word49 「宇宙戦争 止め方」⑤

 まごうことなき不法侵入、家主に見つかる心配が無いとはいえ息を殺してしまう。見慣れない部屋にいるという状況、そこでよく分からない作業をしている、そして上手くいくかどうかという不安。僕はちょうど今が脱出ゲームの中に入っているという風に思えた。


 そしてそう思えたら、少し気が楽になった。これはただのゲームなんだ。


「この道具はもう必要なさそうだ……」


 そう言いながらリモコンを置く。しかし、手を放す寸前で止めた。元の場所に戻したほうがいいかと思い及んだのだ。


 スマホの画面を確認する。そこにはリモコンを元の場所に戻すや、パソコンの電源を切るといった指示は無い。けれど、普通に考えたら戻したほうが良いに決まっている。


 僕は少しそこで考えた。その結果、動かしたものは戻して帰ることに決めた。決め手となったのは、その場に置けとも書いていないこと。きっとどこに置こうが結果は変わらないはず。だったら戻して帰ったほうが、お隣さんにバレなくて済む。


 念のため、また今夜成否を検索するつもりだが、その時にダメだったと言われたらまたその時に考えよう。まあたぶん大丈夫だ。


 僕は1階に下りて、リモコンを元の場所に置くと、次の工程に取り掛かった。先ほどの作業のおかげで開いた地下へと続く扉、そこを通って昨日行った研究室みたいな場所へ向かう。


 さらに階段を下りて、高速の自動ドアを抜ければ、気持ち悪い深海魚が僕を出迎えた。


「奥の壁にあるボタンの中の……星形みたいなマークがついたボタンを押す……すると液晶パネルが複数出てくるので……」


 僕はそこでも先ほどのように黒いパソコンの指示を忠実に実行する。作業内容としてはさっきと大して変わらない。キーボードとマウスを操作するのから、液晶パネルのタッチ操作に変わっただけだ。僕にとってはどういう操作をしているのか全く分からないけれど、ただ言われるがままにやった。


「このウインドウを右にスワイプさせる……右のパネルまで投げるように…………打ち込む文字はこれとこれとこれと……ちょっと長いな、えっと……それでこれとこれとこれ……おっぱいみたいなマークを2回タップ……」


 スマホの画面とにらめっこしながらぶつぶつと、それでも先ほどの作業と合わせてこの家に入ってから40分か50分くらいだろうか、2つ目の工程が終わりを迎えた。


 あとは、もう1つボタンを押すだけ。深く息を吐きながら、そう思って実行した。すると、部屋の灯りが暗くなる。


 同時に部屋全体の機械や装置みたいなものが電源を落とすような音がする。僕はそれらを見て聞いて、先ほどとは違って元の状態に戻す作業も兼ねてくれていたのだと察した。


 回れ右して歩き出す。暗くはなったが見えないほどではない部屋には、できればじっくり見ていきたいものがあった。昨日も真剣な話をするお隣さんの手前あれこれと目を輝かせる訳にはいかなかったが、ホログラムや近未来的な銃みたいなものもあるのだ。あとはたこ足みたいに動いている機械の触手とか。


 どういうものなのか触って確かめてもみたい。今なら多少時間はあると思うが、精神的に落ち着けない。だから、僕はそそくさと部屋を出た。


 そのままお隣さん家の外まで一直線。入ってきたときと同じように窓を通って脱出した。脱出ゲーム気分でいた僕はその時、ゲームでもこんな風に普通に窓から出れそうなのあるよなと思う。


 あと残った3つ目の工程は物凄く簡単。ほか2つに比べて時間も手間もかからない。


 その内容はというと、外にある倉庫の中からプラスチック容器に入った液体を取り出して、庭にある流しに捨てる。ただそれだけ。


 僕はその通り倉庫を開けて、指示された色と形の容器を取り出した。


 蓋を開けて流しに注いだ液体は黄緑色をしていた。匂いも薬品っぽくて、いつか化学室で嗅いだことがあるような鼻にツンとくるものだった。


「これで終わり……」


 軽くなった容器から一滴ずつ落ちる液体を見て思う。本当にこんなので良かったのかと。昨晩文章で見た時の感想もそうだったが、いざやってみてもやはり手応えは無かった。これで宇宙戦争が止まって、世界の平和が守られたとはとても……。


 けれど、黒いパソコンがそう言ったのだから間違いはないはず。バタフライ効果とかそういうものなんだろう。地球で起こった小さな変化が、宇宙では大きな変化をもたらしているのだ。


 きっと、そのはず……。たぶん、そのはず……。

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