第2話 世界的酔拳家の酒に酔えない孫娘 前編
ヴィンセント・ヴァン・ノア・ハイヌダルは船に揺られいた。
隣国である魚人が統べる国、アトランティーナを目指してである。
ーー数日前ーー
隣国に向かってみると決めてから彼は準備を始めた。
しかし準備といわれてもよく分からない。当然だ、旅などしたことがあるはずもない。
手探り状態で必要性のあるものをリュックに押し込む。
金…(あって困らないだろう、全部持っていこう)
ナイフ…(身を守るために必要だ)
会話のネタ帳…(なんだよ、別にいいだろ。人と関わってこなかったんだよ)
…このくらいか、後は思いつかない。最悪、金があればいいか?旅をなめすぎか?まぁ足りないものは現地で補おう。
あと複数の呪具。これは実家の物というよりも気づいたら荷物に紛れてた物だ。
しかも川に投げ入れようが山に埋めようが3日ほどで戻ってくるときた、いかにも呪具らしい。
…持っていこう、なにかしらの役には立つかもしれない。
彼は荷物をまとめあげると
「ここに置いてゆくもの、全て差し上げます」
と書き置きを残し、15年お世話になった森の一軒家に別れを告げる。
(本当にお世話になりました。居場所になってくれてありがとう。またいつか誰かの居場所となって支えてあげてください)
と念じ、一軒家をあとにした。
ーー現在ーー
揺られる船の甲板で彼は耽る。
居場所を見つける旅、だが見つけた先の居場所で1人きりだと昔と変わらない。望む居場所とは、友がおり、(できれば)彼女がいる、幸せな居場所だ。
耽る彼の後ろを子供が走り通っていった。ある童話を歌いながら。
それはありふれた歌で誰しも聞いたことのある歌。
友達を100人作ろうという歌だ。
そうだ、そうじゃないか。友達を100人作ろう。周りにいる友は多いほうが幸せなはずじゃないか。
…100人も友ができれば彼女の1人くらい…。いやいやいやいや!今は余計なことを考えなくていい。
それにしても何処に指針となるきっかけがあるかわからんな、あの子供には感謝しないと。
ーー数時間後ーー
ついにアトランティーナの首都ネプランドに着く。船から踏み出す異国の地の第一歩には興奮した。
アトランティーナは魚人の統べる国。わずか1つを海を挟んだだけでこうも容姿や文化に違いがでるのか、おもしろい。これだけでも旅に出てよかったと思える。
目的地はここネプランドではなく、少し…いや…だいぶ離れたシイという都市だ。
…首都及び周辺はなんか敷居が高い。降船した時チラッと街並み見たけどすっごいキラキラしてた、人も街もお洒落すぎるんだよ。だから…もっと経験を積んでからということで。
自分で自分に言い訳をした。
…それにヴィンセント家を知ってる奴もいそうだったし。さっさと都市シイに移動しよう。
ーー更に数時間後ーー
都市シイに着く頃にはすっかり日が暮れてしまった。
ネプランドに比べて落ち着いた街並みだ、なんだか安心する。
安心するとお腹が減った。日中は移動に時間を割いてご飯を食べる時間もなかった。
そういえばアトランティーナは海鮮がどこでも新鮮で美味いという会話を道中で盗み聞いた。
海鮮を食べようと決め、店を探す。
大通りを歩いていると店はすぐに見つかった。デカデカと看板が建ててある。
緊張ほどほどにドアを開け店に入る、店内は人でごった返していた。すぐさま店員が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ~!御一人様ですか?」
「はい」
「少々お待ち下さい!」
「はい」
実は彼は今、猛烈に感動していた。
もしここが故郷ならば入店時点で周りの嫌な視線と失礼な態度で追い返されていただろう。
これが普通の人が受ける対応…心地がいいな。
「すみません~!お待たせしました!この時間帯はお客様が多くてですね、相席でもよろしいですか?」
相席…やめとくか…いやここは勇気をだすべきだ!
「大丈夫です」
「はい~!ありがとうございます!1名様ご案内で~す!」
店員に案内されたのは奥のテーブルだ。そこには女性が1人座っていた。
「すみません。失礼します」
「ええ」
店員が尋ねる。
「ご注文はどうします?」
渡されたメニュー表には大量のメニューが記してある。ほとんどが聞いたこともない料理名でよく分からない。
「ええと、こ、これで」
メニューに直接指を差した。
「かしこまりました~!」
店員はメニュー表を回収し、さっさとテーブルを後にした。
テーブルに座る対面に女性、大人びた雰囲気の魚人だ。肌の質感、エラ、掌の水掻きを除けばほぼ人間と変わらない。彼女は人間と限りなく近い容姿のようだ。
店の他の客には、より魚や海の生物に近しい容姿をした者もいる。この容姿を分ける違いはなんなんだろうか?
「あの、なにか?」
ついじろじろ見すぎてしまった。
「いえ、すみません」
容姿を気にしてる場合か。もっと考えることがある。
友達100人を作る作戦だ。船では意気込んでいたが、冷静になると友達の作り方を俺は知らない。
どうやったら友達は作れるんだ?友達ができる理屈は?どういう段階を踏んでなるもの?
悩みは尽きない。
「「はぁ」」
不意に出たため息が対面の女性と被る。
互いに目が合う。そして少しの沈黙の後、女性のほうから話しかけてきた。
「なにか悩みごとですか?」
突然の問いにテンパり彼は今考えていること、そして目的を彼女に正直に話した。
「あはははははははっwww!友達の作り方wwwくふふふふっwww友達100人www」
「お、おい!本気で悩んでるんだぞ!」
「ひぃーwwwお腹痛いwww」
悩みを聞いた途端、彼女はテーブルに突っ伏し、笑いに悶え苦しみはじめた。大笑いする彼女は最初の印象と異なり幼く感じた。
そんなに可笑しいことか?
「お兄さん、おもしろいね」
「そうか?」
「そうだよ」
「で俺は喋ったぞ。君の番だ」
「えっ」
「ため息ついていただろう」
「あー、そうだね」
彼女は真剣な面持ちになると語りだす。
「実は…私…お酒に酔えないんだよね」
「は?それだけ?」
こいつ嘘をついてる?
「あ、その顔嘘だと思ってるでしょ」
「まぁ」
「本当なんだよ。聞いてくれる?」
「ああ」
彼女は自分の身の丈を語った。
曰く彼女は世界的に有名なとある酔拳家の孫娘らしい。
祖父に憧れ、自分も祖父のようになると意気込んでいた、祖父も彼女に自身の後を継いでもらうつもりだったらしいが、彼女が成人の後、とある事が判明する。
酒に異常なまでの耐性を持っていることだ。どれだけ呑んでも酔わないと。
この世界には色んな悩みがあるもんだ。
「困ったもんだな」
「ちなみに悩みはそれだけじゃないよ」
他にもあるのか。
「酔えない私をじいちゃんはまだ後継者にしようとしててさ。そのせいで身内贔屓だので、じいちゃんの他の弟子達から嫌がらせを受けてる」
話の最中、彼女の目に暗く影が写った気がした。悪いことは口にすると思い出してしまう、辛いのだろう。
彼も彼女の話を聞き、自身が受けた迫害を思い出した。
あれはとても辛く苦しい。人を蝕むものだ。
ヴィンセント家には迫害に耐え兼ね精神を壊す者もいた。…姉のように。
そんな姉となんだか彼女が被った。
放っておけなかった。
見ず知らずの男に話すほど彼女の中で大きく開化した悩みとなっていることを思えば無理だった。
「逃げてしまえばいいんじゃないか?」
「そんなこと簡単にはできないよ」
「期待を裏切るみたいで?」
図星を突かれたか、彼女は口をつぐんだ。
「その期待は君の命より重いのか」
「…」
「こんな見ず知らずの男に話すほどに苦しめられているんだろ?辛いのなら逃げるべきだ。君は大人だし腕っぷしも強そうだ、どこでだって生きていける」
彼女は何も言わない。ただその目に影を感じない。
少しは響いているのか。
彼は続ける。
「知ってるか、この世界は想像ができないほどに広大だ。だかそんな世界には必ず自分の居場所が用意されている、君の居場所もきっとある。それはきっとここじゃない何処かだと思うんだ」
「…お兄さんは暖かい人だね。寄り添える人だ」
「そうか?自分じゃ分からん」
「そうだよ。ねぇお兄さん、名前は?」
一応、ヴィンセントの性は隠しておこう。
「人間のヴァン・ノア・ハイヌダルだ。君は?」
「魚人の青鯨族、バーラエナ・ホエイル。よろしくね」
彼女から手が差し出され、握手を交わす。
「私が友達第1号だね」
「と、友達!?俺達はいつ友達になった!?」
「ぐっwww本当におもしろいねwww。悩みを話し合えばもう友達でしょ」
「そういうもんなのか!?」
「そういうもんだよ。ところでなんて呼んだらいい?」
「…何を?」
「名前をだよ!…その感じだと本当に友達いなかったんだね」
「そう言っただろう」
「ごめん、正直疑ってた」
疑われてたんかい。
「…ノアだ。家族からはそう呼ばれてた」
「ノアね。私はエナって呼んで」
「ああ、エナ。…よろしく」
このタイミングでお互いに頼んだ料理が運ばれてきた。俺のはめちゃくちゃ巨大なエビを蒸してソースをかけたやつだった、旨かった。
彼女はなんか変な魚食ってた。
料理を食べ終わり、お金を支払い店を出た。
「ノアさ、宿はどこ?」
「まだ決めてないんだ。これから探そうと思ってる」
「え、もう無理だよ」
「どういうことだ」
「シイでは日中に予約取っとかないとだめだよ、夜だと相手にしてもらえないよ」
…やってしまった、野宿するか。
「この街って治安悪い?」
「まぁ良いとはいえないね、夜の1人歩きは危険かな」
「もし野宿したらどうなる?」
「良くて身ぐるみ剥がされる、悪いと…まぁね」
やってしまった…終わりだ。
分かりやすく頭を抱えていると、彼女が提案してくれた。
「家来る?広いから一部屋貸せるよ」
「いいのか?」
「いいよ。友達だからね」
友達…甘美な響きだ。涙出そう。
彼女の提案に乗ることにし、彼女の家を目指していたが、道中に3人の魚人に立ち塞がった。
彼女と知り合いのようだ。
真ん中の巨躯を持つ鮫頭が低い声で話しかける。
「よう出来損ない」
右側、人型でこれまた巨躯な蟹が言う。
「仲間に相手してもらえないからって人間に媚びたか」
左側、長いくちばしを持つ細身の魚顔はニヤニヤと笑っている。
「なんの用よ、アバン」
彼女は気丈に振る舞っているが、手が震えている。
アバンと呼ばれた鮫頭はニチャと醜く笑う。
「いやな、金が欲しいんだよ。じいちゃんからたんまり貰ってんだろ、お小遣い」
くちばしの長い魚顔が続く。
「あとよ~俺、溜まっててさ~。エナ~頼むよ~」
ふざけた口調だ。
「…もうお前らには従わない」
毅然として態度を変えない彼女に蟹が更に言う。
「また俺たちに殴られたいか。なぁエナ、思い出せよ。あの夜は愉しかったよな」
彼女の震えが強くなる。
「あとお前のじいさんも強いといえどもう歳だ。囲めばやれるかもな~。エナ分かるだろ、さぁ行くぞ」
彼女の震えがピタリと止まる。彼女は振り向くと笑って言った。
「ごめんね、ノア。用事できたからさ、先に行ってて。この道まっすぐ言ったら家に着くから」
彼女は明らかに無理をしている。あの目は助けを求めている。
彼女は俺の初めての友だ。俺は助けを求める友を見捨てるようなやつになりたくない。
「そういうことだからさ。人間、さっさと行きなよ」
やる…やってやる…!
「おい、聞いてんのかよ。さっさとどっか行けって!」
長いくちばしの魚顔が俺を突っぱねようと伸ばした手に素早く、ある腕輪を装着した。
そして走り出す、素早く無駄がないように。
次は蟹野郎だ!
「この人間が!!」
蟹が織り出す拳をギリギリでかわす。空を切った蟹の拳が地面にめり込み豪快に抉る。
ゾッと寒気が走った。
こんな拳に当たったら終わる。でももう退けない。
さっきの一発をかわせたのは奇跡だ、この機を逃すな。
かわしたタイミングで多少無理矢理に蟹の足首に腕輪を装着する。
あとは鮫頭…!
態勢を立て直す途中、鮫頭のほうを向くとすでに鮫頭の拳が顔に向かって飛んできていた。
これはかわせない…。
喧嘩もしたことないのにこれは頑張っただろう。しかも相手は3人だった、本当に頑張った。
諦めかけた時、ほぼ拳が占める視界の端に彼女エナが見えた。
諦めるな…見捨てないと決めたろう。諦めは見捨てることと変わりない。
エナに向かって腕輪を投げる。彼は彼女に懸けたエナならやってくれる。
「エナ、鮫頭にそれをつけろー!」
この言葉の後、頭に凄まじい衝撃を感じ彼は意識を手放した。
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