第13話日常からの逸脱

 またからかわれている。そう思ったのだが、額を付き合わすように見ている彼は笑ってなんていなかった。




「……………ノア、こういうのはやめて」


「あんたは人が良すぎる。だから」


「私が!ノアを襲いたくなるからやめて」


「そっちか」




 よく考えましょう。色気を振り撒いて煽っていたのはノアの方だから。




 顔が離れていきホッとしたのも束の間。両肩を大きな手で掴まれた。そして右の首筋にピリッとした痛み。




「んっ、ノ…………ア?!」




 彼の唇が私の首を食んでいる。




「男除けだ。それに悔しいからな」




 スルリと身を起こし、彼は何事も無かったように部屋を出て行った。




「え…………」




 吸われた。多分痕を付けられた。




 もしもし、男除けって、あなたも男だってさっき言ったじゃないですか?というか、これ見せながら働くのムリだからね。悔しいって何ですかね?!




 唇が触れたところがジンジンと熱い。指を触れて確かめて、長い間固まっていた。




 ****************************************




 寝不足なのは誰のせいでしょう。




「あああ、効くわああ」




 子育て中のお母さんの肩と腰の痛みに神聖力を掛ける。いつもご苦労様です。




「うはあ、ううう」




 今日はジャックも来店。




「あ、お客様、腹痛は治せません」




 お腹を押さえた子供連れには病院をお勧めしておく。私は病気は治せない。骨や筋肉、皮膚や血管の修復………つまり怪我全般の治療はできるのだが、内臓疾患や風邪などのウイルス系はできなかったりする。


 考えたら微妙な力だ。でもこの力のおかげで生活できているのだから感謝せねば。




 休憩時に、ぴっちりとした立て襟を弛めて鏡で首をチェックすると、キスマークは依然くっきりと残っていた。




「……………うわあ」




 こんなん付けられたの生まれて初めてです。


 ぺちぺちと首を叩いて正気を保つ。


 誤解してはダメだ。彼は私のためにわざと付けたんだ。深い意味はないから、ないない。




「居るか、マナ」




 自分だけだと油断していたから、掛けられた声にビクッとなって、振り向いてげんなりした。




「い、いらっしゃいませ」




 あの貴族の敏感体質男が、入り口に立っていた。




「あの、まだ開いてないのですが」




 午後の治療時間開始には30分以上ある。




「好都合だ、今から頼む」


「え」




 話聞いてます?




 スタスタと奥に入って行くのを呆気に取られて見ていたら、早く来いと促される。


 今日は従者は外に待たせているのか一人だった。




 気分を害されては困るので仕方無く治療室に入ると、寝台に座った男がいそいそと上半身裸になった。




「どうしたんです」


「うっかり怪我をしてしまってな、早く治療してくれ」




 胸の辺りに巻かれた包帯に驚いていると、男が包帯をさっさと取り去った。




「……………うっかりですか」


「うっかりだ」




 刃物で左右縦一文字に浅く付けられた傷は、どうやってつくのだろう。漫画か?




「あの、ご自分で傷を作ったとかではないですよね?」


「そんなことはいい。早く、早くしてくれ」




 真正の変態だったか!




 期待に満ち満ちた顔は、それでも造作がいいもんだから絵になる。




「早く、マナ」


「う……………分かりました」




 胸の傷に手を当てると、興奮からか息が既に乱れていた。




「もう怪我しないで下さいね」


「は、はや、はやく」


「分かりましたか?」


「マナ、はやっ、くう」


「返事は?」




 モゾモゾと足を擦り合わせながら男は、こくこくとキツツキみたいに首を素早く縦に振った。




「わざとこしらえた傷は分かりますからね」


「もう、もうっ」


「いいですね?」


「お、まえっ」




 たっぷりと焦らすと、震えながら涙を湛えている。




「わか…………った、許せ、だから、お願いだから」




 これで快楽を前にしては、私の立場が上だと認識しただろう。




「マ…………ナ、はやく、し……ああああ!ひっ、ああっ、うくうう!こ、これ、あ、はああっ、これ、まって、ああ」


「ふふ、イイようですね」


「い、イイ!いいーっ」




 ここは癒しのお店。SM倶楽部ではありません。




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