第二声 シャワールームと五凶兆2/3
「はい……閉塞世界(ルーム)内の救助活動は【思念体】の討伐と並ぶ声雄の大事な仕事ですから。それに——」
彼女が、彼女自身が、ルームメイトというものを良く知っていたからである。否、知らない事を知っていたと言い換えても良いのだろう。
それは——
「教えてください文月さん‼ どうやってそこから帰って来れたのか! 私は、それを……それを知る為に碧海ヶ坂高校に来たんです!」
理由であったから。学び舎に通う理由となり得たからでもあった。一変して雰囲気を変え、切実に訴えかける元和泉。
「——……兄に聞いてください。私を救い出してくれたのは、兄なので」
文月は流し目で元和泉の懸命な表情を目撃した後、暫く考えて答えを紡ぐ。
ロッカーの戸を閉めた音を印象に残しながら、未だ濡れている黒髪をタオルで拭きながら向かう先は鏡面台。
途中、落ちていたドライヤーを拾って。
「やっぱり……そうなんだ」
胸に両手を当て、内に潜み叫び声を上げる心の慟哭を必死に抑えているようであった元和泉。
彼女は俯き、心を整える。
「ふむふむ、だから元和泉ちゃんは【本厄】なんかを最初の演習に選んだワンね」
そんな元和泉の様子からブックワンは何かを察したらしく、小さな前足を組み——コクリコクリと頷く。
するとそんな最中、心を整え終わった元和泉が意を決したように顔を上げた。
「あの! 何処に行けば、もう一度先輩に会えますか⁉」
「「隣の部屋」」
誰に問うたか分からない問い。同時に放たれる答えは懸命な彼女の声を透かすが如く受け流し、それぞれが同じ方角を指さして。
それは、隣に隣接する男子更衣室がある方向。
「ありがとう二人とも‼」
「「……」」
答えを聞くや、元和泉は走り出す。彼女が更衣室の出口で急いで靴を吐き始める背を見送る文月とブックワンは、とても静かで。
そして——扉の閉まる音がすると話を始める。
「ペラペラと嘘を吐けるところは、そっくりワンね」
まずはブックワンが牽制をするようにそう文月へ言って。
「褒め言葉です。アレなら、とりあえず納得してくれるでしょうし、本当の事なんて言えませんからね。所で、いつまで更衣室に居るつもりですか」
文月はそう言葉で斬り捨てて、ドライヤーのスイッチを意味深く入れて温風を放つためのモーターをけたたましく鳴らしたのであった。
——。
一方、更衣室を後にした元和泉は、襟の乱れたブレザー制服を整えながら何も語らぬ男子更衣室の扉を見つけるに至っていて。
「よし、ここで待とう……流石に男子の更衣室に乗り込む訳にも行かないし」
扉の手前にあったベンチに腰を落として待機の姿勢。まるで面接を待ち侘びる生徒のような面持ちである。真横にある扉が、男子更衣室の扉で無ければ。
「ふぅ……きっと、助けだして見せるから」
抉るように胸を掴み、心落ち着かせて脳裏に思い描く影。安堵の息を殺風景なコンクリートの天井へと吐く元和泉。
しかし、そんな彼女が道真を待つと改めて決めた刹那の事。唐突に男の声が轟いた。
『ドガぁぁぁぁぁン‼』
「⁉ ——きゃあああああ⁉」
男子更衣室からの轟声。直後、元和泉の真横の壁を何か大きなものが突き破り、破壊音をも轟かせる。
それは眼前の通路の壁をも貫き、瓦礫の山を築いて。
何事か、元和泉は愕然としつつも立ち上がると、その正体は直ぐに分かった。
「……先輩⁉ 大丈夫ですか⁉」
元和泉が待ちかねていた先輩、道真本薬である。瓦礫の山の下敷きに仰向けに倒れ込む彼は元和泉が近寄ると、瓦礫を払いのけながら起き上がる。
そして、
「ん。その声は元和泉、舞歌だったか」
衝突したらしい後頭部を撫で、血が流れていないことを確認すると特徴的な左半分の顔を覆い隠す眼帯の面を元和泉に向ける。
「いったい何が——え? ええ⁉」
道真は平然としては居るものの、常人から見れば尋常では無い事態。
元和泉は道真の制服の上に残っていた瓦礫の一つを手で取り除き、脆いガラス細工では無い事を実感。
道真が突き破ってきた壁と道真を交互に視線を右往左往しつつ、混乱しながらも状況を把握しようとする。
「少し——離れとけ」
しかし寸前、立ち上がり始めた道真によって肩に手を置かれ制止された為、彼女は近づいてくる足音への反応が少し遅れてしまう。
「道真ぇ……誰じゃあ、そんガキは」
そこへ地の底から響くような野太い低音が、響く。
驚いて反応の遅れを取り戻そうと改めて急ぎ振り返る元和泉は、そこで初めて目撃し、直感する。
この人物は——敵だと。
(で、デカ……)
巨躯と評ずるに躊躇なく、道真が百八十センチ間近の細身だとすれば、二メートル間近は有りそうなガッチリとした屈強な肉体。
道真が突き破った壁の穴から屈んで潜り抜ける様でそれが分かるほどの体格。
瞳孔が開かれた怒りの眼差しで見下ろしてくる男の漂わせる雰囲気が、元和泉からすれば巨躯を過剰に視覚化しているようでもある。
「後輩だ。考えなしに攻撃しやがって馬鹿か、テメェ」
元和泉が威圧されている中で、既に立ち上がっていた道真は元和泉の一歩前を行き喧嘩腰で首の骨を鳴らす仕草。
「あああ⁉」
「ひぃ⁉」
内に潜むはずの魔力が、轟々と燃え上がったような気配に、無意識で避難訓練で学んでいた初期初動である机の下に隠れる挙動。
頭を手で庇いながら身を縮ませる元和泉である。
まるで怪物——暴力の化身を目の当たりにしたような感覚。
「何事ワン⁉ ——って、また【丙】か、ワン……」
先ほどの壁が崩れる音で女子更衣室を飛び出してきたブックワンの背後へ藁にも縋る想いで咄嗟に逃げ回る元和泉。
「ぶ、ブックワンさん‼ あ、あの人は一体⁉」
「【
そして睨み合う男二人、自らを盾にしつつの少女の問い。状況を完全に把握し、答えを述べるブックワン、威圧されきった戸惑いの元和泉の頭をヨシヨシと撫でて。
すると、
「じゃっどん、お前がいつまっでん逃げ回ちゃっからやっどが!」
「⁇」
険悪に言葉の鍔迫り合いをしていた剛田の声がハッキリと元和泉の耳に届き、かろうじて繋ぎ止まっていた砕けた壁のコンクリートン破片がゴトリと堕ちた。
「御覧の通り、方言が少しキツイ文術士ワンね。でも他人と組む時はちゃんと標準語を使ったりもするワンよ」
「ちゃんと、か。擬音ばっかりの駄文だろ、変な事を教えてやるなよ、ブックワン」
「はん。なんをゆうか、話の勢いば殺しかねん堅苦しか駄文作家に言われとうなかでや!」
そして話の流れは次の展開、ブックワンの一言を機に文術科という言葉の響きに相応しい気配がする議論へと発展していく。
「……二人は仲が悪いワン」
「あ、はい……わかります」
呆れの吐息を吐くブックワン、元和泉は同調する。睨み合いながら会話をする二人は互いの胸ぐらを掴み合うまで至っていて、到底仲が良いなどと評せるとは甚だ思えないからだ。
もはや一触即発の状況を憂い、ゴクリと息を飲む元和泉の冷や汗が頬を伝う。
——その時だった。
「ふふふのふ、【豪傑】……今の物言いは少し耳に響いた哉」
「また何か来た!」
通路の奧から新たな男性の声。ブックワンの小さな背越しに顔を覗かせ、元和泉が通路の奥を恐る恐る覗くと、そこには扇子を持つ長髪的で金髪の優男の姿。
「繊細さあってこその芸術というものだよ」
彼は口元を扇子で隠しながら妖しく笑う。元和泉は、顔に笑みが張り付いてるような顔だと不思議とそう直感する。
「「奏野森……テメェの文は、くど過ぎる」」
その男の登場に一転して声を揃える剛田と道真。
「おやおや。いとをかし」
奏野森と呼ばれた男は、クスクスと艶やかに笑った。
「おお! これは
そして、ブックワンのゴキゲンな紹介。
瞬間——、元和泉は更に背後から人の気配を感じた。
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