第四声 ファミレス談義と吸血鬼3/3
——そして、
「「「「……」」」」
元和泉が人数分の飲み物を配達し終わり、良い加減に料理が運び終わった頃合い、テーブルは言い様も無い厳粛な雰囲気に包まれる。
「ここが、うちの生徒を含めた中高生が吸血鬼に襲われて倒れていた場所だ。見て分かるように、二丁目から三丁目が中心だ」
そんな中で、道真本薬だけが冷静に振る舞い、携帯端末に送られてきたのだろう情報を基に文月がコピーしてきた地図表に印をつける作業を進めて。
「おい、聞いているか?」
「聞いています。兄さん」
「なら良い」
些か鈍い空気感に気付き息を吐きながら問うと、文月が即答し、納得した道真はまた新たな印を地図に付け加える。
無論、
「いや! 良くないよね! 明らかに妹ちゃんが私たちに威圧感を放ってるでしょうよ‼」
明らかに会話を停滞させる威圧感を放つ文月が素知らぬ顔で居る事を納得できない者がいるのは当然で。
耐え難くなった状況を加屋野久留里はパスタ麺の巻き付いたフォーク片手に訴える。
「……何のことでしょうか加屋野先輩。兄の前で謂れの無い中傷を辞めて欲しいです」
「文月さん……」
そしてそれを受け、文月もまたエビグラタンのエビを小さな三叉槍で突き刺し、冷ややかに食すと次は茶碗に盛られた白御飯に手を伸ばし、片手を箸に持ち替えて。
凛と冷静な顔でありながらの喧嘩腰、睨み合う加屋野と文月。
互いの視線で火花が散っているようだと元和泉は思っていた。
しかし——それでも喧嘩にまで発展しなかったのは、
「この程度は威圧とは言わないだろ。子供の癇癪にビビるな、情けない」
間に入った男の心無い言葉の矢が文月京香のこめかみを貫いたからであろう。
「文月さん⁉」
カクリと首を曲げる文月の衝撃的な落胆に思わず声を大にする元和泉は、倒れそうになった文月の体を咄嗟に支えて。
「無、慈悲」
萌奈モナコは、その光景をそう評す。恐らく彼女らは、文月京香の意中の相手が兄であるとおおよそ察し、そしてこの瞬間に確信したのである。
「それはそれで妹ちゃんに同情だねー、パフェ一口食べる?」
「要りません。甘いモノ苦手なので」
「じゃあ、このポテトをお兄さんに食べさせてあげなさいなー」
「…………兄さん。ポテトです」
同情を言葉にしつつ楽天的で無邪気な笑みの弓狩に圧され、差し出されたフライドポテトを一切れ、一考の後に掴み、文月は道真の冷徹な口へと差し出す。
「——ああ。話に戻るぞ」
それに齧り付き、道真は周りにも見えやすいように地図をテーブルの中央へと広げる。
文月の手が、再びポテトの皿へ伸びるその前に。
「二丁目と三丁目の何処かに吸血鬼が潜伏してるって話でしょ? でもあそここらへんって、この間から、区画整理されてて廃墟とか隠れられる場所は軒並み撤去されてなかった?」
そんな彼の意図を理解してか、本格的に近隣を騒がす吸血鬼についての話に食事をしながら突入する加屋野ら一行。
「らしいな。ここら辺には碧海ヶ坂の特別寮が建設中だそうだ。どこぞの富豪の娘がうちの高校に入学したらしい」
「あー、生徒会にもなんか変な動きがある感じだったね、そういえば」
「そうか。当然、警察や近場の声雄もこの辺りのめぼしい所は調査済みだろう」
余談も交えながらも情報を共有し、状況への理解を深めていく。
「て、なると?」
「他の声雄や警察が手を出せない地帯が反吐の出る事に一か所だけある」
三人の眼差しが地図に落とされる中、道真本薬は息を吐いた。
答えを渋りながら、傍らに置いていたチキン南蛮定食の乗る盆を目の前に持ってきた上で、箸を手に取り両手を合わせる合掌の構え。
「それって……ぷぷぷ、もしかして【怪霊の森】? だったら面白いかも」
食事を始めた彼を他所に、地図のある場所を見ながらイタズラな笑い声を上げたのは弓狩唯波。
幼い姿の彼女は疑問調でありつつも結論が出た様子でパフェを食べる為の長い柄のスプーンを嬉しそうに口に咥える。
「怪霊の森?」
そんな弓狩からの聞き慣れない言葉を反復し尋ねた元和泉だったが、
「うーんと、立ち入り禁止区域のブックメーカーたち管轄の私有地で、思念体の発生頻度の高い地帯、簡単に言えばこの辺りのパワースポットならぬネガティブスポットかな」
答えたのは加屋野久留里だった。食事を続ける道真の下にあったペンを拾い上げ、地図に森の場所を示す印を付けて。
「……そして改築が終わったばかりの俺の家がある場所だ」
「ええ⁉ そんな危ない場所に、先輩の家⁉」
そうして補足するように道真が呟くと、元和泉舞歌は大方の事を理解して驚き、地図へ目を釘づける。
「——今度、遊びに行っても良いですか?」
「寮の門限までには帰れよ」
一方、文月は至極冷静で間の抜けた会話をしながら平然と新たなポテトを恐る恐る道真の口へと近づけていく。
「改築した洋館から少し歩いたところにまだ手付かずの離れがある。森の敷地内に隠れているとしたらそこか……まぁ山奥の方の洞窟のどちらかだろう」
すると道真はそれを無視して箸を置き、森の中にあるという自宅の場所と離れ、そして山奥にあるという洞窟の場所を指で指し示す。
「そりゃ五凶兆に声が掛かるわ。ていうか最初から道真くんへの依頼でしょ、絶対」
「ああ。回りくどい連中だ。人を笑い者にするための嫌がらせだな、クソが」
「——後で神原も殺す」
「ひぃ⁉ も⁉」
それらを受けて、不機嫌極まった道真が地図を握り潰し元和泉は震えた。微塵も揺るがない冷血な表情ではあったが、彼の瞳が些か黒々と凶悪に殺意を露にしていたからだ。
「ま、教師陣にしたら細やかな仕返しなんでしょ、ホンプー達って教師たちからも嫌われてるし。仕方ないとはいえ、ただで手柄を与えたくなかったんだねー」
そんな殺意を目の当たりにしても尚、他の人物たち同様、弓狩唯波は楽天的な様子で飲み物をストローで啜り、遠慮のない結論を導き出して。
「それ、教育、者として、どう」
萌奈モナコも同意しつつサバの味噌煮の身を箸で解してボソリと呟く。
しかしこの時、加屋野だけが違う私見を持っていた。
「んー、まぁ五凶兆の安否確認とか人格テストでもあったんじゃない? こっちが呼んだら集まるかーとか、依頼を断るにしてもどういう傾向で断るか、とかさ」
「「「聖人かよ」」」
「え⁉ 何が⁉」
まるで太陽に当てられた影の如く、自身から放たれる煙を煙たがるように声を揃える道真と萌奈と弓狩の三人。
その唐突な息の合い様に戸惑う加屋野を他所にそれぞれが頭を抱えて。元和泉が全員を見渡すと、文月だけが白御飯を箸で一口、平静に食べ進めていた。
「……まぁそうだ。そういう意図もあったかもな。神原の様子を思い出した」
過去を省みて、一理あると思ったのか道真はそう語り、握り潰した地図を広げ、綺麗な四つ折りに畳み始める。どうやら、全ての話が着いたようで。
「あ。じゃあ、夜までここで作戦会議とかしながら道真先輩の家に向かうんですか?」
「あんまり遅くなると寮の門限もありますし、同室の子が心配するので、連絡をしておきたいんですけど」
そこでようやく元和泉は、自身が頼んだハンバーグをフォークとナイフで切り分け始め自分のこれからの身の振り方を相談した。
すると、
「ん? いや、ご飯食べたらすぐに倒しに行くけど?」
まるで的外れな事を訊かれたように呆ける加屋野。
「え、でも吸血鬼って夜にしか出ないんじゃ……まだ夕方も前ですし……」
それを受け、少し動揺した元和泉が理の証拠を提示するように窓の外を見る。外は、青々とした緑では無い青空で。到底、伝承で伝え聞く夜の怪物である吸血鬼が出没しそうな環境ではない。
しかし、それでも、
「勉強不足です元和泉さん。思念体は一度実体化すると滅びるまで消える事はありません」
「ああ、昼間は消えてて夜にだけ存在するなんて奴は居ない」
彼らは、元和泉の認識違いを指摘しつつ、それぞれの食事を進めていく。
「え、そうなんですか? 私はてっきり……吸血鬼とは夜に戦うイメージがあったから」
「いやぁ、吸血鬼なんてポピュラー思念体は、環境が整わなきゃ只の雑魚だよー。弱点多杉原だしねー」
「隠れて、る所を破壊して、地下なら掘り起こして太、陽の下に引きずり出せば、一発」
「はは……まるで昔の火消しですね。燃え広がらないように家を破壊して回る」
「へぇ……そんなこと良く知ってたな。意外だ」
「あ、はは……」
先達で、自身より遥かに知識を持つ彼らが間違いを言うはずも無い。自身がまだ知らない事柄を鵜呑みにしながら咀嚼する元和泉。その彼女が放った何の気の無い知識に感心を示す道真に彼女は照れを魅せる。
けれど直後、加屋野が言い、道真が付け加えた一言。
その一言らに、首を傾げ、困惑するに至るのであった。
「でも、油断は絶対にしない事。だって今回は——」
「ああ——戦うのは夜中にするつもりだ」
「んんん⁉」
彼女は、この後、矛盾に絡まる言動を解き解く世界の一端を垣間見るのである。
——。
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