偶喰神

@senzilife

偶像を食べる神

成瀬裕也(ナルセユウヤ)は退屈であった。

成績は極めて優秀。

特技のサッカーでは都内ベスト11にまで選出されたことがあった。

しかし、その先の見えた「勝敗に」「結果に」「競技に」「成績に」「優劣に」「序列に」そして「人生に」退屈していた。


自身が全知全能と思い違いを起こす年齢でもなく。

また、そういった「時期」はとうに過ぎていた。

彼は現在、都内の有名大学にて民俗学を学んでいる大学2年生だ。

サークルでは部長を務め、ゼミや授業も順調。交友関係に対しても悠々自適な順風満帆な生活を送っていた。

しかし、その広い交流関係には一切の感情は介入しておらず、淡々と事務的に処理を行っていたに過ぎなかった。


「退屈だ、退屈過ぎる」

広大な大学校舎の一角、普段なら誰も目にとめないであろうその死角には銀メッキの椅子が一脚だけ設置されている。

その椅子は宛らゲームのダンジョンの隠れた財宝の如く、そこを見つけた者に対する褒美のようだ。


椅子に座ると正面に見える白い壁には赤く蛇のようにペンキで書かれた一線が描かれている。


その誰が描いたか分からない薄気味悪い落書きの影響もあってかここに足を運ぶ者は少なかった。


成瀬はその椅子に座り、読書にふけるのが日課だ。

また、もはや彼のアイデンティティでもある秘密の昼食を取るに絶好な隠れ家でもある。


「あ!またこんな所にいる!!」

声を掛けたのは成瀬の幼なじみである。

桜紀子(サクラキコ)だ。透き通る程の白い肌が特徴だ。


「なんだ紀子か」

「佳樹君達が探してたよー!」

佳樹とは頼我佳樹(ライガヨシキ)の事だ。

ゼミでのトラブルメイカーであり、やけに話しかけて来るうるさいやつ。

「でも裕也変わったよねー」

「何が?」

「昔は佳樹君みたいな人達とは絶対仲良くならなかったじゃん」

「あー。まぁ、趣向が変わったんだよ。それにここではあああいった人種といる方が何かと便利だしな。」

「コラ!そーゆー事言わない!!」

紀子は少しムッとした顔をした。

「冗談だよ。それより三限は地方信仰学だっけ。」

「そうだよーってうわぁ…」

紀子の顔がみるみるひきつる

「あんたその趣味、いい加減早く辞めた方がいいよ…」

「あ、これか…」

手に隠し持っていた白いタッパーの中には

調理されたカエルやドジョウ、コオロギなどが入っていた。

「裕也ってイケメンだし、スポーツも勉強も出来て、それなりに友達も多いのに。昔からそーゆー偏食な所は変わらないよね」

「まぁ、これはなんだ変わらないな」

「はー全く残念なイケメンだこと」

やれやれと言わんばかりに紀子が立ち去って行く、全くほっといて欲しい。

「あーそれと裕也、その偏食ってやっぱ将来のお嫁さんも作らないといけない感じ??」紀子の顔が桜のように薄赤くなった。

「いや、これは自分で作ってるから問題ない」

「あっそう!!わかっりました!!」

紀子は頬を膨らませながら立ち去ってしまった。

紀子が俺に対してどんな感情を向けているか理解はしているが、興味がない。


割腹のいい眼鏡を掛けた教授西嶋が今回のゼミ合宿の要項を伝えている。


佳樹が騒がしくはしゃぐ。

今回のゼミ合宿はU県山道を越えた先だ。


「それでは合宿は現地集合にする! 先生は知らないていにするが、車で向かいたいものは別途私に言うように。」


「裕也ー!!お前の家車持ってんだろー!俺らで行こうぜー!!」

予想はしていたが早速、佳樹が話しかけて来た。

「裕也!佳樹君と行くなら私も近所だから乗せていってよ!!」これも予想出来ていた。

「なんだよ!桜も来るのかよ!」

「ほら!途中のインターで寄れる所考えるわよー」紀子が佳樹の背中を押しながら歩き去る。小声でごめんねと呟いた。

あの二人を車に乗せるのであれば、高速代とその他諸々を浮かせる為にもう1人くらい声をかけても構わないだろう、なるべく静かで落ち着いてる奴に声をかけよう。

あいつだ成瀬は教室の隅に座っている

女に声をかけた。

名前はなんだっけな三上結(ミカミユイ)だったか。コイツはいつも1人で行動している。

他のゼミ生も、教授すら話してる所は見たことない。

見た目もそうだがお世辞にも可愛いとは言えない。

「三上ー」

「ええ、分かってるわ、いいわよ」

予想外の即答に少し面を食らってしまった。

まぁ、話が早いじゃないか。と思い。

「そうか…それなら待ち合わせは○○駅ロータリーでどうだ。」

「やっとね」

何を含ませて喋っているのか分からないがそんな事は興味がない。少し変わっている奴であるがあの2人を牽制するには有効的だろう。


待ち合わせはきっかり昼の12時に設定した。

ここから5時間のドライブ。休憩も含めて到着は19時となる。ゼミ合宿の初日はトライアルという事で西嶋教授曰く夕飯に間に合えばいいとの事だった。俺と佳樹、そして一応紀子、ドライバーはこの3人。恐らくだが三上は免許を持っていないだろう。

交代交代で運転すれば充分問題はない。


高速、インターは問題なく順調であった。

しかし、U県の県境の山道に入った時、問題が発生した。

ナビが故障し、強い電波障害があるのかスマートフォン類が一切使えなくなってしまった。


「仕方ない、俺が地図を見るから裕也はそのまま車を走らせてくれ!」

助手席の佳樹が暗い車内の中、皆を励ますように陽気に振舞った。

紀子と佳樹が話を幾多にも展開していく「恋愛の事」「勉強の事」「友人の事」「最近のテレビの事」どの話も俺には全く興味が持てなかったが

まぁ、静かになり過ぎるよりはいくらか良かった。ただ、三上は相変わらず黙り続けていた。



一通り話し尽くしてしまったのか、佳樹が突然こんな事を聞いてきた。

「いや、つーかさ裕也いつも抱えてるあの白いタッパーってなに??」

「ちょっ佳樹君!!」

「あぁ、あれか」

面倒臭い。

「それは言わないって約束だったじゃん!!」分かってるだろ

「だって別にいいだろー!気になるし、なんであんなん食ってんだよお前」

今世紀最大のスクープと言わんばかりの嬉々とした表情に若干の目眩を感じた。

まぁ、バレたのなら仕方ない、今度はどう言いくるめるか。

「いつからなんだよ??」

いつから??その質問に対しては残念だが答えられない、なんたって俺自身覚えていないのだから。

「ちょっ!二人とも前!!」

後方座席の紀子が突然声を上げる

前を見るとそこには1匹の白い猫がいた

避けきれない!

キーーー!と車の駆動音と共にはね上げてしまった。

車から出ると猫が口から血を垂らし死んでいた。内蔵を腹からぶちまけている。

あぁ、俺はなんて事を

「ちょっと!!裕也!!何触ろうとしてるの!!」

無意識の内にその亡骸を拾おうとしていた。

「埋葬とかは業者に任せようぜ!それに触るとどんな菌を持ってるかわかんねぇし、ごめんな、俺が裕也に話しかけたばっかりに」佳樹は猫に駆け寄り謝っていた。

再び、夜道を走らせる。


先程の佳樹の言葉が頭に反芻していた


幼少の頃から俺は恵まれていた方だと思う。

いい家庭、いい教育、いい友人、いい恩師、そんな模範解答の羅列のような日々をひたすら過ごしていた。常に優等生であり、常に大人が求める答えを提示していた。

純粋無垢な聖人君子でいないといけなかった、当時の俺はその生活の窮屈さに押し潰されそうになっていた。しかし、その時俺は1匹の車に引かれた白猫に出会った。



「裕也!!前!!」唐突に佳樹が叫ぶ

気がつくとまた、白い猫を踏み抜けていた。

「おい、冗談だろ…また猫かよ!!!」佳樹が叫ぶ。

なんだ。なんだこれ。

急いで車に乗り込む。


あれは小学校3年生の頃。夏の日差しが眩しいそんな日だった。俺はその車に引かれた白猫をただ、真っ直ぐに観察していた。


そんな懐かしい夏の残り香に鼻腔がくすぶる。

カーブを曲がると不意に。1匹の白い猫が飛び出してきた。俺はまた、白猫を跳ねてしまった。

「嘘よ…そんな…いや!!」

紀子が叫ぶ、それは猫を引いたことにではない。


猫を引いた道だ。


「暗いからよく分からなかったけど。ここってさっきも通ったよね??」

紀子の声が震え始める

言われてみればそうだ。

「そんな訳あるか!裕也飛ばしてくれ!」

佳樹に諭されるまま。車を飛ばす。

カーブを右に曲がる、左へと曲がる。

やっぱりだ、見覚えがある。

俺はこの道を「既に知っている。」


そうここだ、ここで右に曲がると。

1匹の白い猫が飛び出してきた。


「ひっ!」佳樹が悲鳴に近い叫び声を漏らす


グシャっ!乾いた破裂音がこだまする。

今日3度目のタイヤ越しに感じる猫の感触に身悶えしながら車を更に飛ばす。


あぁ、まただこの曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫

曲がり角

白猫


いつからだろうか。

俺が偏食になったのは、

恐らくあの時、あの夏、

あの道路に倒れている1匹の白猫を見た時からだ。


もしかしたら、虫や異形を食べる事によって汚したかったのかもしれない。

純白で純真無垢な成瀬裕也を。

喰べる事によって生まれ変わりたかったのかもしれない。

俺はようやく全てを思い出すことが出来た。


「初めて虫を食べた時の事を覚えている?」

後部座席の三上が突然口を開いた。

「忘れるもんか、あれは小学校4年生の時だ、初めて生きたバッタを口に入れてみたんだ」

「どうっだった??」

「どうって?」

ナビに設定したU県が次第にunknownと表記が変わっていく。

バックミラーに映った三上は随分と大人びた雰囲気になっていた。

どう見てもいつもの目立たないタイプではない、どちらかというと官能的に映るほどの美女がそこにいた。

助手席を見ると佳樹が固まっていた。

紀子も運転席に上半身を乗り出した形のまま動こうとしない、

まるで俺と三上以外、車内の時が止まっているようだ。

「で、どうだったのよバッタは」

「どうって」

三上に急かされて会話に戻されてしまう。

「新鮮だったよ、しばらく舌で転がして、いざ歯で噛もうとした時、バッタも察するのか動き周るんだ」

「そう、それは大変ね」

「でもね、いざ噛もうとすると、こう心臓がバクバクと高揚するんだ」

「それは未知の味への恐怖?それとも命を奪う事への覚悟かしら?」

「いや、そのどちらでもない、ただ」

「ただ??」

「これを食べたらどうなっちやうんだろうっていう自分自身に対する好奇心だ」

「そう、アナタってそーゆー時に生を実感するのね、唯一の退屈から抜け出す方法」

「そうかもしれない、蟷螂を食べた時も蜘蛛を食べた時も世の中でいうタブーに触れる瞬間、成瀬裕也という偶像に泥を塗る事によってこの退屈した世界から抜け出しているのかもしれない」

「あら、あなた今とってもいい顔しているわよ」

「え…」鏡に映った自分は狂気に歪んで笑っていた


誰だこれ


「いい?成瀬君、この世の中に本当の意味で偶然なんてない、偶然なんて所詮、神の必然の組み合わせでしかないわ、ただちょっと複雑過ぎて貴方達には理解が出来ないだけ」

「だから貴方がどんなに正義の心を持っていても逆にどんなに悪の思想に蝕まれていても」

「それは全て神が仕組んだ設定通り、だから貴方は貴方の思うがままをしなさい」「どんな人生だって神は等しく平等よ」

「まて、その話が本当なら…」

「ほら、前を向きなさい、あなたの原点がそこにいるわ」

バックミラー越しに三上は右手の手のひらを見せた、そこには赤い血が一線引かれていた。まるで、あの校舎の壁の落書きの様にだ。


ふと目の前に視線を移した。

一匹の白猫がこちらを見ていた

猫が口を大きく開けて

不思議な事に猫は人語を発したのだ

「俺を食ったのはお前だな」

その時、全てを思い出した。

あのアスファルトが解けていた夏、空を見渡すとどの山よりも高く聳え立つ群青雲

「そうかあの時おれはあの白猫をー」


感覚が途切れるその刹那、成瀬は不意にハンドルを横に切った。

もう何十回目のループか分からないが、初めてその道で猫を踏む事がなかった。


「きゃっ!」紀子が叫んだ

「やだ~~濡れちゃった!!」

持っていた炭酸飲料がこぼれる。

「おい何やってんだ!」佳樹がティッシュを出す

「それにしても裕也!合宿楽しみだな」


「おう...それよりお前ら白猫がさ」

まさかと思ったが確認せずにはいられなかった。

「白猫??何の事?」紀子が疑問をもった顔をした。

「そんな事よりさ!裕也のタッパーの話しようぜー!!」

「もう!それ言わないって約束だったじゃーん」

まるで時間が戻ったような感覚だった。

バックミラーを確認すると三上がいない。

「おい!それより三上は??」

「三上…..?」

「三上ってだれ?」

2人は素知らぬ顔をする。

おい、まさか…そんな嘘だ。

「裕也!前!」紀子が指を指す!


「それ」にぶつかる直前、恐らく俺だけが奴と確実に目が合っていた。


全身泥だらけのその風貌はまさしく異形であった。まるで人型の大木が歩いている様な

その木目だらけの身体は至る所から枝が生えており、身体中は少し湿っているのか光沢があった。

森から、出てきた「それ」は人間であったら本来目があると所に目はついてはおらず、耳がある所の木目と木目の間から鳥類のような緑の目がこちらを覗いていた。

「あぁぁっぁ!!」

狂ったような叫びをあげながら裕也はそいつを跳ね飛ばしてしまっていた。

車を止め勢いよく「それ」に走りよる

佳樹も紀子もまだ状況を理解出来ておらず、車の中で呆然としている。


「それ」の木目の皮膚から割れていた。胴体からは、生々しい程の肉がとびだしていた。

あぁ、まただ、俺は一体どうなってしまったのだろう。

こんな得体のしれないものを目にして、高揚している、さて『この機会をのがしてはらない』と

成瀬はその肉に腕を突っ込んだ。

「次はどうなることやら」

一口食べた途端、自分の身体が宙に浮かびあがる感覚におちいった。そして身体どんどん半透明な巨人となり、両手でこの惑星を抱きしめる事が出来るまで拡大した。そして成瀬は地球を抱きしめる様にしてしぼんでいき、本来の等身大の姿へと戻った。


貪り食べた人型の木片と肉片をよく見ると、右腕の破片には三上同様に赤い線が引かれていた

「大丈夫??」紀子が慌てて駆けつけてきた。

「急に大木を跳ねたと思ったら一人で走って見に行っちゃうもんだからビックリしたよ」


「あぁ…もう大丈夫だ」

きっともう俺は。

【この世の中に本当の意味で偶然なんてないのよ、偶然なんて所詮、神の必然の組み合わせでしかない 】か。

本当にもしそんなものがこの世界にいるとしたら、このストーリーが全て仕組まれていたとしたら、与えられたこの力を俺はどの様にして正しく使えばいいんだろうか。

「まぁ、全ては必然」

俺がこの力をどう使っても、アンタは肯定してくれるんだろ、いやそれも想定内なのかもしれない

それなら、やれることまで、やってやる

「紀子、このあたりで街ってあったけ、うんと人がいる所の、いやなに、ちょっと試したい事があるんだ」

成瀬はあの時、三上に見せた笑顔になった。自然と口角がひきつるのだ。

きっと俺はこれからどれだけの数を食べるのであろうか。

考えだしたら今からよだれが止まらない。


ばいばい 純粋無垢な人間 成瀬裕也。

ばいばい 世界。

ばいばい 退屈。

そしてこんには 新たなる孤独。

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