第3話 世界的酔拳家の酒に酔えない孫娘 後半

ヴィンセント・ヴァン・ノア・ハイヌダルは目を覚ました。


霞む視界は次第にクリアになり、体の感覚が戻ってくる。


知らない天井。ここはどこだ?あの鮫頭に殴られてからの記憶がない。


だるい体を無理矢理に起こし、辺りを見回す。


和風な部屋だ…。


置いてある姿鏡に自身の姿が写った。頭には包帯が巻いてあるが、傷は癒えていないようで少し血が滲んでいた。


治療自体はとても丁寧だ、少なくともあの悪党3人組によるものじゃないな。


ということはエナは腕輪をつけることに成功して無事に逃げれたのか…?。


ぼんやりと考えていると勢いよく正面の襖が開いた。


立っていたのは背の低い、魚人の老人。


「うぃー起きたか若いの」


「…ここは?」


「わしの家じゃ、エナの家でもあるの」


エナの家…わしの家…、この老人が世界的酔拳家…。


「エナは無事か…?」


「うぃ。無事だとも。その事で若いのに用があってな」


老人は膝をつくと深々と頭を下げた。


「まずは孫を守ってくれてありがとう、本当にありがとう」


「はい…」


老人は頭をあげると続けた。


「エナは努力家じゃ、酒に酔えんがいつも努力を惜しまなかった。だからこそ応じてやりたくなっての、つい盲信的になってしまった。わしの落ち目じゃ。そのせいで無関係のお主まで巻き込んだ、すまんの」


老人はノアに近づく。


「さて…エナがお主のことばかり気にしておるからの会ってくれるか」


「はい…」


「少し待っとれい」


老人が部屋を出て、しばらくするとドタドタと騒がしい足音と共に部屋に転がり込んできた。


「ノア!!!!!」


エナだ。


「心配した!ずっと寝っぱなしだったんだよ!」


ノアはエナの顔を見て驚いた。彼女の顔は前と違い右半分が腫れていた。


「エナ…その顔…」


「これ?実は1発殴られちゃって。でも腕輪ははめたし、はめた後1発殴り返してやったよ!いやノアの分も合わせて2発…いや3発だったかな…アドレナリンでてたからよく覚えてないよ」


「…治るのか?」


「うん、数日すれば腫れはひいて元通りになるって」


よかった…


「ノア、あの腕輪ってなんだったの?つけた途端にさ、あいつら変な動きしはじめたんだよ」


「…魔法具だよ、…動きを抑制する」


本当は違う。あれは呪具で<シルフィの呪い>が憑いてる。


装着者は風の妖精シルフに酷く嫌われ、息もできないほどの向かい風を浴びることになるものだ。


「便利だね、今度私にちょうだいよ」


「あ、…ああ。で…あいつらはどうなった?」


あの3人組はゆく末が気になる。


「さすがに全部バレたよ。顔を腫らした私が血まみれのノアを担いで来たもんだから、もう大騒ぎでさ」


それはそうなる。


「それであいつらは弟子をクビになったよ。じいちゃんが最後に稽古をつけてやるって言ってさ、2度と手を出せないぐらいトラウマにしてやるって、気合い入れてボコボコにしてた。それでおしまい。噂ではどっかに逃げるように引っ越しってたって。笑っちゃうよね」


「これこれ、彼は目覚めたばかりじゃ。あまり無理をさせてやるな」


いつの間にか老人が部屋に戻ってきている。


「じいちゃん」


「うぃ。すまんの、若いの。エナと話してくれてありがとの。さぁ今日はもうゆっくり養生しなさい。ほれ行くぞ、エナ」


「はい。またね、ノア」


「…ああ」


ーー数日後ーー


体のだるさは完全に消え、本調子に戻った。頭の包帯も取れ、完全復活だ。


お世話になったこの部屋ともそろそろお別れか、元気になったなら出ていかねばならないだろう。


そういえば少し気になることがある。ここ数日間、エナと彼女の祖父の言い争うような声が聞こえるのだ。


何を喧嘩しているんだ?


「うぃ。ノア、どうじゃ調子は?」


「もうすっかり本調子です。お世話になりました。ワルフィスさん」


世界的酔拳家ワルフィス・ホエイル。バーラエナ・ホエイルの祖父であり、実際とても凄い人だ。


全ての海を統べ平和にしたり、大災害から多くを守りきったり、勇者と協力し魔王討伐の手助けをしたりと…とんでもない経歴の持ち主だった。


「ところでの、ノア」


「はい」


「エナには言っておらんらしいが…お主、ヴィンセント家の者じゃろう」


気づかれていたか、まぁそうだろう。彼なら知っていても不思議じゃない。


「気づいていたんですね」


「うぃ。お主らの一族は特異な見た目をしておるからの。気づくやつは気づくの」


「不快な思いをさせたでしょうか、ご迷惑をおかけしました。悪い噂がたつまえにここを出ます。お世話になりました」


「まぁ待て、出ていかんでいい、噂がたとうが別に気にせん、不快な思いもせんわい。お主ら一族の噂は眉唾物であると知っとるからな」


彼は続ける。


「わしはヴィンセント家に友人がおったんじゃよ。お主を見るとよう思い出す」


「えっ」


「名はヴィンセント・ヴァン・アマリリス・ハイヌダル。聞き覚えはあるかの?」


アマリリス…家系図で見たことがある。たしか5代前の女性当主だ。


「彼女に呪いを解呪してもらったことがあるじゃよ。あまりにも素晴らしい女性で、なんども彼女の家に通ったもんじゃ」


アマリリスはヴィンセント家では珍しく呪具の製作ではなく解除、分解が得意だったと聞いている。


そのためヴィンセント家の長い歴史で唯一といっていいほど、多くの人に愛された者と残っている。


「そして現在、わしの孫エナとアマリリスの子孫ノアが友になるとは、運命じみたものを感じるのう」


彼はそう言うと外を眺めなる。


「…ノアよ。頼んだぞ」


「頼んだとはなんのことです?」


「すぐに分かるわい」


ドタドタと騒がしいあの足音が聞こえてくる。


「ノア、私も行く。旅についていくよ」


「えっ!?でも後継者になるんじゃ」


「そのために行くんだよ、君は言ったでしょ世界は広いって。そんなに広いならきっと私が酔えるお酒もあるよね、それを探す!」


彼女はやる気も準備も満タンだ。


「今回の出来事の原因は私にある。元々、私が酔えないのが根源だからね。じいちゃんも説得したから大丈夫だよ」


あの数日に渡る口喧嘩はこれだったのか。


「ほれ早く行かんと船を逃すぞ、さぁさぁ」


「えっもうそんな時間!?ノア、先に行ってるよ」


エナとワルフィスさんに急かされリュックに荷物を詰めこむ。


ワルフィスさんが見送る中、エナに続き屋敷を飛び出す。


「ワルフィスさん、ありがとうございました」


「気にすることないわい。あっ最後に言うことがあったわい」


ワルフィスさんは笑顔でチョイチョイと顔を近づけろとジェスチャーする。


「いくらかわいいとて、エナに手をだしたら◯すぞ」


「…き、肝に命じておきます」


「よし、行きなされ」


道の先でエナが手を振っている。


「ほら早くー!」


「すみません。行ってきます!」


「うぃ。気をつけての」


旅の仲間に友人第1号のバーラエナ・ホエイルが加わった。


2人はそれぞれ友達と酔える酒を目指し、次の国を目指す。

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