第2話 神探し
欅の卓袱台の上に晩御飯を並べながら、僕は運を見た。
「そろそろ話す気になった?」
2歳の時に両親と祖父を交通事故で亡くしたせいで僕の料理はたいてい祖母の受け売りだ。そのせいか知っている料理も和食が多い。
「えっとなぁ……話せば長なるし、なんもおもんないけどええ?」
「ええで。せやけど、食べながら喋り。せっかく作ったのに冷めてまうわ」
「ありがとう。ほな、いただきます」
運は合掌して、お箸を取った。
「いただきます」
僕も続いて合掌した。
運は父親が海外勤務のため、幼稚園に入園して以来ずっと親戚の
中臣さんは僕の家のお隣さんで、中老の品の良い夫婦だ。
授業参観に来ているのも三者面談に来ているのも全て中臣さんだから、僕も運の両親に会った事が無い。とはいえ、自称父子家庭の運の苗字は
運は僕にオルレアンがいったい何者か詰め寄られ観念したのか、中臣さんに晩御飯を外で食べると言ってから僕の家に来た。
「あんな……俺、大嘘つきやねん」
運は箸でお凌ぎの寿司をつついて口に入れた。
本来ならもう少し暗い雰囲気を以て発すべき言葉のような気もするが、運はあっけらかんとしていた。
「へぇ。何したん?」
僕は先付を口にした。
「簡単に言うとな、俺、もとは
「えっと、なんもおもんないってさっき言わんかったっけ?」
僕はお箸を止めて運を見た。
「ふざけて言うてるんとちゃうくてな、それがほんまやからおもんないねん……」
運はお椀を手にして溜め息を吐いた。
「うーん。わかった、わかった。ほな真面目に聞くわ」
僕は話に酔いそうな気がしてお凌ぎを口にした。
「話せば
運は箸で山葵を摘んで刺身に乗せ、醤油につけた。
「へぇ。ほな宇宙人が神探し?」
僕はお椀を手に取った。
「いやぁ、探しとったそいつの生まれも俺の生まれも地球とちゃうねん。そんで、正確には
「なんやえらいキャラ濃いなぁ」
「せやかて千年以上も若い見た目で生きとるやつを、世間は人間とは言わんやろ?せやから、神や」
運は得意げだった。
「なるほどなぁ。ほな運はほんまはいくつなん?」
僕は刺身を口にした。
「六千歳超えたってことは意識してんねんけど、それより正確なんはしばらく考えさして。計算するし」
「ええ、ええ。なんやえらい長生きなんはよぉわかったし、それでかまへん」
「そぉか。地球は他の宇宙世界と時間の流れちゃうから計算するん面倒やしありがたいわ」
運は箸で肉巻きを摘んで、隠元豆と人参が牛肉で隙間無く巻かれているのを確認するように翳して笑った。
「なんかそれ、地球だけ仲間外れにされた感じして悲しいなぁ」
「まぁ気持ちはわかるけどしゃーないわ。宇宙世界は広いから
運は満面をほころばして肉巻きを頬張った。
「へぇ。なんでそんな事なってまうん?」
「そりゃ〝世界の本〟の継承に失敗したからやろ。知らんけど」
「それアカンやつちゃうん?そもそも〝世界の本〟ってなんなん。貸し出せるん?」
「〝世界の本〟って
「全然貸し出すもんちゃうやん」
僕は肉巻きを摘んだ。
「せやなぁ。貸し出しなんて俺も聞いた事ないわ。〝世界の本〟は設計図みたいなもんやし、手に入れるってことはその世界の住人の生活握ってるようなもんやからな。例えば、俺が地球の〝世界の本〟手に入れて地面の項目に〝全部奈良公園〟とか書き込んだら……後は言わんでもわかるやろ?」
「どんだけ奈良公園好きやねん。地球中鹿臭なってまうやろ」
「でも誰も文句言えへんで?だって地球の〝世界の本〟は今は誰のもんでもないし。俺が手に入れてほんまにそうしたら……みんな月曜から鹿と一緒に芝生の上歩いて通勤通学や」
「わかったわかった。とりあえず〝世界の本〟はわりと危険やって事は理解した。せやけど、なんで地球の〝世界の本〟は誰のもんでもないってわかるん?」
「そりゃ誰かが持っとったらそいつがもっと〝世界を担う代表者〟らしく地球の政治に干渉してるはずやし、他の宇宙世界との交流に不便やから地球の時間の流れを宇宙の標準時間に合わすわ。せやからたぶん放置されてんで、地球」
運は炊き合わせの汁に沈んだ野菜を摘んだ。
「なんかそれ嬉しいような悲しいような話やなぁ……。なんで地球の創造主は〝世界の本〟そんなテキトーに扱わはったんやろ?」
「それなぁ、あんま大きい声で言うたらあかんと思うねんけど……たぶん地球の創造主ろくな死に方してへんで。なんやえらい前に子どもと旦那はん残して
「そりゃ確かに変やなぁ。つまり、遺産が相続されんかったってことやろ?しかも相続放棄かもって……」
僕は炊き合わせの出汁が染みた野菜を口にした。
「せやな。受け取らんかったんか渡さんかったんかは知らんけど、そーゆー事や。〝世界の本〟を持つ奴が死んだ場合、そいつの死んだ場所に〝世界の本〟は落ちるらしいからな。〝世界の本〟は普段は魂に引っ付いとるけど、死んだら魂から剥離すんねんて〜。そんでその後〝世界の本〟が誰にも拾われんかったら、それで管理されとった世界は次第に他の宇宙世界から孤立していくらしい」
「なるほど。それが今の地球の状況ってわけやな。見ててその通りの事になってるって運が思うなら、だいたい合ってんのちゃう」
「せやろ?ただの推測なんやけどな」
運は炊き込みご飯を頬張った。
「いやぁ、運は大したもんやと思うで。めっちゃ真剣に神探ししてるやん。そもそも、そんな手間かける必要あったん?いくら周りに疑われやんようにするためやったとしても、わざわざ若返って幼稚園からせんでも良かった気ぃするで」
「ははは!
運は味噌汁片手に笑った。
「まぁ、それはわかる。ほな運は楽しむためだけにお金かけてわざわざ学校通ってんの?このままいくと大学受験までしそうな勢いやん」
「そりゃそうやろ〜!探しとった神がどこにおるんかはとっくにわかってんねん。せやし、後はゆっくり記憶戻るん待つわ」
「それはよ病院連れてったった方がええんちゃうの?」
「ええねん、ええねん。なんや知らん間に色々あったらしくてな、そう簡単に病院行けそうな身体しとらんのや」
運は頭を振った。
「なんやそれ。ますます病院行ったほうがええんちゃうかって思ったんやけど……」
僕は炊き込みご飯を口にした。
「いやいや、ありゃしゃーないわ。焔かて太刀に取り憑いた霊体みたいなん医者に見せたりせんやろ?せやし、オルレアンにはとうぶん諦めて仕事の資料取りに来て貰わんとなぁ」
僕は運の言葉を聞いて、味噌汁に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「なぁ。もしかしたら僕、その刀知っとるかもしれん……」
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