番外編4 「王子 結婚方法」⑤

「あなたの王子さまは現在ある女性と交際しています。1週間後、これから言う場所で、ある時間にその人物を殺して、死体を特定の範囲に埋めてください――」


 次の指示ですぐに直接的なことを言われた。不穏な気配を感じていたのだけど、やはりそういうことだったらしい。


 初めに感じたのは怒り。確かに王子様のことを信じると決めてから、交際している女性や親しい女性の検索はやめた。見ても腹が立つだけだから。


 だけど、よく動画検索で王子様の様子を覗いていたのに知らなかった。一体いつから付き合うなんてことをしていたんだ。


 気付かないうちに浮気をされた気分である。浮気は良くない……浮気は良くないわ。ショックよりも怒りが大きい。握る拳の手の平に爪が食い込んだ。


 しかし、殺すのか……。その交際相手を……。私の手で……。


 殺意は湧く。ぶっ殺してやりたい、死んでほしいと思う。けど、心で思うだけで実際に私が自らの手で行うとなると戸惑ってしまう。それはさすがに簡単にやると決められない。


 運命の日まで残り3か月。もうゴールは見え始めた。このまま黒いパソコンの言う通りにしていれば、きっと王子様と結婚できる……だから、もう後には引けない。


 でもでも、殺さなきゃダメなのか。他に方法は無いのだろうか。別に殺さなくてもどうにかして別れさせるだけ、それだけでいいんじゃないのか。


 いや、もし別の方法があるのなら黒いパソコンは示してくれているだろう。長い付き合いで私は分かっていた。この黒いパソコンは本当に私のことを分かってくれている。常に私が求めるもののなかで、最も良いものを教えてくれた。見せてくれた。


 だから、殺すしかないのだ。それしか王子様との結婚に辿り着ける方法は無い。最初から難しい事だと、険しい道だと分かっていたじゃないか。何を今さら怯える必要がある。


 そう。これは愛なんだ。2人の幸せの為ならなんだってできる。2人の為、彼の為、邪魔者は私の手で殺してあげないと……。


 それから殺害決行日の1週間後までは特にこれといった指示は無かった。ただその日までの準備をする時間であった。殺人のやり方とその場所をしっかり頭に入れておく、心の準備もしておく、そしてあらかじめ死体を埋める穴も軽く掘っておいた。


 あとは、以前から指示されていた化粧のやり方も教わった通りに練習した。たぶん彼が好きな顔になる為の化粧の方法だと思うのだけど、化粧に関しても黒いパソコンは細かく指示してきた。本当に細かく、でも練習の甲斐あって随分上手くなったと思う。


 髪型だってそうだ指示された通りのものにした。この顔を見て彼が私に惚れるのだろうと考えると興奮する。もうそろそろ会えるんだと実感できた。


 ――そして、殺人を指示されてから1週間が経った。


 あまり眠れない夜を過ごした私は、心を落ち着ける為に慣れた化粧をした。鏡に映った自分の姿を見て、何度何度ももう後には引けないと言い聞かせた。1週間前にも思ったことだ。やるしかない。


 昼前に母へ「遊びに行ってくる」、それだけを言って車に乗り込んだ。昨晩のうちに必要な道具を乗せておいた車だ。


 母はどこに行くのかも何をやりに行くのかも聞かなかった。笑って「いってらっしゃい」と言った。これから私が人を殺しに行こうとしているだなんて微塵も思っていなかっただろう。


 高速度道路を走らせて――私は東京に向かった――。私が住むド田舎から大都会東京までは何時間もかかる。その間ずっと、私は落ち着かなかった。ただ座っているだけなのに、息がしづらくて、そわそわした。


 その日の夜に指定された場所に着いた。ここで相手を殺すという場所だ。思ったより移動に時間がかかってしまったけど、問題ない到着時間だった。


 殺人の方法は至ってシンプルだ。この人通りが少なそうな路地でターゲットの首をロープで、気を失うまで絞めて、今私が勝手に車を停めているアパートの駐車場まで運ぶ。


 そこに私がやったという証拠を残さなければ細かいやり方はどんなものでも良いらしかった。時間にも8分という余裕がある。車にはロープや黒いビニール袋以外にもナイフや、何故か家の倉庫にあったスタンガンが乗せてあった。黒いパソコンに言われるまで家にあると私も知らなかった物だ。


 相手の女性は今日の深夜に、かなり酔った状態で1人でここを通るのだそうだ。しかも、居酒屋にスマホを忘れた状態で。たぶん今日しかない絶好のチャンスである――。


 その時が近づいてくると逆に私は落ち着いてきていた。東京と言えどその場所が静かで、辺りも暗くなったので大丈夫になってきた。人目を感じないからだ。酔い過ぎない程度にお酒も飲んだし、やれそうな気がする。


 人を殺すと言っても酔った状態の赤の他人。いつも遠い地で暮らしていた、私から遠い存在。さっさとやって、さっさと忘れてしまおう。これが最大の試練なはずだ。これを乗り越えれば私は……。


 王子様と交際している憎き女が道を通る数分前になると、私は車を出て近くのマンションの陰に身を潜めた。手にはロープ、ポケットにはその他の道具を入れて。


 静かな暗闇にやがて、ヒールで歩く足音が聞こえてきた。少し不安定、不規則な足音はふらついているような感じがする。


 絶対にこいつだと分かった。ロープを握る手に力を入れる。都会で過ごしている女に力で負けるはずはない。


 長い運命の赤い糸を辿って……あなたに会いに行く……こいつを殺せばさらにぐっとあなたに近づける……。


 私は後ろからそっと近づいてその女の首にロープを回した。嗅いだことのあるシャンプーの匂いと酒の匂いが香る。


 体を後ろに反らせながら、思いっきりロープを絞った。一切手加減なしに。躊躇だけはしてはいけない。


「ぁ……」


 女は最初だけ短く声にならない声を出した。女の体は少しだけ浮かせた。けれど、私に対してそれほど抵抗はしてこない。ただ必死に両手でロープをどけようとしていた。


 いとも簡単にその瞬間は訪れた。女が全く動かなくなってぐったりとした。私は息が上がってもいなかった。


 私は女の上半身を抱え、引きずりながら車まで運んだ。その間は何も感情を持っていなかった。何も考えないようにしていたのだ。後ろめたさも喜びも持たない。全て終わるまでは。


 後部座席のドアをどうにか開けて、私の体重もかけながら動かなくなった女を運び入れた。ドアを開けると勝手にライトが点いたので焦った。けど大丈夫。あとは扉を閉めて……トドメを差すだけ。


 そう思って開いたドアへ手を伸ばす――。しかし私はその時、体の動きを止めた――。


 女の顔を見てしまったのだ。目を見開き、口をだらしなく開けて横たわる女の顔。それに衝撃を受けて、体が固まってしまった。


 自分がやってしまったことを痛感してそうなったのではない。恐ろしかった……とは言っても、ただ表情が恐ろしかったのではない。


 似ていたのだ。その女の顔が……私と……。

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