第17話 文化祭(3)
安藤が神代に電話をしている。
「トイレだ。」
安藤は一言、それだけ伝えた。電話の向こうに耳を傾けている。
「了解。」
安藤は左手を右のポケットに入れると、何かを取り出した。
「稲葉、右手を出してくれ。」
言われた通り右手を出すと、安藤は私の右手の小指に指輪をはめた。
そういえば先日うさみんが私の小指を測っていた。これのためなのか?
薬指ではなかったことに安堵した。いや、薬指の方がいい。いいのか?
指輪から赤い糸が伸びている。かなり長い。
端を安藤が左手に持っている。
「よし、行こう。」
安藤が歩き始めた。
「どういうことだ?」
「これが手をつなぐ代わりだ。」
安藤が左手を少し上げた。赤い糸が少し引かれ、私の小指も少し引っ張られた。
「手をつないだままだが?」
別に離したいわけではないのだが、決してないのだが、つい聞いてしまった。
「トイレまでは離さない。」
おかしなセリフなのに、微妙にかっこよくて腹が立つ。トイレでなければもっとカッコいいセリフなのに。いや、ダメだ。トイレに行かねば漏らす。
トイレまで来た。
安藤は繋いだ手を離すと、女子トイレ脇の壁に寄り掛かった。
「ここで待つ。」
私はトイレへ入った。するすると安藤の左手から赤い糸が伸びる。ゆるく張った糸がが私の右手の小指へ繋がっている。
今、トイレの個室に座っている私と、壁に寄り掛かっている安藤は赤い糸で繋がっている。赤い糸で繋がっているところはロマンチックだが、その他もろもろで台無しになっている。
そして、赤い糸に繋がれてトイレでお花を摘むのは、何故だか恥ずかしい。理由は定かではない。
個室から出ると、2年生の2人組が入って来るところだった。
私を見て、
「私、赤い糸で結ばれた2人、初めて見た。」
「私も~」
と笑いながら、それぞれ個室へ入っていった。
真っ赤になりながら戻る。赤い糸をくるくると腕に巻きつけながら。
「おのれ、安藤!」
安藤の前まで戻り、赤い糸の端を奪い小指に括りつけた。
安藤はされるがままだった。
そして、さっきと同じように手をつなぐとお化け屋敷へと歩き始めた。
私の左手は安藤の右手と繋がれている。さらに右手の薬指から赤い糸が私と安藤の前を通り安藤の左手の薬指へと繋がっている。
なんだこれは? 電流でもループして流れているのか? これでしびれるような恋ができるのか?
安藤は気にせず歩いている。私も気にするまい。気にしたら負けだ。
お化け屋敷に着いた。
安藤はポケットからチケットを2枚取り出した。
お化け屋敷にもチケットがいるのか? 謎である。
受付の2年生の女子はじっと赤い糸を見ているようだ。
恥ずかしがらずに平静を保てたはずだ。中へ入る。
出た。怖かった。思わず安藤に抱きついてしまった。
怖くてあまり安藤を堪能できなかった。残念だ。
「ドキドキしている。」
安藤も結構怖かったようだ。いや、怖いというよりびっくりしたのだろう。
いきなり出てくるパターンが多かった。心臓に悪い。
「安藤、このドキドキは恋ではないぞ。勘違いするなよ。あれだ、吊橋を渡ったときの、ほら、えーと、・・・ドップラー効果だ。」
「救急車だ。」
「安藤、何を言っている?」
あ、ドップラー効果。いかん、間違えた。吊橋でドップラー効果ってなんだ、近づいてきて遠ざかる・・・
落ちた?
吊橋から落ちたのか?
いや、バンジーだ、バンジージャンプに違いない。いや、違う。ドップラっている場合ではない。
「間違えた。あれだ、ストックホルム症候群。」
「拘束した覚えはない。」
「拘束? 別に私はお前に拘束されてもかまわないが? 拘束じゃない、束縛か? あれ? ストックホルム症候群?」
「被害者が加害者に共感する?」
安藤がなぜか疑問形で説明してくれた。
私が安藤に拘束される? 安藤が私を縛り付ける? 何をするつもりだ、安藤?
いや、安藤はまだ何もしていない。ん? まだ?
「安藤、お前は私を拘束するのか?」
「拘束していると言えなくもない。」
安藤は繋いだ手を見ながら言った。
そうだ、確かに拘束されていると言えなくもない。
安藤に拘束される。何と甘美な響き。
あれ?
「いや、拘束は別にいい。問題ない。ドップラー効果でもない、ストックホルム症候群でもない、ならばなんだ?」
「チンダル現象だ。」
安藤が答えた。チンダル現象。確か化学で出て来た。
ああ、光線が見えるやつか、コロイド溶液で光の拡散が起こるだったか?
普段見えない光の通り道が見える。そうか、お化け屋敷。
「幽霊の正体見たり、チンダル現象。だな?」
「ちょっと何言ってるのかわからん。」
あれ?
「そもそも私は何を思い出そうとしていたのだ? 忘れてしまった。」
「吊橋効果だ。」
「おお! そうだった。吊橋効果! 安藤、このドキドキは吊橋効果ではない。私は吊橋効果などなくてもお前といるとドキドキするのだ。」
あれ? 私は何を言っているのだ?
「ハンギャー!」
恥ずかしくて、居たたまれなくなり走って逃げたが安藤がピタリとついて来る。
当たり前だ、手をつないでいるのだ。
諦めて、立ち止まる。
階段の踊り場だ。安藤は手をつないだまま階段を駆け下りてくれたのか。すごい身体能力だ。かっこいい。
「稲葉、走ると危ない。」
「すまない。」
「あと、走っても無駄だ。逃がさない。」
「ぐふっ」
安藤のかっこよさが留まるところを知らない。
「それから、さっきと逆になっている。」
安藤が何について突っ込んでいるのか分からなかった。
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