番外編4 「王子 結婚方法」⑥

 鏡を見ているかのようだった。私も驚いてだらしなく口を開けたから、表情も同じ。目も口も……眉毛の形もそっくりそのまま。化粧を落とせばまた印象は変わるかもしれないけど、少なくとも今は私そのもの――。


 私はその顔をじっと見ていると、目眩がしてきた――。


 そこから先のことは良く覚えていない……。


 気が付くと、女の死体を山に埋め終わっていた……。


 走り出した私を、もう自分でも止めることはできなくなっていた……。



 ただ一目惚れしてもらえるものだとばかり思っていた。このダイエットや化粧は彼の理想の女性になる為の工程だと思っていた。


 けれど、違っていた。今までの計画はきっと……彼が惚れた女になる為のものだったのだ。


 そうとも知らず、ずっと私を見つけて喜ぶ彼の姿を想像していた。ずっとその笑顔が私の力の源だった。


 でも、このまま行けば彼は私を見つけるのではなく、行方不明になった恋人を見つけて喜ぶのだろう。


 黒いパソコンが用意したシナリオの全貌がようやく理解できた。そうか、そうだったのか。黒いパソコンはさつまいも畑で彼の方から迫ってくると言っていたが、考えてみれば一目惚れだけでそうなるのはおかしい。


 彼は私と結婚するのではなく、私を好きになるのではなく、以前の恋人の生き写しを好きになるのだ――。


 

 だけど、それでもいい。



 それでも私は彼と結婚したい。人の命を奪って、不本意な出会いであっても構わない――。辿り着くまでの形なんてもうどうでもいい――。

 


 予想通りと言えば予想通り、次の日からは黒いパソコンで「王子様 結婚方法」と検索すると、私が殺した女についての話を聞かされた。


 外面だけでなく、内面もその女に近づけろと言うのだ。


 女は少しだけ人気な声優だったらしい。絶賛売り出し中の若手声優。王子様とは地元が同じで、趣味も似ている。私が殺してから1週間後にはネットでニュースにもなっていた。行方不明になった女性声優がいると。


 私は彼女の考え方や性格を知って、そうなるように考えながら生きるようになった。一朝一夕で身につくものではないので努力が必要だったが、知っているだけでも随分違うらしかった。必要な時に彼女だったらと考えて行動すればいいのだ。黒いパソコンはそう言っていた。


 涙は毎晩流れた。身体的にはもうそれほど辛くなくなったのだけど、今度は精神が消費されるようになった。自分でも自分が分からなくなっていた。ただ、王子様と結婚したいそれだけだった。


 この気持ちをどうにかする方法も黒いパソコンで検索したけれど、答えを示してはくれなかった。都合良くいらない部分だけ記憶を消す方法は無い。未知の力に頼らず、現実的な方法で精神安定剤を飲むようなことをするのもダメ、酒に溺れるのもダメ。


 私の内面や外面が変わってしまって、彼の元カノの生き写しでは無くなるからだ。私はただ、純粋な心を持った田舎娘を演じ切るしかなかった――。


 ゴールにはある時、すっと辿り着いた。黒いパソコンに言われた通りに芋掘り体験案内のサイトを作成していたのだが、そこへ書かれた電話番号へテレビ局から連絡があった。


 他のどの芋掘り体験案内よりも分かりやすく惹きつけられるサイトに仕上がっていると自分でも思っていた。いとも簡単に獲物が罠にはまった。


 あとは待つだけになると、随分心が楽になっていた。苦しみが消えたわけではないけれど、ついに握手会以外で王子様に会えると思うと楽しみでしょうがなかった。


 待ち焦がれた……。本当に……。頭の中が王子様のことで一杯になって、その時だけは他の事を忘れられた――。


 王子様が所属するグループ全員で芋掘り体験に来る当日、私は今まで1番丁寧に化粧をして……殺した女と全く同じ顔になった。実際に見たから、完成形が頭にはっきりとあった。だから、完璧に仕上がったのだ……。


 さつまいも畑で……私を見た王子様は、瞬く間に目を丸くした。


 私はその日のうちに王子様とキスまでしてしまった。


 それでも魔法は解けなかった。

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