word49 「宇宙戦争 止め方」④

 今日の空もよく晴れていた。昨日と同じくらい。


 どこかの風景画に描かれていそうな、正に絵に描いたような晴れた日の空。程よく少ない雲と、包み込むような日差し。北極や南極がどうこうみたいな面倒くさいケースを覗けば、地球上のどこにでもあって、見ているだけで生物に平和を感じさせる……。


 そんな空の下――とある地点に僕は自らの足を踏み込ませる。


 これまたどこにでもありそうな住宅地の、どこにでもありそうな住居。僕にとってはよーく見慣れた場所で、物心ついた時から当たり前にここにある。少し前までは何でもないはずだった場所。


 けれど今は、ここが――僕が立っているこの場所こそが――世界の真ん中である。


 そう言っても全く過言ではない。宇宙戦争が起こるのか止まるのか決まる場所だから。今からお隣さんの家というこの場所で、世界の命運が決まるのだ。


 そしてそれを選ぶ手は、僕の手だ。宇宙人と直接対決する訳ではないから、その実感を与えてくれるシチュエーションとは程遠くて、いざ来てみても緊張は無い。


 でも確かに、これから僕は世界を救うのだ――。


 お隣さんの家の敷地内に入ると、裏口のほうへ回った。置かれた植木鉢やペット用のエサ皿なんかの間を、忍び足で進む。外から見られないように、体は半分に折り曲げた。


 そうしていても僕の家の2階の窓からは丸見えなので、運悪く母や姉と目が合うことが無いようにだけ祈る。


 裏口の隣の窓まで来ると、そこへ手を伸ばす。そっと力を入れると開くことが分かったので、そのままなるべく音を立てないように開ききる。


 最後にもう一度後ろを確認してスクールバックを投げ入れると、僕はその小さな窓へ体をねじ込んだ。人が通ることを想定していない縦長の窓なのでかなり窮屈、横腹を痛めながら家の中へ転がり落ちる。


 人生二度目のお隣さんの家――。今ここにお隣さんはいない。そして、彼はここに戻ってくるつもりもない。


 それはパソコンから聞いたことでもあったが、昨日お隣さんの口から直接聞いたことだった。お隣さんは地球を出ていくまでの1週間を、どこか誰もいない場所で過ごすと言っていた。自然の中で1人、自由で穏やかに生きて……そのまま地球を出ていくつもりだと。


 だからこそ、こんな杜撰な戸締りで家を放置していたのだ。


「まずは……」


 僕はスマホを取り出して、昨日撮っておいたパソコンの画面を確認しながら窓を閉める。


「リモコン……2階に普通のパソコン……」


 お隣さんの家に入って作業に取り掛かると、綱渡りを始めたような感覚が始まった。体も頭を機能を制限されて、黒いパソコンの言葉を復唱しながらそれだけを頼りにするしかなくなる。


 僕は無駄なことは一切せず、指示通りの行動をした。リビングから昨日お隣さんが使っていたリモコンを持って2階に上がり、すぐ右手にあった部屋のドアを開けて、机の上に置いてあったパソコンを起動した。


 黒いパソコンが教えてくれた宇宙戦争を止める工程は大きく分けて3つ。その1つ目がお隣さんが地球での仕事でも使っているこのパソコンと謎のリモコンの操作である。


「左上にあるソフトをダブルクリック…………ファイル内にあるotih55…………設定から……パスワードは――」


 目で見て、声に出して確認する。あまり急ぐ必要はないので、人差し指だけを使って操作した。


 そうしていくと、おそらくはお隣さんの母国語である見たことが無い文字の画面に辿り着いて、そこでも黒いパソコンの指示通り操作する。最後に、リモコンのボタンを1つ長押し――。


 すると、どこかで扉が開くような音がした。

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