第14話日常からの逸脱2

もし次も自分で傷を作ったりしたら治療はしません。分かりましたね?」


「はあっ、あ…………ふっ」




 色っぽく返してもダメなものはダメだ。




 後ろで上品にまとめた黒い髪が、顔を激しく左右に振ったせいでほどけかかっている。潤んだ瞳は焦点が合っていなかったが、段々と落ち着きを取り戻してきたのか、状態を堪能……………観察していた私へとピントを合わせた。




「終わりましたよ。動けるようになったら会計へどうぞ」


「…………………ジベルだ」




 彼へと背を向けた瞬間、いきなり腕を掴まれて、気が付けば寝台へと押し倒されていた。


 目にも止まらぬ素早い動きだった。




「私の名だ。ジベル様と呼、べ!?」


「何するんですか!」




 覆い被さってきた変態の顔を両手で突っぱねつつ、両足で腹をゲシゲシと蹴りまくる。




「ハッ、私を蹴る女は、そなたが初めてだ」




 グイッと両足を掬われてジベルの体で押さえ込まれてしまった。


 失念していた。最初にあった背中の刀傷が戦争でついたものだとしたら、彼はただの貴族ではなく武芸に長けているかもしれないということを。




「こんなにされて我慢できるはずがないであろう」




 私の手首を掴み上げ、チュッと掌にキスをするのを見て『えええ!嘘マジか』と思った。




「で、出禁にしますからね!」


「結構だ、そなたを連れて帰るからな」


「何でですか!」


「いつでも好きな時に楽しみたいからな。それにそなたも気に入った」




 本気か!




「イヤです、断りましたよね」


「だから少々強引にさせてもらう」




 顔を近づけるのを見るや、歯をガチガチさせて抵抗する私の頬にキスしやがりましたか!




「そう嫌そうにせずとも、妾が嫌なら妻にしてやる。婚約者がいるのだが政略的なものだし解消してもよいだろう」


「それ婚約者に失礼でしょ!」




 ジベル様、快楽の為に婚約者捨てるとかおかしい。




「特に思い入れもない婚約だし、相手も美しいだけで面白みのない女だ。そなたの方がいい」


「私がイヤなんです」




 そりゃあ正直楽しいですよ、ええ認めましょう。特にイケメンが喘ぐのを秘かに観賞するのとかご馳走ですよ、でもだからってこの人専用になるのはイヤだ。




「私は私のことは自分で決めます。あなたが決める権利はないです」


「権利はないが、私は権力がある。そなたのことを私が決めても構わない」




 あ、話通じないわ。自分で言ってカッコいいって思ったのに。




「マナ、悪いようにはしないぞ…………ん?これはなんだ?」




 首元を見られて、襟を開けたままだったことを思い出した。見られた!男除け。いやいや待って、今が使い時では。




「そなた」


「わ、悪いですか!私にはこういうの付けちゃう人がいるので」




 スッとジベルの目が細くなり、「誰だ?」と低く呟いた。




「気に入らない。男は誰だ何処にいる?殺してやる」




 あー、ノア。これ絶対間違えたよ。逆効果だよ。




「もうお客さん来ますよ!」


「男の名を言え」




 私と変態さんの間に何の関係が?どうして怒られなければならないのでしょう。こっちが怒ってるんだけど。




「殺すって言われてるのに、名前言うと思いますか?診療時間本当にもうすぐなんで、お帰りください」


「……………そうか、あとでじっくりと話を聞こう」




 ヒョイと肩に担がれてしまった。マジ拉致ですか?警察みたいな組織あったよね?もしかしてそれより権力あるんですか。




 仕方ないので私は担がれたまま、彼の背に触れた。




「っ?」




 ガクンとジベルが崩れるように座り込み、私は力の抜けた腕からすり抜けた。




「何をした?!」


「私の力が治療だけだと思いました?」




 一時的にジベルの神経伝達の流れを神聖力で止めた。忘れがちだが、私の力は真逆の神聖力だ。人々をアンアン言わせる力では決してない。




「まさか神聖力……………ギフトか?」




 まさか手技によるツボ押しだとでも思っていたのだろうか。


 力を見せたことを早まったと思ったが、今はここを離れることに気をやるべきだ。




 既に回復したジベルが立ち上がるのを見て出口へと向かおうとしたら、後ろで金属の擦れる音がした。振り向いた時には、彼が投げた剣が私に飛んでくるところだった。普通に怪我するから!




 金属はどうしようもない。咄嗟にできたことは目を瞑ることだけ。




 キイインと硬質な音が響いた。


 それから背を引き寄せられる感覚。




「あ………」




 目を開けたら、ノアが私を心配そうに見下ろしていた。近くにはジベルの剣と果物ナイフ。あ、我が家の。




「マナ」


「う…………」




 不細工な泣く一歩前の顔を晒してしまった。




「ノ、ア」




 耐えられずに、ノアにしがみついた私は彼の胸に顔を押し付けた。


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