第2話 いくさ続き

 農民にとってのいくさとは、必ずしも戦争だけを意味しない。


 日照りの悪く雨が枯れた夏、イナゴの大群、稲をだめにする病気。丹精込めて育てた作物が、何の価値も有さない草きれになってしまえば、人ひとりの命はその草きれよりも安くなる。


 食えたものではないもので家族に飯を食わせるために、人が買われていくことがあった。連れて行かれた先で、面倒見のいい姉や幼い妹がどんな目に遭うのか、口々に噂されるも、誰も知ることはない。


 侍どもがいくさを始めれば、田畑から物が消える。そして、今度は男手が盗られていく。長い槍で敵の歩兵を滅多打ちにする人員らしいが、滅多打ちにされて死ぬための人員とも言えるだろう。殺す敵もまた、同じ境遇なのだ。


 男手が消えれば、田畑を耕す者はぐんと減る。田畑は騎馬で荒らされているかもしれない。国土を、民を守るという名目で、彼らは声もなく困窮するのだ。


 仏の教えが途絶え、世が荒廃すると予言された時代。末法思想が広がり、人びとはそれを信じた。ーーあまりにも、救いがなさすぎる。それは、疫病にも言えることだった。


 死体の積み上がりが、それを燃やす火の勢いを凌駕する。人はあっけなく死に、その骨と皮の肉体を鳥が啄む。そのことに、人々は慣れきった。だが、それは風景として、のこと。いざ自分と血を分けた人間が死ねば、いつかはそうなると覚悟していたとして、世界は人間の覚悟をいつも上回る。


 六十年前、この一帯に流行り病があった。


 そのときに、母親が死んだーーはずなのだが、盗賊団の首領である彼には、そのときのことが思い出せない。記憶にもやがかかったように、そのころの記憶は掴みどころがないのだが、不思議なのはそれだけではない。


 彼自身が思うことには、そのころの記憶は湖に沈んだ野生動物の死体のように、見えないだけではなくて。触れようと湖に手を浸せば、水の流れで腐った死体の肉が剥がれて浮遊する。死んだ記憶は、痛みを伴って希釈されてしまう。それだけは、避けたかった。


 滝壺に目を落として気づく。一睡もしないうちに、夜が明けつつあるらしい。東の空が、濃い藍色から空色へと変わっていく。肩から背中にかけての、皮膚がめくれ肉が見えていた傷は、一夜でつながっていた。


 六十年も、顔だけは老けることなく若々しい。ろくに世間も知らず、まつりごとも知らず、商いも知らないまま育ち生きた六十年。不死身の頭として担がれる人生しか生きていないと、人は幼いまま、無為に時間だけを食うことになるらしかった。


「お頭。出番ですぜ」


 側近の太った男は、名を矢吉といった。そして、呼ばわった先の盗賊団の首領の名は、


 不死身の隼人


 襲うのは、麓の町で斡旋した護衛をつけていない旅人か、商人の一行。このご時世に一人旅をする命知らずは滅多にいないし、仮にいたとしてよほど困窮した貧民だから、襲ったところでなにも持っていない。


 やはり麓の町で雇った護衛でないと襲われてしまうのだと、世間に知らしめる必要がある。


「やぁ、隼人さんよ。今日も頼むぜ、商売のためにさ」


 男装し、顔を隠したのは護衛の紹介所の女主人。山道を通る人の群れについているのが紹介した護衛かそうでないかを、よく利く目で判断し、隼人に伝える役回りだ。そして、それなりに腕も立つ。


「あぁ。出立の時間だな。傷は塞がっている」


 三人は、百人の構成員が待つ場所へ、足を進める。終わりなき戦いのために。

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