第45話 卑怯
「んーーーー」
だめだ。どうしてもにやけちゃう。湯船にどっぷり浸かりながら眺めるのは、撮影から間もないツーショット写真。本人は写真写りが良くないのを気にしているみたいだったけど、私としてはこの飾らない無防備さも好ましかった。なんというか、レアっぽくて。
久々に長い時間、けーくんとおしゃべりできた気がする。ちょっと前までは向こうが忙しくて、最近になったら今度は私が忙しくなってしまって、まとまった時間が全然取れなかったから。……その気になれば夜に電話することだってできるはずなんだけど、電話越しに声だけ聴くといつもはしない緊張に襲われるせいで、会話があんまり続かない。長電話自体は好きなのに、相手によって勝手が変わるのだから不思議だと思う。
「かけちゃおっかな……」
苦手でも、挑戦してみなければ始まらない。今ならさっきの続きみたいな感覚で話し始められそうだし、ここは一つ勇気を出して。――なんて、そう簡単にいかないから大変なんだ。本当は難しいことじゃないはずだけど、以前の自分を思い出すせいでつい二の足を踏んでしまう。
「ぶくぶく……」
鼻から下を湯船に浸し、あぶくを立てる。こうして『しゃべりたいエネルギー』を発散させ、気分を落ち着ける。
以前、というのは特定の通話を指さない。私がけーくんと電話をしていると、決まってどこかのタイミングで『つい、うっかり』をやらかしそうになるのだ。
好きです、とか。付き合ってください、とか。うっかりの内容は大体全部こんな感じ。彼の声を聴いていると自分の中の「好きだなー」って気持ちがどんどん積み上がって行って、限界を超えたところで心の声が漏れそうになる。そうなってしまったらもう会話になんてならなくて、おかしなことを言ってしまわないよう早々と通話を切り上げざるを得ないのだ。
でも、正直なところ。
勢い任せに言ってしまえば、望み通りの結末になるんじゃないかと思ったり思わなかったり。
(してたんだけどなー……)
そう。ほんの数週間前まではそうだった。彼が字城さんと関わりを持つようになって、驚くべき早さで親密になるまでは。
(けーくんも私のこと好きなんじゃないかって、ほんのちょっぴり思ってたんだけどなー……)
少なくとも、高校でけーくんと一番仲の良い女子は私だったはず。何度も一緒にお昼ご飯を食べたし、そんなに長い時間ではなかったけど文化祭を一緒に回ったりもしたし、あれこれ理由をつけて休日に二人で出かけたりもした。……そういうの全部、二つ返事で受けてくれた。
だから、向こうにも気はあるんだろうなって、勝手に思ってた。
「考えるなーーー!」
水面をぱしゃぱしゃたたく。こんなこと、今さら後悔したってなんにもならない。けーくんのことを完全に理解できてなんかいないし、どうせどれだけ勇気を出しても告白なんかできなかっただろうし、そもそも成功するって仮定が正しいかすら微妙。……それに、断られた場合のことを考えたら、怖い。
いいや、これも違うかも。私が本当に怖いのは、たぶん――
「――けーくん、絶対フったりしないもんなー……」
フラれてしまった私がどうなるかまで、彼は見越している気がする。勉強も部活もガタガタになるのは既定路線で、きっと色んな人に迷惑をかけることになる。だから彼はそうならないようお情けで私と付き合って、あとでゆっくりフェードアウトしていきそう。それなら相性が良くなかったんだなって、こっちも諦めがつくと思うから。
そうなるのは怖かった。だって、付き合ってる最中の幸せいっぱいの脳みそじゃそんな可能性まで考えられるわけない。浮かれて、舞い上がって――だけど、それは全部演出で。裏に隠された意図に気付くのは、きっと長い時間が経った後。
けーくんと付き合ってみたい。でも、付き合うのが目標ってわけではない。……私はきっと、女の子として彼に好いてもらいたいんだ。お情けや憐れみじゃなく、心から一緒にいたいって、けーくんに思ってもらいたいんだ。
「けどなあ……」
いよいよ覚悟を決めて彼をデートに誘い、勇気の告白に踏み切ろうとしていたところに現れたのが字城さん。すごく綺麗で、才能もあって、比べたときに私が勝っている項目がどれだけあるのかわからない人。……そんな彼女が、けーくんを好きだと言った。
二人の間にぎこちなさはなかったから、たぶんまだ本人に伝えてはいないんだと思う。……だけど、見るからに時間の問題って感じがした。字城さんは私みたいにうじうじ迷ったりしないだろうし。
そしたらきっと、二人は彼氏彼女の関係になるんだと思う。けーくんのことだから、仲良くなった字城さんを傷つけるようなことはしない。……それで、もしも最初は傷つけまいという気持ちから始まったとしても、あんな綺麗な子に毎日好意を寄せられ続けたら本気で好きになるのは時間の問題。そうなれば、もはや私に入り込む余地なんて残らない。
やだなあ、そんなの……。
ずっと好きだったのに、ずっと一緒だったのに、絶対私の方がけーくんのことを思っているのに、突然現れた誰かに横取りされるなんて。……私のものじゃないのに横取りというのも変な話だけど、感覚としてそう捉えちゃう。そうなるくらいならいっそと、お情けや憐れみを期待して告白してしまおうかなんて考えちゃう。……そんな矛盾したことを思ってしまうくらい、彼の存在が私の中で大きくなっている。
同じシャンプーの匂いに、寝顔を見たという発言。まさか堅物のけーくんが最後までしたなんてことはないだろうけど、字城さんはたった一ヵ月で私が一年がかりで詰めてきた距離を埋めて、それどころかもっと先に進んでしまった。……けーくんの寝顔、私だって見たことないのに。羨ましいし、それ以上に妬ましい。だけど嫉妬がお門違いだということもわかっている。文句を言うくらいなら、一年のうちに告白しておけばよかっただけの話なんだから。
「……デート、どうしよ」
また顔を湯船につけ、ぶくぶくしながら考えた。……デートの約束を何度も先送りにしている間は、彼が私以外の女の子とくっつくことはないんじゃないか。
あーあ。卑怯だ、私。
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