第15話 文化祭(1)


「謀ったな、うさみん。」


 気が付いたときは遅かった。

 安藤が目の前にいる。顔が火照るのが分かる。


「観念して、一緒にまわってきて。稲葉さん、少し安藤君に慣れないと。」


 安藤君が手を差し出してきた。


 思わずチョキを出してしまった。

 安藤の前だとおかしな衝動が抑えきれない。


 きっと別の衝動、安藤に触りたいとか安藤に抱きつきたいとか安藤の肩甲骨を撫でたいとか安藤のふくらはぎを握りたいとか安堵の耳たぶを摘まみたいとかを抑えているから別の事まで気が回らないのだ。


 安藤が私の出したチョキを握った。

 おそらく事前に私の手を握れという指令が出ていたのだろう。

 安藤はこういう時、チョキだろうが、グーだろうが、キツネだろうが手を握る奴である。


 安藤が出したのがパーだってことが幸いした。チョキならまだましな方である。

 安藤がチョキだったらグーを包み込むように握られていた。それではまるで私のパンチを安藤が受け止めたみたいではないか。安藤がキツネを出していたら私はカニを出していたかもしれない。その場合は両手を握られて、まるで警察に捕まったみたいではないか。


 違う。安藤はじゃんけんをしたのではない。じゃんけんに持ち込んだのは私だった。パーであいこにするのが正解だったのだ。


「安藤、これでは小指と薬指の立場がないではないか。」


 安藤は黙ったまま一度手をほどき、人差し指から薬指までを握ってくれた。


「行こう。」


 安藤はそう言って、私を引いて歩き出した。お、男らしい。




 安藤は、まず、隣のクラスへ入った。このクラスはサッカーのキックターゲットや、野球のストラックアウトのような的を射抜くゲームをやっている。

 安藤はポケットからチケットを出してサッカーのゲームの方を選択した。

 サッカー部だから反則なような気がする。


「安藤、お前サッカー部だろ。野球の方やれよ。」


 売り子からクレームが来た。


「右手が塞がっている。」


 安藤が答えた。どうやら手を離すつもりがないらしい。


「お前、そのままやるつもりか?」


「そうだ。」


「いいだろう。受けて立とう。」


 安藤はパーフェクトで的を射抜いた。景品のお菓子を貰った。


「くそう。安藤、やっぱり野球で勝負だ、俺がおごってやるからやってけ。」


「右手が・・・」


「左があるだろう。」


 安藤が答える前に売り子が言った。


「分かった。」


 1投目、的の脇に立っている人の胸に一直線。キャッチして安藤に投げ返す。

 2投目、隣の的の脇に立っている人の胸に一直線。キャッチして投げ返す。

 3投目、1投目と同じ。

 4投目、2投目と同じ。


「安藤、お前、3人でキャッチボールしてんのか?」


 5投目、的の角に当たり跳ね返った玉が的の脇に立っている人に直撃。


「いたっ!」


 6投目、的の反対の角に当たり隣の的の脇の人に直撃。


「うぎゃ!」


 7投目、ようやく右上を射抜く。

 8投目、左下を射抜く。


「お、真ん中を射抜けばビンゴだ。」


 売り子が言った。


 ラスト、安藤の右手がぎゅっと握られた。スピードのある球が真ん中を射抜いたかに見えたが、フレームをヒットした。

 的全体が振動して、すべての的が落ちた。

 安藤が、小さくガッツボーズをした。


「安藤、反則負けだ。」


「む?」


「ははははは、ざまあみろ! 女と手なんかつないでいるからだ!」


 どちらかと言うと負け惜しみに聞こえるセリフを聞きながら教室を後にした。

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