第46話 懸念

 さがらはたぶん、さやとを応援してるんだと思う。見てきた範囲だけでもしょっちゅう求愛行動? のようなことをしていたけど、本心では森谷とさやとがくっつくのが一番だと考えているんじゃないか。

 金曜、私が森谷に付いて行かなかったのは、そこにあの二人が同行すると思っていたから。早い段階で森谷とさやとが二人きりになるとわかっていたら、里見が苦手なのを我慢してでも参加していた。……さがらはたぶんそこまで見越して、本当は行く気なんかないのに一度は手を挙げたんだ。

 森谷とはまた別の方向で賢いんだろうな、きっと。常日頃から色々考えてるやつじゃないと、瞬時にそんな判断はできないはず。さやと一人でもこれ以上なく手強いライバルなのに、そこへ優秀な参謀が付いてくるのは完全な予想外。


 ――二人でどんな話してたんだろ。自分で行かないって言ったくせにちょっと後悔して電話をかけた金曜日、さがらが不参加だったのがわかった時点で、本当はそのことについて聞くべきだった。……だけど、森谷の声を聴いていたらいつの間にか目的が薄ぼやけていって、最後には寝落ち。……変な寝言とか言ってないかな、私。

 あいつが好きだって気づいてから、どんどん心が緩んでいってしまっている。あんまり絡みすぎたら迷惑だってわかっていても放課後ずっと長居したり、夜に電話をかけたりしてしまう。……森谷は大丈夫だって言ってたけど、これでまた足を引っ張って成績が落ちたりしたらどうしよう。少なくとも一度は、今後そういうことがないようにって学校をやめようとしたけど。


(……もう無理かも)


 四限目の英語。板書を機械的に書き写しながら、心の中でため息をつく。森谷の足かせになってしまうことへの痛みと、森谷から遠ざかることへの痛みを天秤に載せたとき、いつの間にか後者の方が圧倒的に重たくなってしまっていた。……でも、それは森谷が悪いと思う。わざわざ家にまで押しかけて、自分も一緒に退学するなんて脅して、全部終わったからじゃあ平常運転でとは行かないに決まってるし。

 いやでも意識する。いやでも価値が高まる。……そのくせ、向こうはさっぱりした態度で接してくるからモヤっとしたりしなかったり。動揺する素振りの一つや二つ見せてくれれば、私もある程度は満足するのに。


(さやとが好きなのかな、やっぱり……)


 明るいし、かわいいし、背が高いし、胸も大きい。暗くて愛想がなくて背が低くて可も不可もない胸の私とは、正反対の場所にいるさやと。森谷がああいう快活な子を好むのだとしたら、私なんかはそもそも眼中にすら入らない。……ていうかあいつ、私のことどう思ってるんだろ。この前、『あ、でも、前に相良、字城のことめっちゃ顔かわいいって褒めてたな』なんて言ってたけど、自分から見て私がどう映っているかは口にしてないし。……言わせようとしたけど、わかってもらえなかったし。

 正直なところ、容姿には自信がある。大半は親譲りだけど、体型や身だしなみにはそこそこ気を遣ってきたつもり。不本意とはいえアイドルみたいな扱いで雑誌に特集を組まれたことだってあるし、世間から見ても概ね高評価なんだと思う。……でも、好みというのは個人差が出るもの。絵ばっかり描いてきた人生だったからそれについてはいやというほど理解していて、テストの点数みたいにわかりやすく上下関係が区分されるなんてことはない。優劣と好き嫌いは、同じ軸の上にあるものじゃないんだ。


(…………ん)


 ノートに円を描いて、その内側をぐるぐる塗りつぶす。……色々考えたけど、結局私は森谷にかわいいって思ってもらいたいだけ。当然かわいいさやとの横で、せめて同列くらいの評価を受けたい。……それで、あわよくば好いてもらいたい。だけど、どれだけ頑張ってもあんなに愛想よくふるまうのは不可能で、自分の不器用さに頭を抱えることになる。


 授業の終わりが近づく中、英語教師の解説が脳みそを素通りしていく。頭は森谷のことでいっぱいで、今は他のなにかを詰め込める空きがなかった。


(どうしよ……)


 引っかかるのは二人がしていたデートの約束。きっとさやとは、そこで森谷に思いの丈をぶつけるんだと思う。……私の煽りが追い風になっている可能性は十分あって、調子に乗って挑発するんじゃなかったと今さら後悔。


(寂しいから誰とも付き合わないでって言ったら、聞いてくれるかな……)


 孤独を埋めるなんて宣言した手前、森谷は私の言い分にある程度気をつけないといけない。……もしかしたら聞き入れてもらえるかもしれなくて、だけどこんな卑怯なやり方を思いつくことに重ための自己嫌悪。さやとみたいに素直なら、「好きだから付き合って」って言えば済む話なのに。……でも、言えないよそんなの。少なくとも、森谷が鞘戸を好きかもしれないって疑いがあるうちは。


(話してこよ)


 授業が終わるのと同時に席を立った。金曜のこと、デートのこと、気になる話題はたくさんあって、面と向かって聞いておきたい。……もちろん、ただ会いたいだけっていう気持ちもあるけど。

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