第四声 ファミレス談義と吸血鬼1/3


 余談だが碧海ヶ坂高校の校門から伸びる長い下り坂を下り終えると、すぐそこに数軒のファミリーレストランとコンビニが乱立する。


近くには学校中の生徒の保護者まで住めそうな巨大な学生寮があり、寮で支給される寮食に飽きた生徒や学校関係者を狙い、事業を展開しているのである。


そして、吸血鬼狩りに赴いたはずの道真たちも何故か、その内の一軒であるファミリーレストランの客として席に腰を落としていた。


——更に、


「ホンプーの為に、特製ミックスジューチュを注いできたよー」


「題名は緑色の、悪意」


「テーブル合体! これで、全員座れるっしょ」


一人を除いた上で新たな愉快な仲間達三人を加えて。



(……誰⁉)


 それは碧海ヶ坂高校に入学したばかりの元和泉舞歌が、格好を見れば碧海ヶ坂高校の生徒であることは窺えるものの、当然のように知らない人物たちであった。


内心の動揺を必死に表情に出ぬよう抑えつつ、凄まじい緊張感を持って彼女は現状を俯きながら瞳をアチラコチラと錯綜させる。


そんな元和泉を見かね、


「後輩が困惑してる。自己紹介をしてからレジで清算済ませて帰れ」


道真が人物たちの一人から緑色の液体を受け取りつつ気怠そうな声を漏らす。


「別に良いでしょ、妹さんも後から来るんだし邪魔って事も無いんだから」


「自己紹介してからってのが、ホンプーらしいね、ぷぷーっ!」


「……尾行してたのか。暇な奴らだ」


あからさまに面倒げな道真に不満げな女学生の声。テーブルに肩肘を突き、首に掛かったゴーグルを揺らしてストローで飲み物を啜る。


そして、

「ゴメンね、一年ちゃん。私は加屋野久留里かやのくるり、道真くんと同じクラスの声術科。よろしく」


 気分を変えてハツラツと自己紹介を始めた加屋野という少女。ネクタイを緩め、着崩されたこなれ感のあるブレザー仕様の制服が、なんとも先輩らしさを醸し出していて、元和泉の卸したての初々しい制服とは一風変わった趣き。


続いての少女は長い黒髪を際立たせる白衣を着ていた。


萌奈もなモナコ。美術科、二年。名、前は片仮名」


 彼女の自己紹介を聞けば、納得感のある絵の具の跡が白衣には散りばめられていて、加屋野とは違い、何処か影のある佇まい。


声色淡白に、彼女は緑茶を両手で穏やかに啜る。


「そして控えますのがーぁっと! 音術科二年の弓狩唯波(ゆかりゆいなみ)さまだヨー! ペロリン!」


 最後の三人目は蛍光色様々なパーカーに制服の上から羽織っていた。


しかし、三人目が奇妙に映ったのは決して服飾のセンスが個性的であったからではなく、弓狩唯波——先輩であるはずの彼女の姿がまるで年下であると確信できるほどに小さく幼かったからである。


その違和感を前に、思わず道真へ目を配る元和泉。


彼女には、すぐにでも聞きたい事があった。


が——、である。


(……⁉ 道真先輩がゴミを見る目を‼)


道真の唯一の瞳は完全に黒々と死んでいて、あざとくポーズを決めている弓狩を見下げ果てている様子。とても弓狩について聞ける雰囲気では無い様だった。


「あ、あの……一年声術科の元和泉舞歌、です! よろしくお願いします」


故に、仕方なく、というよりも冷静さを取り戻した元和泉が戸惑いつつも名乗られたら名乗り返すなどの礼儀作法を間違えることなく完遂することが出来たのだろう。



「一応、仲良くはしとけ。声術科だから加屋野の名前くらいは知ってるだろうが、他の二人もそこそこ役に立つ連中だ。性格を我慢出来れば、な」


「「「いや、性格の事を五凶兆には絶対に言われたくない」」」


それから、弓狩が店内から持ってきた謎の緑色の液体を平然と躊躇なく飲み始める道真、そして新たに現れた先輩三人の息の合い様を目撃し、僅かに緊張が和らぐ元和泉。他者を口では雑に扱う道真の言動にも些か慣れてきたようで。



「でさ。噂の元和泉ちゃんでしょ。今年の声術科で唯一、道真くんを最初の演習に選んだ」


「あ、はい! 勉強させて頂きました!」


話は、自然な流れで加屋野らが主導権を握る形で、自己紹介を終えた彼女達は楽しげに会話を始める。


「凄い話題になってるよー、余程の命知らずか、凄い自信の持ち主だってさー」

「え」


「【邪教聖典】を選ぶくらいなら分かる、けど。他の四人は普通、選ばない」



「で、でも先輩、凄く優しくしてくれて、私、怪我もしませんでしたし」


「いや神原……あの先生が止めなきゃ、腕を食い千切るつもりだったのは本当だ。良い経験になるからな」


「え」


「ね。頭オカシイでしょ?」


二度ほど動揺に震える元和泉に共感し、苦笑する加屋野。ストローで掻き回した為、カラカラとコップの中の氷がいがみ合い、喧騒高らかで。


「で、でも明日も確か何人か演習されるんですよね」


それでも、先輩たちの言い分に納得しかね、自身が体験した印象とも差異を埋めるべく、そして耳にした情報を重ね合わせて自分の異端さを元和泉は否定しようとした。


けれど、彼女は無知であった。


「明日の演習相手は文術科の候補生だ。ただの腕試しとか、俺を倒して知名度を上げようとする類の連中だよ」


道真本薬、まさに歴戦の雄であるような眼帯姿の彼が学校内外でどのような評価を受けているかを、まだ片鱗、上澄みしか知らなかったのである。ただ、安直に優秀で少し性格の歪んだ学徒程の認識で。


「因みに、去年の道真くんが初めての演習で叩き潰したのは学校一の実力者って言われてた卒業生ね。去年の五凶兆は本当に凄かったよ、気に入らない学校内の派閥は殆んど潰されたしさ」


そんな彼女へ、先達の先輩たちは言葉を漏らす。彼の者たちがどれほどの事を成し得てきたのか、呆れながらロクでも無い悪評を広める様に。


「しかも、大半が五、凶兆同士の、喧嘩の巻き添えの末に潰された」


「カオスだったもんねー、今は落ち着いたもんだよー、たまにホンプーとゴタローが喧嘩して校舎を壊すくらいだもん」


「二年を含めて、五、凶兆は、トラウマもの」


「ははは……」

(さっきの壁が吹き飛ぶアレが、落ち着いた状態なんだ)


思い出話を語る実感の湧かない話に、元和泉は愛想笑うことしか出来なかったが、先刻の剛田と道真の諍いが記憶に新しく、過去が壮絶であったことは想像に難くない。



元和泉舞歌は平和の中で、ストローを口に咥えられることに少し安堵した。


「なにより、イジメも無くなってくれたしねー」

「——イジメ、あったんですか?」


しかし、さりげに遠い目をした子供らしくない弓狩の不意な言葉にストローを伝って来た飲み物の吸入を途中で辞めさせる。



「「「……」」」


元和泉の重苦しい問いに対して沈黙の空気も、それを是として語り、


「そだよ、ほら閉塞世界経験者ルームメイトの子って普通の人と違うでしょ? 私みたいに幼児化しちゃってるとか動物の角が生えてたり。それで差別というか身分階級があった感じでさ」


「あ……」


そして弓狩の困り顔な笑みで放たれた答えに、悟る。年上のはずの弓狩の姿が歳に見合わず幼過ぎる容姿である理由を。


彼女もまた、閉塞世界からの帰還者である事を。


自身が救いたいと思っている友達と、かつて同じ境遇に陥ってしまったのだと。


「そういう事でルームメイトを差別してくる人たちをね。ゴタロー……【丙の豪傑】とかホンプーが派閥ごと潰し回ってくれたから。今は凄く平和なんだよー」


「俺は喧嘩を売ってくる気に入らない奴らを潰しただけだ、剛田も同じだろ。まだ陰湿な陰口を叩いているくだらない奴も居るしな」


「暴力による圧政、でも風が吹けば桶屋、儲かる。蔑ろにされる人が変わっただけだけど」


元和泉が意識を空白に弓狩に対する印象を刷新していく最中も会話は続き、



「はいはい、暗い話はヤメヤメ。それで? これから二人は何かするんでしょ、何するつもりなわけ? なんなら、一口噛ませてほしいんだけど点数稼ぎに」


そして——軽く拍手をした加屋野の言動により次の話題へと移り行く。


元和泉が弓狩について、閉塞世界について、帰還方法について伺う隙など無いほどに。


「ぷぷぷ。いかがわしい事だったりしてー」

「まさかの後輩、属性」



「茶化すな、思念体狩りだ。噂には聞いてるか?」


世を騒がせつつある吸血鬼の思念体、今はどの程度の段階か反応を確かめるべく敢えて情報の上澄みを晒す道真。


「ふぅん……その話か。吸血鬼でしょ? 学校は五凶兆の方に依頼したんだ。また生徒会が拗ねるんじゃない? 準備してたみたいだし」


どうやら加屋野は知っているらしい。更には意図してか否か、生徒会も認識している事案だという事もさりげに示唆する。すると道真は、店員を呼ぶインターホンの無線機を静かに加屋野の前へと近づけ、


「二次感染の恐れがある。下手に手を出されるより保育園で子供に絵本でも呼んでやっといた方が立派に世の中の役に立つと言っておけ」


そして、加屋野にも見える様にボタンを押した。


「酷い、言い様」

「でも後輩に見学させようと張り切るのもホンプーの良い所だよねー、ぷぷぷ」


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