後尾に控えていた文月京香が悩ましげに声を掛けてきて。
「文月さん、どうしたの?」
元和泉が振り返ると、彼女は右足を気にして足を手で撫でる仕草。
「演習の時の怪我の痛みが、再発したみたいで……」
「ええ⁉ 大丈夫?」
唐突な告白に、元和泉は驚いた。先の道真本薬との演習時、強大な蹴り技を放った彼女がその反動で立てなくなっていたことを目撃していた為に、殊更に懸念が増幅して。
「少し休んだら大丈夫です……私は今回の兄さんの計画ではやる事が無いので休憩しておいていいでしょうか」
それでも気丈に振る舞う文月に眉根を潜め、彼女の病状の深刻さを憂う元和泉。
「——ああ。道沿いの先に俺の家がある、そこで休んでいて良い。これが家のカギだ」
「一人で大丈夫? 歩ける?」
何かを一考した道真が制服のポケットからカード状の電子鍵らしきものを取り出して差し出す中で、元和泉は歩き方のぎこちない文月に寄り添おうとした。
しかし——、
「ありがとうございます。片足を使えれば行けますから私の事は気にせず、吸血鬼討伐に集中してください」
文月京香は元和泉の手を静かに振り払い、凛とした眼差しで見つめ返す。
「アナタの為の仕事でもあるのですから」
「う、うん……」
一陣の風が元和泉と文月の髪を撫で、森を騒がせる。一層に自覚した緊張感に、元和泉舞歌は胸を抑えた。
そして、
『では——片足ケンケン、高らかに跳んで』
「…………ええええ⁉」
文月京香は、去った。言葉の通り右足を浮かせ、左足だけの立ち幅跳びの要領で。不思議に響く声の余韻が彼女の構成魔法、肉体強化の恩恵である事を明白にしながら。
「ね、ねぇ。道真くん……あの子」
「芝居が下手だねー、凄いあからさまだったよ」
「綺麗な顔して変、態の香り」
そんな文月が飛び去る光景を傍らで見ていた先輩らが苦笑い気味に感想を述べて。
(先輩の家に行きたかっただけか……文月さん色々と凄いなぁ)
そうしてようやく元和泉は、文月の足の怪我のそもそもを疑ったのである。
「アレは、ただ俺に依存してるだけだ。根は悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」
呆れた笑みが零れる元和泉。すると、その様子を見かねたのか道真が仕切り直すように首の骨を一節鳴らし、そう言った。元和泉が振り返るとそこには背を向けながら気だるそうに頭を掻く不器用な兄の姿。しかしそれも束の間、
「りょうかーい! 凄い純真な子みたいで仲良くなれそうだしね。ホンプーの声を録音したコレクションの数々で篭絡しておくよー」
「私も、秘蔵コレクションの封、開けておく」
(いったい……どんな品々が。ていうか何でそんな物を)
「ゴクリ」
傍らから弓狩と弓狩の小さな体を背負う萌奈の言葉に気を惹かれ、元和泉は好奇心に満ち満ちる息を飲む。彼女もまた、ミステリアスな雰囲気を漂わす道真本薬に興味を持つ一人になって居たのである。
そうこうしている内、
「ほら。もう行くよ、みんな。本当に夜になっちゃう」
「元和泉ちゃんも覚悟は良い? 大事な役どころだよ」
「あ、はい! すみません!」
加屋野と道真は門の越え、敷地内に足を踏み入れていた。元和泉の瞳に映る加屋野は普段通りの優しい声色であったが漂わせる雰囲気は何やら別物で。
「切り替えが流石だな。頼りになる」
「そう本当に思ってくれてたら有難いけどね。足手まといにはなりたくないし」
「……評価してるのは本当だ」
急いで元和泉が彼らを追うと表情に真剣さが増している様が見て取れて、緊張感を沸き立たせる感覚を抱くに至る。
「凄いですね……なんだか雰囲気が、ホントにプロって感じです」
元和泉舞歌は、瞬間——感慨深くそう呟いた。前を征く二人の背に頼もしさを感じると同時に、いつまでも追いつけないのでは無いかという距離も感じて。
「はは、あの二人は私ら後方支援と違って前線で戦うからねー。一瞬の油断が命取りになりかねないから真剣さが違うかな」
すると弓狩が萌奈の背中から元和泉に楽観的な声を掛け、
「気持ちの、切り替え方は、人それぞれ。ユカリンも自分の出番前は別人のよう、だよ」
萌奈もそれに補足するように言葉を続けた。
「えー、私は変わらないよー。さ、私たちも行こうか、マイプー」
「あ、は、はい‼ よろしくお願いします‼」
いよいよ、なのだと自覚し緊張感を震わせる元和泉は、彼らの最後尾で改めて頭を下げたのであった。
——。
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