番外編4 「王子 結婚方法」④

「これはかなり難しいことです。このパソコンの検索結果で指示されることをミスせずにクリアしていく必要があります。けれど、不可能ではありません。今から表示される文章をよく読んでください――」


 そういう言葉ではじまった検索結果。私は涙で滲む目をかっと開いて読んだ――。


 読み終わるまでにさほど時間はかからなかった。それが計画の大まかな概要だったからだ。


 黒いパソコンはまず王子様と結婚するまでには約2年の時間が必要だと言って、さらに本気で望むなら定期的な検索の使用を私に求めた――。


 検索結果を要約するとこうだ。


①計画の期間は約2年で重要なのはその内最初の1年、その間は微妙に変化する状況に対応する為、数日おきに「王子様 結婚方法」と検索すること

②数日おきに指示していくことは過酷な内容になることもあるが、完璧にこなす為に精一杯努力すること

③全てクリアできれば、1年後にさつまいも畑で王子様の方から積極的に迫ってきて告白されること

④当面の目標はダイエットと美顔トレーニング、そして勤務する会社で芋掘り体験の事業を強化すること

 


 ――過酷な労働やダイエットが必要だと分かった時も私の覚悟は全くぶれなかった。きっと愛が試されているのだと思った。私の中に今ある愛と私がこれから生み出せる愛、その全てを集めてあなたに届けに行くと誓った。


 夜が明けて、その日の朝から私の計画は始まった。


 黒いパソコンからまず買えと指示されたのがダイエット器具と美顔器であった。私の容姿が足りていないと言われてみたいで腹も立つけど、最近太ってきて顔にたるみが出てきたのは私も思うところであった。王子様と結婚するまでにはやろうと考えていたのだ。きっかけができて良かった。


 通販も駆使して道具を揃えるとさっそく毎日のトレーニングを始めた。


 ダイエット器具や美顔器の使い方にも細かく指示があった。今まで1度も使ったことのないような筋肉が刺激されている感じがして、そのトレーニングはかなり体を苦しめた。


 でも辛くは無かった、王子様の事を思えば、あの人の為ならどんな痛みにだって耐えられる。私は昔からドMなんだ。


 もう1つすぐに始めなければいけなかったのが私が勤める会社で行う指示だった。私は1年中畑で農作業しているのではなく、近くの会社に勤めていて、忙しくない時期のほとんどをそこで働いて過ごしていた。一応OLと呼ばれる人種なのである。


 さつまいもの自社生産と、地域の生産者達のさつまいもを集荷して加工・販売を主にする会社だった。とにかくさつまいもで儲けて地域を支えることを目標としている場所。他にもさつまいもを用いたスイーツの開発や、街の方で1つカフェを経営している。


 私を含めて正社員12名のアットホームな会社だ。この地域のある人物が1人で費用を負担し皆をまとめ上げて起業した。私が小さな子供の頃の話だ。この会社ができてから私の村のさつまいも農業は劇的に変わったらしい。収入も生産技術も……成功する人はどんな環境でも成功する。


 収穫時期はさすがに忙しいので無理だったが、私はそこで芋掘りの事業を強化しなければならないらしかった。その為の下準備だろうか、職場での立ち回りを黒いパソコンは色々と私に指示した。


 主に積極的に仕事を行うことだった。真面目に取り組む。何事も自ら作業をする。今までの私はなるべくサボるように仕事をしていたので真逆のスタイルである。


 地域の年齢の割合と同じくおじさんおばさんが多い会社でもっとこうすればいいのにと思うことは以前からもよくあった。でもめんどくさいから言わないし、やらなかった。そういうことをどんどんやった。


 もちろんきつかった。けれど、そんな仕事とトレーニングの日々を1ヵ月過ごすだけで私は劇的に変わっていた。


 容姿は別人になったのかと思うほどだ。鏡に映る自分の顔を見てこんなにかわいいと感じたことは無い。


 農業でも芋、勤める会社も芋の会社、田舎住み、そんな超が付く芋女にはとても見えない。自分ではそう思っていなかったけど、変わったからこそ言える。今までの私はブサイクな芋女だったのかもしれない。


 じっと見ていると自分でどきりとする目。すっきりした輪郭。しかも、変わったのは容姿だけでなく内面もだった。いつからか失っていた自信が自分を見ていると沸々と湧いてくる。いや逆、頑張っている自分に自信を持って容姿も変わったのだろうか――。


 忙しくしていると時間はすぐに過ぎていった。進む速度が変わったのかと思うほどすぐに。王子様との結婚方法を検索しなくても良い日の検索は、数少なくなったプライベートな時間に使った。


 ある時に知った黒いマウスを使う動画検索で王子様に関する色々な動画を見るのだ。


 正面から見た王子様の食事シーンを画面に映して一緒にご飯を食べたり、寝顔を映して一緒に寝たこともあった。いつかそんなことをしなくても近くに感じられる日を夢見て、元気をもらった。


 個人情報も調べに調べ尽くしたし、画像検索で彼の裸の隅々までも見させてもらった。


 凄く興奮した。彼はあまり裏表のない人だった。テレビやラジオで話している内容はほとんどが事実であった。実は彼も実家が農家で、食べ物などの好みも私と似ている。そういうところが大好きだった。


 私に黙って交際していた女性もいたけど、今は特定の女性はいないらしかった。


 それならばギリギリ我慢できた。最終的に私の物になるのであれば、彼のことを信じようと決めた。


 さらにそのまま1ヵ月2カ月と時間が過ぎた。何もかも上手くいっていた。上手くいっていると黒いパソコンも言った。


 年が明けてさつまいもの販売が一段落した頃に、芋掘り事業を強化しようと企画している時は本当にきつかったけど。忙しすぎて……。


 土地も費用も労働力の確保も全て自分で企画して、やり手の社長を納得させる必要があった。もちろん全て黒いパソコンがやったことではあるけど、それでも自分で勉強しなければならないことも山程あった。


 しかもよく分からない指示もあったのだ。これをやることでどういう効果があるのか分からない指示。突然週末に東京に行ってこの場所に座っていなさいだとか、インターネットの掲示板にこういうことを書き込みなさいだとか。


 私はそれらを分からないままとにかくやった。黒いパソコンに聞いても王子様と結婚する為に必要なことだとしか教えてもらえないし、そう言われるとやるしかなかった。


 けれど、頑張る私にはどんどん味方も増えた。職場の人たちが私を見る目は変わったし、最終的に社長も私のやることを老人とは思えないほどの器量でサポートしてくれた。


 そう、何もかも上手くいっていたのだ――。変わったのは約束の1年まで残り3か月に迫った時の事である――。


「細く頑丈なロープと、90L業務用の黒いビニール袋、深い穴が掘れるスコップを購入してください。」


 そんな指示が私にあった。

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