【500pv】死は悪さえも魅了する
春瀬由衣
山のある宿場町
第1話 欠けた肉
京のみやこから、北の国々をつなぐ道がある。その途上、ある宿場には、武道に長けた者たちがよく集まった。
金銀や工芸品、仏像仏具を運ぶ商人たちは、つてを頼り、より信頼のおける紹介人を探す。身元の知れた、忠義のある人間を求めるが、その小さな町に流れ着くのは大概がヤクザものであり、当然彼らに仕事をさせるためには報酬を多く出さなければならなかった。
それでも、苦労して買いつけた品物をすべて奪われるよりは、と商人は金に糸目はつけない。宿場の向こうに立つ山には、山賊が住み着いているのだ。
名の知れた商家の後継ぎを目された若者が、ある紹介所の軒先で、不機嫌そうに草を噛んでいる。世間の苦労を知らない、皺のない顔と手は、父の苦労を学ぼうともしないようだった。
「オヤジめ、知らぬわけではあるまいに、なぜこんなやつらに金を払うのだ。町を三方から囲む山々は繋がっている、その一つの峰だけに山賊が住んでいるわけではなかろうに」
ぺっ、と草を吐き出して、それでは飽き足らず唾を屋敷の方へも飛ばし、たいそう機嫌が悪い。冷静さを失って、紹介所の中が異様に静かなことにも気づかないらしかった。
「まったく。盗賊に周りを固められた町が、盗賊の支配下にないとでも思っているのか? 護衛につく野郎どもが、昨日まで盗っ人でない保証があるのか? 盗賊から荷物を守るために悪人に金を貢ぎ、悪人に守ってもらおうってか。反吐が出る」
ペチャ、と異様な音がした。湿った土くれが地面に落ち、乱雑に散らばるような音だった。さすがの彼も商人の息子である。取引相手の悪口を言ってしまったことに、多少の罪悪感はあった。激高されても仕方ないことだとは思っていた。
ーーただ、それにしては、あまりにも、静かだ。
クチャリ。
ーーまるで、そこに命が一つも存在しないかのような。
途端、鼻の奥にこもる血の臭い。一足遅れで若者も事態を察したが、すでに遅かった。
「まったく、残念だよ」
土くれになった若者を見下ろして、吊り目の女が言い捨てた。
「いいかい。私が人を払っておいたんだ。野次馬が集まらぬうちに掃除しておくんだね。くれぐれも、注意するんだよ。商いには信用が不可欠だ」
へい、ともはい、とも言わずに、返り血を浴びた男たちが音もなく消える。女はそれを見て、たちまち実直そうな「紹介所の女主人」に、顔つきも口調も戻してみせた。
そのころ、山では。
大きな仕事を控え、山賊たちは各々、明日の命も知れぬ者同士宴会を開いていた。
この山賊団は、構成員、百人余り。彼らを束ねる頭領格は、見るもおぞましい体をしているという。
麓の町での収入が、最近落ちてきていると、女から知らせがあった。盗賊はたまには派手にことを起こさないと、見くびられてしまう。それでは「護衛費」を気前よく払ってくれる商人は減ってしまう。
定収入のために、たまにやる祭りこそが、盗賊稼業であり、略奪なのだ。
太った男が、ふと宴会場から離れた。谷を越えた向こうにある、修行場の滝に向かう。
「チッ」
修行場には、頭領とその側近しか入ることを許されていない。だからこそ、その太った男はお
「なぁ。仕事だ。いつになればその肩の傷は塞がる」
「まだ……あと三日はかかる」
「ーーふん。不死身という結構な術を体得しているお前さまが、傷の修復に手間取るなんて」
「……不死ゆえ、だ」
太った男は肩をすくめる。
「はいはいわかったよ。ただな、お頭がこんな無様な姿晒してるなんて、あいつらが知ればどうなる。ここで修行していると、人を払っているのは俺の気遣いだぞ。あいつらの働きはお前が一番わかっているだろうに」
配下の盗賊たちは、みな侍になり損ねたり、盗っ人になることでしか生き残れない次男坊、三男坊。修羅場をくぐってきた強者たち。
不死身の頭を持つという圧倒的有利ゆえに団結力は高いが、それがまやかしだったと知ればどうなるか。
百人に襲われたら、頭領はどうなるか。
太った男は、暗に頭領を脅しているのだ。
「……わかった。明日までには」
「わかればいいんだよ」
側近の去るのを見送る彼の背には、傷の修復と再生のために隆起し、イビツに絡み合った瘤が多数。
その目には悲哀があった。
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