第16話 文化祭(2)


 安藤が次に向かったのは、2年生のクラスがやっている喫茶店だった。


「来たな、安藤って、お前いつの間に彼女ができたんだ?」


 部活の先輩だろう。ものすごく驚いている。


「違います。」


 先輩が私を見て言った。


「おい、ものすごくガッカリしてるぞ。」


 くっ、顔に出ていた。


「問題ありません。」


「問題あるだろ。」


「後で告白します。」


「「えっ?」」


 私と先輩が驚いて安藤を見た。ガン見した。

 安藤はいつもと変わらない。そらみみか? ・・・うさみみか。違う。

 錯乱している。落ち着け私。


 先輩も固まっている。もはや銅像と言っても過言ではない。ちょっと顔色も悪い。

 周りの人も私達に注目している。


 先輩が我に返った。


「安藤、予告してどうする。」


「問題ありません。」


「問題ないのかよ! なんでだよ。」


 安藤が首をかしげた。


「分からんのか! もういい。」


 窓際の展望席? に案内された。

 窓に向かって、外を見る形で席がセットされている。

 窓からは校庭が見えるだけなのだが・・・


 校庭では何やらパフォーマンスが行われていた。

 美術部のパフォーマンスで、じょうろの水で校庭に絵を描いている。

 3人が離れた場所からスタートして、最終的にマリリンモンローが出来上がった。

 見事なものである。あれは3年の先輩達だ。

 私も美術部だが、1年は美術室で絵の展示だけである。


「うまいものだな。さすがだ。」


 私がそう言うと安藤がおかしなことを言った。


「雨天決行って書いてある。」


 安藤はポケットから文化祭のパンフレットを取り出して見ていた。

 ちなみに、並んで座っているからなのか、今だに手をつないだままである。

 いつ離すのだろう?

 私から離すつもりは無い。


 既に雨で濡れた校庭にじょうろで水を撒く少女3人の姿を想像した。

 シュールでいいと思う。


 ウェイトレスが来た。安藤がポケットからチケットを2枚取り出した。


「ケーキセット2つですね。ケーキと飲み物をこちらから選んでください。」


「チーズケーキとほうじ茶で。」


 ほうじ茶、安藤、ほうじ茶なのか。


「モンブランと紅茶で頼む。」


「少々お待ちください。」


 ウェイトレスは注文を復唱した後そう言ってさがった。私と安藤が手をつないでいるのを見て微笑んでいた。いい人だ。


「安藤、さっきの事だが・・・


 安藤がこっちを見た。

 安藤は後でと言った。発言からは時間が経過している。今か? 今なのか?

 自分で話しかけておきながら、質問の続きができない。」


「まだだ。」


「エスパーか? 安藤はエスパーなのか?」


 あたふたしていると、安藤が続けて言った。


「エスパーではない。声に出ている。」


「なに! なんという事だ、私は考えていることを全部しゃべっていたのか?」


「そうだ。」


 慌てて口を押えた。今もだ。しゃべるつもりは無かった。


 ケーキセットがきた。ウェイトレスが笑いをこらえている。

 くっ、聞かれたらしい。


 安藤が左手でチーズケーキを手に持ちかぶりついた。


「安藤、食べづらくないのか?」


「食べづらい。」


 私は訝し気な表情になったのだろう。


「手を離したら絶交と言われた。」


「神代にか?」


「そうだ。」


「なるほど。しかし守ることもないだろう。冗談だ。」


「面白そうだ。」


「面白いのか!」


 そうだ、安藤は無表情だが案外ノリのいいやつだった。

 そこでふと、告白もノリなのではと思ってしまった。


「あんどう、告白は面白いからでは済まないのだぞ。私でも傷つく。」


「冗談で告白はしない。」


 ジロリと安藤をにらんだが、見つめ返された。

 しばらく見つめ合う。


「赤い、赤い稲葉、因幡のうさぎ、赤いウサギ、赤いうさみん?」


「安藤、うさみんは赤くない。と言うかここにいない。赤いのは私だ。・・・違う。いや、違わなかった・・・」


 いつの間にか、窓の外は雨がぱらついていた。

 校庭では3人の先輩が色とりどりの傘を差して走り回っていた。

 時々立ち止まり、傘を変えてまた走り出す。

 何をしているかが分かった。明日が楽しみである。


「次はお化け屋敷だ。」


 喫茶店を出たところで安藤が言った。


「その前にトイレだ。」


 安藤はじっとつないだ手を見ている。

 安藤、悩むな。それどころではないのだ。

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