第2話 舞川神楽との戯れ



 俺、釘宮時政の職業は「民間警察官」兼「学生」だ。

 今現在は夜空警察グループ、民間武装警察会社シリウスに所属しながら単位制の高等学校に通っている。


 ちなみに民間警察とは治安崩壊の際、有効な動きが出来ず信用を失った公安警察官に変わり、行政警察活動を主に行う民間人によって作られた利益目的の警察集団の事である。


 民間警察官は行政警察活動を幅広く行っているものだが、シリウスは特に凶悪犯罪の鎮圧を主な仕事にしており、夜空警察グループ内でも個々人の戦闘能力が高いメンバーが集められたエリートと言える集団である。


 そのシリウスには現在、常勤非常勤派遣含め15人ほど在籍しているのだがその中で最も直接的な戦闘能力に特化した職員が舞川神楽である。


 身長139センチ。

 華奢な体躯と幼い顔立ち。

 俺と同じ16歳のはずなのにランドセルを背負っても一切違和感のない幼女のような見た目の少女である。


 戦闘とは全く無縁そうな女児体系である舞川神楽だが実力は一級品。

 小さい体という欠点を小回りが利くという長所に変え、小さな体では絶対的に足りない筋力を、円運動を織り交ぜたアクロバティックで強烈な攻撃でカバーし唯一無二の戦闘スタイルを生み出した天才である。


 その高い戦闘能力は仕事でも十二分以上の結果を残し、ネットのまとめサイト等で「神楽の魔法少女」などと呼ばれ、同業者内での知名度も異常な程高く、知る人ぞ知る有名人である。


 多くの人のあこがれの的であり、噂の種でもある神楽の功績は目を見張る物であり、多くの人がどんな少女なのか疑問と期待を持つことだろう。


 だがしかし彼女はそれ程すごい人間ではない。


 「神楽、退け」

 「…動けない」

 「コタツ片付けたいんだ。退けよ」

 「時政。私は退けないんじゃない、動けないんだよ」


 会社の隣に建てられている社員寮の談話室。

 コタツから生えた長い髪に話しかければそんな答えが返ってきた。


 「美穂。退いてくれるか?」

 「はい」


 同じコタツに入っていた美穂は一言でコタツから立とう―――として右足が埋まったまま膝立ちになった。


 「…あの、神楽さん?」

 「美穂ちゃん。コタツから出ると寒くなるでしょ」


 圧を受け無言でコタツに戻る美穂。


 「お兄さん。

 私逃げられません。」

 「神楽、もう四月だしいい加減コタツをしまいたいんだが」

 「…ヤダ」

 「子供かよ、てかコタツの中で丸くなるな。

 小学生でもそんなことしねぇぞ」


 俺は神楽をコタツから引きずり出そうとコタツの中に手を入れればふいに小指が何かに触れ、慌てて引き抜こうとしたが少し遅かった。


 「秘儀☆小指固め」

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―痛ッテ!」


 「相手の小指に自分の指を絡めて固め激痛を与え相手の戦意を削ぐ」という小技に慌てて俺は体を低くして指の角度を調整し拘束から逃れた。


 「痛いわ!」

 「時政、無益な争いはやめよう。

 自分のお嫁さんの前で醜態を晒すなんて悲しいだけだよ」

 「ふっざけんな!

 逆にコタツの片付けをガキのわがままで出来ない方が醜態だわ!」

 「おぉ?今私の事チビガキと言ったかい?」


 言いながら神楽の小さな頭がコタツから出てくる。

 俺は彼女の頭部が露出した瞬間を狙って頭から引きずりだそうと手を差し伸べ―――俺の手を迎撃する気で開かれた口を確認して止まった。


 「…テメェ俺の事噛む気満々だっただろ」


 彼女の口元が笑った。

 その笑みが俺の神経を逆なでする。


 「神楽。テメェはそこを退く気は無いんだな?」

 「あぁ。私が温まるまでここにいる事を止めない!

 さらばだ!」


 言いながら再び顔を引っ込める神楽。


 この舞川神楽。基本自己中である。

 さすがに時と場合と相手はわきまえるがプライベートな部分では大体暴君である。


 俺と神楽は小学三年生の時からの付き合いで同じ屋根の下で生活し続けた結果友達以上、恋人未満、ほぼほぼ家族という間柄だ。

 だからこそ俺に対して神楽の遠慮は無い。

 それが親愛の証と言えば聞こえはいいがウザいのは変わらない。


 というかこの寮内の家事を積極的に行う俺にとって神楽程目障りな相手はいない。


 今すぐにでもコタツをひっくり返してやろうかと思い近づこうとした瞬間コタツ内から声。


 「近づいたら美穂ちゃんがどうなるかな?」

 「ヒャンッ!」


 美穂から可愛らしい声が聞こえた。

 多分足でもくすぐられたのだろう。


 「あの…お兄さん」


 美穂を人質にすることで自分があったまる時間を確保しようという魂胆なのだろう。

 いくら神楽が強くてもあの大きなコタツそのものを全てカバーできるわけではない。一度ひっくり返してしまえば外の涼しい空気が彼女を襲い実質的な敗北となるのだ。

 だが美穂が人質になっている以上コタツそのものをひっくり返すという手段が使えない。


 彼女が温まるのを待てば確かにコタツはしまえるだろう。

 しかし早くコタツをしまう準備に取り掛からなければコタツの布団を洗濯して乾かせない。

 それよりなにより神楽に負けたことになるのだ。


 許せん。


 ちなみにコタツから生えたように長い髪が垂れ流されているのだがこれを引っ張ろうとするなら神楽がガチ切れしてマウント取ってタコ殴りにしてくるのでそれはしない。

 こいつはすごい強い癖にそれ以外基本ガキだから手に負えないのだ。


 そんな風にいがみ合っていれば談話室に買い物袋を手にした謡馨(ウタイカオル)がやってきた。


 「さっき叫んでいたみたいだけどどうしたのさ」

 「神楽がコタツで美穂を人質に立てこもり事件してる」

 「おい、警察は何やってんだよ」

 「その例の立てこもり事件を起こしているのが警察だ。

 てかどうにかならない?」

 「あー、そうねー。はい」


 言って馨は俺に必勝のアイテムを授けてくれた。


 「あー!ありがとう、馨。

 俺これ食いたかったんだよね!」


 わざとらしく神楽にも聞こえるように大きな声で煽る。


 「バーゲンダッツ季節限定桜味!」


 コタツから生えている髪が反応して揺れ動いた。


 「いくつ買ってきたんだ?」

 「四つ分。

 四人で食べようと思って」


 神楽の髪が嬉しそうにうねうね。


 「よし、ソファーで食べるか。

 神楽は…そんなところにいるから食わないよな」


 神楽の髪がブルブルと震え始めた。


 「んじゃ、お前の分は俺が頂くか」

 「私も食べる!」


 言いながらあっさりコタツから出てくる神楽。


 「私も食べたいです」


 美穂も神楽から解放され馨の元へ


 そして俺はというと自分の分のバーゲンダッツを近くにある冷凍庫にしまってからコタツの片付けに入った。


 この勝負、俺―――というよりは馨の勝ち

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