第四声 ファミレス談義と吸血鬼2/3
「お待たせしました。ご注文お受けいたします」
やがて必然、会話を続けているとファミリーレストランの制服を着た店員がやって来て。
「あ、私は三種のキノコのクリームパスタ」
「サバみそ煮、定食」
「ビッグストロベリーパフェとフライドポテト、ケチャップ多めでー」
「チキン南蛮定食。それからエビグラタンと御飯、シーザーサラダを単品で」
「元和泉、お前は?」
その時、元和泉舞歌だけが道真の思惑に気付いていなかったのである。
「え? え? えと……あ、ハンバーグを和食セットで!」
戸惑いながら慌ててメニュー表を手に取るも、店員を含め先輩方を待たせるわけには行かないと適当に思い付いたものを言葉にした元和泉。
けれど、誰にも敵意や悪意は無く、
「和風おろしハンバーグで御座いますか?」
「え⁉ あ、はい! それでいいです!」
「ゆっくり決めろよ。ホントにそれでいいのか?」
「あ……じゃ、じゃあ、このペッパーバーグで」
ただ元和泉だけが勝手に罪悪感を抱き、慌てていた。
「かしこまりましたペッパーバーグの和食セットですね。少々お待ちください」
否、ビジネススマイルの店員が女性に囲まれる冷血不遜の表情で如何にも危なそうな眼帯姿の道真に対し、何を想っていたのかなどは敢えて描写しない方が良いのだろう。
「ゴメン、少し勝手だったね。ハンバーグで良かった?」
店員が注文を承り去る中で、小声で加屋野が言った。
一応、他にどんな料理があったのか碧海ヶ坂高校に入学したばかりで馴染みのないこの店のメニューを眺めた元和泉を見かねて、である。
「あ、はい……大丈夫です。ハンバーグ、好きなので」
(授業料、授業料っと……貴重な経験、貴重な経験)
しかしそれを受け、加屋野に気を遣わせまいとさりげに自分が頼んだ物の値段を確認したのを最後にメニュー表を閉じ、苦笑いを浮かべながら飲み物を持ち上げてストローを再び加える元和泉。
「それより、気になる事、がある」
すると、話は絵具で彩られた白衣の美術科二年、萌奈モナコの疑問へと移った。
「エビグラ、タンと御飯単品、信じ難い」
「確かにー、ホンプーはシチューと御飯を一緒に食べるタイプの人なんだねー」
「今のは京香の分だ。リゾットじゃ駄目らしい」
(そうなんだ……そういえば昔、からかわれてから一緒に食べなくなったな、私も)
その質問に対する応答を、意外に思うのと同時に過去を懐かしむ元和泉。自分と人間離れした実力を持つ文月に共通点がありそうな事が少し嬉しそうな思い出し笑いの様相。
「その京香ちゃんは、何処に行ってるのさ」
そして話の向きは、先刻まで一緒に行動し、今は別行動の道真の妹、文月京香へ。
「コンビニで地図のコピーをしている。吸血鬼の場所を特定するのに必要だからな」
「あーね。こんな適当な所で作戦会議って所が、らしい感じ」
「……お前らも来るか? 前金も、ここの飯代で良いだろ」
更に話は派生し、道真本薬が本題へと入る。
加屋野の前に置かれていた店員を呼ぶスイッチが賄賂であることを明確に示唆しつつ、彼は答えが分かり切っている様子で椅子の背もたれに背中を預けて。緑色の敵対を尚も平然と啜った。
「俺一人でも問題ないが、それじゃ元和泉の参考には成り辛いからな」
「「「乗った」」」
答えは、三人が声を揃えて言った。
即断即答で、元和泉の背筋が思わず伸びる程に綺麗に。
「けど、後払いは要らないよ。ここの御飯代で十分だから」
そうして加屋野が道真に差し出したのは、店員が後に商品と共に持ってくる領収書を入れる為の筒状の器。交渉の成立、であった。
「分かった。これで生徒会の方の顔も立つ、と考えてくれると良いんだが」
「はは、無理だろうね。学校から生徒会に話が通って無い時点で」
それを受け取り、眺めた道真の気怠そうな嘆きの呟きに、加屋野は声を出して笑い、呆れる様に手を振った。またも、元和泉には解らない話題。
「どういう事なんですか?」
しかし今回は、意を決し自分から率先し尋ねると決めたようで。素朴を装いつつ、飲み物をテーブルに置くついでに少し身を乗り出す元和泉であった。
すると、聞かれれば答えるのが人情と言わんばかりに、
「うちの学校の生徒会は独立した組織だ。学校内外の思念体や生徒間の揉め事の解決は殆んど生徒会が任命権を持つ【七声騎】を中心に生徒会が編成を組んで実習として請け負うのが通例だ」
素っ気なくも説々と道真が語り出し、
「要は肩書に憑りつかれたプライドの塊みたいな連中でね。去年、五凶兆に潰されたのを恨んでて中身なんてない過去の威信や栄光を取り戻そうと躍起なの。背後に去年からの留年組もいるしさ」
加屋野が隙を見て要約し、説明を結ぶ。それでも二人ともに、生徒会という存在に毛多間を抱いている口振りなのは共通していて。
「……でも、皆さんは仲が良いですよね? 加屋野先輩も確か——、七声騎の一人で【歓声】の生徒会側のはずなのに」
それが気になった元和泉は諸先輩の雰囲気を見渡し、小さく微笑みながら尋ねる。
すると、分かり易く彼らは関係性を吐露していく。
「私は私たち側だからね。繰り上げみたいな感じの人数合わせで選ばれてるだけだから」
「ほらさっきから、五凶兆が派閥を潰し回ったって話をしてるでしょ? それが原因」
「そうだな。感謝して飲み物のお代わりに行ってこい、数合わせ」
「そうだそうだ! 私のもお願い、数合わせ」
「数、合わせ」
「……人に言われるとなんか嫌だな。別に良いけどさ」
「あ、私行きます!後輩なので!」
自嘲気味に嘆き椅子から立ち上がろうとする加屋野を気遣い先んじて立ち上がる元和泉。弓狩が最初に飲み物を運んできた際に使っていた盆を持ち上げ、空になった各々のコップを集め始めて。
「ん。じゃあお願い。適当に五つ注いで来てくれたら良いから」
「はい、直ぐに持ってきますね!」
そして彼女は加屋野の声掛けに笑顔で頭を下げ、そそくさとその場を後にする。
彼女が息継ぎをしたかった、それも一つの要因であろう。
(ふう……緊張するぅ、加屋野先輩って、サッパリした感じでカッコイイ人だなぁ、他の人たちも良い人そうだし)
飲み放題の定額プラン、セルフサービスのドリンクバーの前へ立ち、彼女は息を吐く。碧海ヶ坂高校の有名人である加屋野を筆頭に感じていた、抑え込んでいた緊張を吐き出したのである。
しかし、そんな折、
「——元和泉さん」
背後から声を掛けられ、彼女は振り返る。
「はい? あ、文月さ——」
そこに居たのは、文月だった。ひと時の安らぎを投げ捨てて最早、慣れたものであった彼女の神出鬼没の再々々々登場に元和泉の心は揺らがない。
「アレはどういう状況なのか、説明を」
それでも、
「アレ? ああ、加屋野先輩たち……はっ——⁉」
「説明を」
(ひいいいいいい⁉)
文月の想い人である道真本薬、彼が女人に囲まれるテーブルを見る眼光には、恐怖せざるを得なかったのであった。
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