第三声 閉塞世界と思念体3/3


「ふふ。嘘は良くないな、舞歌さん。胸が無いし、女らしくないのは自覚しているさ」


「事情があってスカートはあまり着たくなくてね、普段は男装をしてるんだ」


直ぐに横島に看破され、横島の興味は元和泉へと向く。唐突に道真が彼女の性別の話題を振ったのは、それが狙いであったのかもしれない。


「君は、少し好みかもしれないな。ふふふ」

「——は、はい! ありがろうございまひゅ!」


元和泉の目の前まで近づき、頬へ優しく横島の手が触れて。


迫りくる中性的な顔立ちに思わず顔を赤らめ見惚れた瞬間もあったが、その直後――ゾクリと嗜虐的な狩人に味見をされたような緊張も背筋を走る。


元和泉舞歌——彼女の本能が横島教の存在に対して危険信号を打ち鳴らしていたのである。


「じゃあ私は行くよ。時間を取らせて悪かったね、本薬。誘った女の子をあまり待たせたらいけないし、また今度ゆっくり話そう」


「……機会があれば、な」


動揺する元和泉をひとしきり愛でて、艶やかに笑った横島が道真へ挨拶代わりの視線を送り動き始める。


素知らぬ顔の道真も、少し離れた場所で状況を見守っている横島のツレらしい女生徒達数人を哀れに思う目を配り、そして目を瞑って。



すると去り際、横島が突然、含みのある言葉を口にする。


「——ああ、そうだ。奏野森と阿久根涼子の件だけど、私が動く必要があるなら協力するから、いつでも声を掛けてくれ」



片手に持っていた分厚い教本を胸にまで掲げ、去っていく背中。チャラリと首飾りが金属を擦り合わせたような涼しげな音を放つ。


「やっぱり、お前もアイツらが動くと思うか」


道真も、そんな横島の背に言葉を返す。


「阿久根涼子は確実にね。奏野森の方は……何を考えているかイマイチ分からないが、用心はしとくべきだろ?」


「ふふふ、君たちに神の御加護があらん事を」


「は。天罰を死ぬほど受けた後に言われても、な」


「ははは、それは——神が私たちを愛でたいと思っておられる証拠さ」


「?」


この時の元和泉舞歌は、彼らの言葉が自身にも関する事だったことをまだ、知らない。



しかして、話は進まされる。


「さて、どこまで話したか……」


「吸血鬼の現状の話ですか?」


去った横島に息を吐き捨てた道真と、兄を慮る妹の言葉によって。



「ああ、そうだった。今、国中のあちらこちらに吸血鬼が発生しているらしくてな、警察や現職声雄が駆り出されていて、猫の手も借りたいって話だ」


「同じ系統の思念体がそんな沢山の場所に同時多発するものなんですか? ニュースとかじゃあんまり聞きませんけど」


道真が再開し始めた吸血鬼の話に、些か懐疑的な元和泉。道真の言葉と言えど、にわかには信じ難い彼女の常識外の出来事に戸惑っているようだった。


すると、


「元和泉さん、ニュースとか見るんですね」


元和泉のそのような発言を聞き、二つの意味で少し意外性を感じた文月がそう生真面目に呟くと、


「え、見るよ。わたし、けっこう」


そこまで侮られていたという事実に対し、落胆に似た動揺で反射的に単調な口調で言葉を返し、顔を動かす元和泉である。けれど文月は素知らぬ顔で。


「ネット内じゃ既に割と噂になってるし、報道され始めるのも時間の問題だろう」


しかし、状況を見かねた道真に撫でられるように頭を叩かれ、彼女は反省したようだった。そして話は元和泉の疑問をもっともな意見だと思っていた道真の回答から続けられる。



「まぁ色々と考察は出来るが、元和泉も言った通り生物の思念が蓄積して自然発生する思念体がそれだけの数になる事は滅多にない。あったとしても集団で行動するから、各地に被害が分散することも同じく無いと言って良いだろう」



「一匹から恐怖が拡散して二次発生したなら話は別だが」


丁寧に【吸血鬼】などの超常の怪物を括る【思念体】の解説を語らいながら、元和泉へ理解を求める道真。その解説に対し、先んじて反応を示したのは文月京香であった。



「人為的なもの、という事でしょうか。もしかして——」


「十中八九な。問題なのは、その方法だ」


またも目の前で交わされる元和泉舞歌には解からない暗黙の会話。



「元和泉。思念体が発生する条件は幾つかあるが、その条件は答えられるか?」


それでも事情を知らない後輩が首を傾げるその前に、今度は解るように道真が順を追って解説することを示唆し、妹の京香から彼女へと視線を移す。


「えっと……確か、群衆または個人の過度な恐怖、不安感による魔力流出によって起こる自然発生型と、未だ発見されてない閉塞世界からの流入型ですよね」


「そして魔功話術による違法生成。つまりはテロだ」


道真の質問を受けて端的に教科書に書いてあったままの文言を思い出すような表情の元和泉。それを聞いて元和泉の理解度をある程度測った道真は進行方向にある校門へと歩き出しながら言葉を付随。


「テロ⁉」


そこで元和泉は、今回の件がそれだという事を、この時、不確かな確信を持って理解した。


「ああ。吸血鬼が確認された場所と被害の規模を考えると、たぶん俺の知っている連中の仕業だろうさ。冤罪だとしても謝らないが」


取るに足らない退屈な思想を足蹴にするように、道真は足下に転がっていた歩くついでに石ころを蹴飛ばして。息を飲む元和泉。


「【笛吹き――ハーメルン】……」


「ハーメルン? あの御伽話の、ですか? 笛を吹いて動物たちや子供たちを引き連れていく」


すると傍ら、文月が重々しく呟いた声がやけに耳に残り、彼女はその意について尋ねずには居られなくなったようであった。


例え、後悔すると分かってはいても、そこに重要な意味があるのだと直感もしていて元和泉は尋ねる。


そして、欠伸でもするが如くその答えは放たれる。


「ああ。逆さ吊りの教室を起こした連中だ。その笛を吹いて歩いた先にあるのが閉塞世界とは笑えない話だがな」


「‼ ——……それって、先輩の」



「そして私達の両親を殺し、兄さんの左目を奪った男がハーメルンのリーダーです」


「――⁉」


元和泉舞歌は、まるで声を失ったようだった。サラリと語られたはずの回顧録の中身があまりに重々しく、次のページをめくる手を遅らせる。そんな、情動。


「公にされてないテロ組織だからな。これも口外はしない方が身のためだ」


「それから京香、余計な事は言うな」


「まるで俺が、未だに復讐の為に手がかりを捜し歩いているみたいに聞こえる」


「……そうでした。ごめんなさい」


しかし文月は、微笑む。道真の背中も何処か楽しげに見えて更に愕然とする元和泉。

狂っているのでは無いか、悲痛を叫んでもおかしく無さそうな史実をあたかも昨晩読み耽ったであろうディストピア小説の感想を懇談するような態度に彼女はそう想う。



「で、でも、なんでそんな秘密の話を私なんかに?」


けれど、本能が感じた恐怖で内情を聞く事は出来ない。それでもせめて彼女はそれを見て見ぬふりをする代わりにこれを尋ねた。


すると、彼はふと立ち止まり、



「ん、そうだな。そういう奴らが出てくる危険性があるから、一緒に行動するなら頭の隅にでも置いておく必要はあるだろ」


「それにお前が世間に公表しても、くだらない陰謀論として扱われるだけさ」


「今からなら、まだ引き返せるぞ? 帰るか?」



「——……行きます。私は強くならなきゃ、いけませんから」


「そうか。じゃあ行くぞ【吸血鬼】狩りに」


全てを見通す単眼の悪魔の如き二択を以って彼女に凶兆の片鱗を魅せつけたのである。



——。

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