第5話:こんなキツい旅もありかも?

11月3日 雨・晴れ 560km

→Mooball→Kingscliff→Tweedheads→Surfers→Brisbane→Noosaheads→Childers→Bunaberg(BP)

 途中、チルダーズという何もなければ通りすごすであろう田舎町で事件が起きた。町外れの小高い山々が稜線を描く畑の一本道で、ふと「あの丘のてっぺんの見える木の上から見える風景はどんなものなのか」という思いが頭を過ぎった。早速、バイクを降り、畑をぬけて、その木の根元に立ち見上げると、遠目から想像したよりも立派な巨木だった。風で枝はがさつき、木漏れ日がギラギラ揺らめいた。よし、登ろう。さて何が拝めるか期待半分、よじ登った大木の枝にまたがると、そこからの景色は地平線まで変わることのないオーストラリア特有の赤土の畑が見渡せたにずぎないものだった。

 すると一台の4駆自動車が一本道をやってきて、バイクのそばを通り過ぎたと思うと、停車した。降りてきた子供がキョロキョロ、父親に急かされながら、瞬く間にハンドルにかけてあった俺のリュックサックを白昼堂々と持っていってしまった。その子供はまさか、木の上から一部始終を見られているとは考えなかったであろう。通りすがりの大胆な行動、その瞬時の判断力は見習うべき、イヤイヤ。リュックの中身は、地図・カメラ・メガネ・サングラス・・等々。パスポートやクレジットカードはウエストバッグに入れてあったため、致命的な損失とまではいかなかったが、やはり、リュックの中身はどれも旅には欠かせない必需品ばかり、ショック極まりなく、意気消沈。まさか、こんな片田舎で盗難に遭うとは。盗られたことよりもまして、全く無防備であった背後から突如、後ろから矢で射抜かれた衝撃に等しく、しばしバイクの傍らに夢見んばかりに立ち尽くす。

 するとまたまた、どこからともなくトラクターに乗った現れたオヤジが、「どうかしたかい」と尋ねてくる。やっぱり、肩ガックンオーラが俺から放出していたのか。今しがたの事の次第を話すと、オヤジは「おまえが悪い」という顔をしながらも、同情してくれたのか、「俺のうちで昼飯でも食ってけ、すぐそこだから」と見ず知らずの俺に勧めてくれた。ナイスオヤジだぜ。気分を落ち着かせるためにも、お言葉に甘えることにした。しかし、アルコールもまわったど田舎オージーイングリッシュは方言の極まり、とても英語に聞こえなかった。それでもオヤジにとっても、俺にとっても話しの内容などどうでもよかったので全くノープロブレム。日が傾き出した頃、今夜の寝床を探すべく、オヤジに近く港町の行き先を聞いてみた。どうしてもイヤな思いをしたこの町では泊まりたくはなかったからだ。オヤジは、親切にもカーちゃんに地図を書かし、それを手にして説明してくれた。なぜ、オヤジは自分で地図を書かないのか。その俺の思いを察し、オヤジは、照れくさそうに字が読み書きできないんだと答えた。俺の中では意外なことにびっくりした。別れ際、オヤジと固く握手。広大な大地で畑仕事一本、ゴツゴツした肉厚のオヤジの手はモノ言わぬオーストラリアそのもの。その手は、先ほど石鹸で洗っいたにもかかわらず、土と同じ赤であった。その握り締めた手は字を書けぬども、誇り高き男の手であった。俺みたいな青二才との握手の為、手をわざわざ洗ったのか。うれしいぜ、オヤジ。あんたこそ、気高き紳士だ。

 教えてくれた港町についたときは、日のどっぷりと沈んでしまっていた。地図は正確ではあったが、途中すれ違う車もなく、初めての土地を暗い中、走ることの心さびしいことさびしいこと。たっぷり数時間の道程、幾度となく「すぐそこだよ」というオヤジの言葉を恨んだことか。もし道に迷っていたときのことを考えるとゾッとする。色々とあった今日一日、暗い中に野宿テントを張る気力もなく、やっと見つけて飛び込んだ安宿は、ただ同然の宿泊代であった。イヤな予感。今、最も望んでいた<心の平穏>など、その値段では期待できない。レセプション(受付)の人は、気さくな奴ではあったが、目がいっちゃっていた。通された部屋といっても、潰れたスーパーマーケットのヒンヤリしたフロアにモロ汚れたマットを等間隔に数十枚敷き詰めた雑魚寝スタイル。電気はなく、外からの仕込む月明かりや街灯が室内灯の代わりとなっている。耳の裏までこびりついた赤土を落とそうと、シャワーを浴びに行ってみると、期待に違わず湯が全く出ない。モノを食べる気力もなく、せめてインスタントコーヒーだけでもと思い、キッチンに行ってみると、巨大ゴキブリの棲家と化して、踏み入れなかった。期待通りの展開だった。トホホ。町に繰り出す元気もなく部屋(?)に戻り、マットの上でシュラフに包まっていると、明かりの差さない部屋の片隅にさっきまで気がつかなかった人の気配。目を凝らすと、白い裸を見せた女の上で男が腰を振っていた。その男は恥ずかしげもなく、暗闇の中で奴の勝ち誇った一瞬のまなざしは、俺に向けてダイオードを仕込んだかのごとく輝いていた。俺は、獣の下になった女の濡れた吐息に溶かされていくように、抗いもせず眠りに落ちていった。

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