第6話:着のみ着ままの、気まぐれ気まま旅

11月4日 晴 426km

→Gingin→Rockhampton→Yeppoon(BP)

 元スーパーを改築(?)した宿、朝はペンキで無造作に塗りつぶされたガラス一枚挟んで、通りを行き交う車の騒音で目が覚めた。朝明るくなって分かったのだが、このガラス壁は元自動ドアでその向こうは僅かな幅の歩道、その向こうはすぐ自動車道だった。まさにガラス壁がなければ、路上で寝ていたのと変わらず、車が飛び込んできようものなら、確実にシュラフごと踏み殺されていただろう。知らぬが仏とはこのことか。

 すぐさまそんなあり得ない宿まがいの宿をチェックアウトして、警察に昨日の盗難届けに出向いた。日本で入っていた盗難保険でわずかな金額でも返ってくればよかったし、そのためには警察の届け出書類が必要だった。警察での対応は予想に違わず(あまり期待してはいけない)、盗まれたもの(金額にしたらしれている)を告げると、さらにやる気がなくなしたようだった。事務的に調書を取られ、書類に書き記されていく。それが終わるとやっと感情らしいものを応対したポリスマンに見られた。口では、「それだけで済んでよかったじゃないか」と慰めの言葉をくれたが、その表情は明かに「このクソ忙しい時に、見つかりもしない盗難の調書を取らされるなんて、同情してほしいのはむしろ俺の方だよ。」といわんばかりのものだった。そういえば、幼少の頃、交番に拾った5円玉を届けたとき、そこのおまわりさんは同じような顔をしていたのを思い出す。俺はそのとき迎えにきた頭を下げる母親のことを思い出して、同じようにお手数を取らせたことをポリスマンに謝っておいた。警察なんてどこも国も同じようなものだ。

 ところで、やってきたこの港町バンダバーグは偶然にも旅の当初から立ち寄ろうと思っていた場所だった。というのも、シドニーでいるときに、知り合った男に、この町に寄るようにアドバイスを受けていたからだ。そいつはスキューバダイビングが三度のメシよりも好きな奴で、それで嫁・子供にも逃げられたぐらいの奴だ。そのオーストラリア中の海を知り尽くした彼が言うのだ、「スキューバをやるつもりなら、バンダバーグに必ず立ち寄れ。その港町から俺の人生を狂わせた島、レディ・エリオットへの船が出ているから乗れ」と。

 しかし、昨日一日の鮮烈な衝撃がまだ心のどこかで引きずっており、ダイビングをやろうという気分には全くなれなかった。『今スキューバをしないと、次はいつまたここにくるのか、わからない』とも思ったが、もともと気まぐれな旅、後先を計算するよりも、その瞬間の気まま気まぐれな感情を大切にいたかったので、町を早々に後にすることに決めた。「縁があれば、またいつの日か来ればいいや」。(実は未練タラタラか。) そう、旅は気まぐれ。とにかく今はバイクを飛ばし、息できないくらいの強い風を身体一杯に浴びることにした。

 港町も離れ、昼間立ち寄ったスーパーマーケットで、盗まれてしまったカメラと地図を買うことにした。カメラと言っても、ズームもなく、レンズとフラッシュ機能だけが付いた手巻き式の代物で、言わば「写るんです」でなく、「フィルム取替え出きるんです」ってなほんとにレンズ突きカメラと変わらない安物だ。また買った地図も、盗られたやつは事細かなところまで載った分厚いモノだったのに対して、買ったやつは全版一枚モノで幹線道路のみ記載されたものだ。そんな粗い地図で大丈夫なのか少なからずの不安も感じたが、このまるで地球儀をもって世界旅行に出かけるような感覚に心躍ったのもまた事実だ。

 自分に言い聞かせる。かなり無理ある理屈かもしれないが、『行くべき方向さえ決めていれば、どの道をたどっても案外どこかに通じているもので、ましてこれといった目標・行き先もないのだから、道を間違うという観念は元々どこのもないのだ。』

 日が傾き出してまだバイクに走らせていると、「今日の寝床どうしようかな」と思いのほか心細くなるものだ。早い目に走りを切り上げた。無心でしこたまバイクで駆けたその日は、いつもよりも早い目に走りを切り上げた。場所はヤプーン。のんびりしたビーチを見て、ここ数日来やっと心の平穏を取り戻せたような気持ちになった。夕飯は、飯ごうすいさんしたメシに、缶詰のシーチキンをぶっ掛けただけの質素なごちそうを食べる。ヤプーンの潮風にあたりながら、西の水平線に落ちゆく夕陽は最高のオカズだった。夕陽は、水平線にかかると、その沈むスピードを上げるのはなぜだろうか。地球は太陽の周りを回っていることなんて、日本では理科の授業以外、気にしたことはなかった。そういえば、今までには見受けられなかった熱帯地の象徴ヤシの木や真っ赤な大輪の花(沖縄にあるヤツ)が、気候の変化するくらいシドニーから移動してきたことを告げていた。 こうして思い巡らすと、ほんの昨日のことが不思議にもずっと以前に起きたことのように懐かしく心を跳ね上がる。暗くなってしまう前に、もう一杯インスタントコーヒーを沸かすことにした。

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