ゾンビの行進


 男の周りにある靄が濃くなると同時に、この部屋の奥から何か多くのものが動く音が響き始めた。


「ふひひ。敵なら何やっても良いよにぇ? 最近新しいの、手に入れていないし君ぃ僕のものになろう?」

「対象は誰でもいいのか?」

「ぐひひ、最初はねぇ、女の子が一番だと思っちぇたんだけどぉね? 女の子だとぉ、柔らかすぎるからぁ、直ぐに壊れちゃう! だったら何でもいいやぁってぇ!」


 男と話している間にも部屋の中に響く音が大きくなっていく。

 女ばかり攫う奴や殺す奴は今までに沢山倒してきたが、このパターンは珍しいな。まったくいない訳ではないが、少なくともここの所出てこなかったタイプの狂人だ。


 そして、その部屋の奥で動いていたものたちの姿が、中央の祭壇に掲げてある光に照らされた。


 それらは、人だったもの。ゾンビとなり果てた、この上に在った町の住人だろう。しかも数が多い現在見えているだけでも100はくだらない感じだ。


「君も、もうすぐこの中に入るんだぁ。いくら強い人だってこれだけ入ればぁ、無理だよねぇ?」

「まぁ、普通はそうだろうな」

「ふひょ? じゃあ、君はどうにかできるとぉ?」

「前に似たような状況になったことがあるからな」


 いい記憶とは言えないが、昔に地底に沈んだ古代遺跡の調査の護衛依頼の際に似たような状況になった。


 その古代遺跡はどうやら都市だったらしく、しかも地底に沈んだ際にまだ都市としての機能が生きており人も生活していた。その際に逃げ切れなかった住民がその都市の中で死に絶え、それがゾンビやグールなどになっていた。


 たまたま、先遣隊が都市の中に入っていなかったおかげで被害が広がることは無かったが、そのゾンビなどを排除するのに数日かかったのだ。ゾンビ自体は強くはなかったが、ゾンビ特有の臭い、グロい、数が多い、の3拍子がそろっていたため、ただただ嫌な記憶として残っている訳だ。


「本当に同じぃ?」

「まあ、多少は違うな。少なくともここまで数は少なくなかったし」

「え? 少ないぃ?」


 あの時は万単位だったからな。斬っても斬っても次から次へとやって来るゾンビの行進だった。


「一個体あたりの強さはこちらが上かもしれないが、あれに比べれば問題はない」


 少なくともこの男が作るゾンビは出来がいいと言うか、まあ臭くは無いのである意味戦いやすい。


「むにょー! 僕のゾンビちゃんたちー!?」


 近付いて来たゾンビたちを斬って倒していくと、男がいきなり叫んだ。そんなに嫌なら戦いに出すなと言いたいが、こいつは何がしたいのだ?


「ぎゅぎょぎょぎょ! こうなっちゃらゾンビちゃーん、くっ付けー!」


 気の抜けるような言い方だが、今起きている状況を考えると面倒極まりない。倒したゾンビの残骸が一か所に集ま、粘土をこねるような動きをしたと思うと一気にそれは巨人のような見た目になった。大きさは、普通人間の3倍くらいか?


「行くのじぇす、巨しんゾンビー!!」

「いや、ギャグか何かか?」


 本当に気が向けるような言い方だが、これはネクロマンサーと錬金術の複合技か? ネクロマンサーの技術だけではいきなり巨大ゾンビは作れないはずだ。しかし、錬金術を使った形跡はない。と言うことは、男が女神と呼んでいる存在に力を貰った後に変質でもしたのかもしれない。


 それと、斬ったゾンビも一緒くたになったと言うことは、ただ斬るだけでは完全に倒せないと言うことだ。


 俺は持っている剣に魔法を付与する。属性は聖。前にゾンビを倒した時は必要が無かったため使わなかったが、ゾンビが出来る原因は基本的に呪いだ。故にそれを消し去ることが出来れば、ゾンビはただの屍に戻る。


「みぎょ!? きょれはああああ!?」


 俺が剣に聖属性を付与した瞬間に男が驚いたように叫んだ。もはや何を言っているかがわからないが、もしかしたらのあの女神の影響を受けて精神に支障が出始めているのかもしれない。少なくとも元は人間なはずだから、その体に神に準ずるものの力を溜め込めば狂うのは致し方ないことかもしれない。


「大きくなった分、的が大きくなったし、数も減ったから楽になったな」

「ぎょえ!? ぞくびょああああ!?」


 一番大きなゾンビを斬り倒す。斬った巨大ゾンビはその場に倒れると同時に乾いた砂のような状態になり、最後には小さな砂の山を形成した。

 それを見た男がまた絶叫しているが、その間にも他のゾンビを倒していく。そのゾンビたちも斬ると同時に砂状になり、それは次第に部屋を覆いつくした。


「ぎょひっ!?」


 部屋の奥から出て来た全てのゾンビを倒すと、男が最後に短く声を上げてそれからすっかり黙った。


「とりあえず、俺に向かってきたゾンビは全て倒したが、他に居たりしないよな? もし、居るならさっさと出してくれると楽でいいのだが」


 付与魔法は武器などに属性を付与している間中、常に魔力を消費する。そのため、出て来るなら一気に向かって来て貰う方が短期間で終わるから、無駄に魔力を消費しなくていいのだがな。


 しかし、俺の呼びかけに男は一切の反応を見せない。自分でゾンビを嗾けたくせに、倒されてショックを受けるのはどうなんだよ。嫌なら、自分が前に出て戦えばいいと思うのだが。


「おい。なんてことをしてくれるんだ。俺の作ったゾンビが全部壊れてしまったじゃないか」

「うん?」


 何か先ほどと口調が違うがこちらが素か? 一人称も僕から俺に変わっているな。


「せっかくよう。あの女神を言い包めて俺に思う通りに力を使えるようにしたって言うのに。お前の所為でその成果もパァだよ。どれだけ時間が掛かったと思っているんだ?」

「知るかよ」


 転生者にしては長い期間生きているようだし、使っている力も強めだとは思っていたが、まさかあの女神の力を無理やり使っているとは。


「そうだよなぁ。お前には関係ないよなぁ。あははははぁ………死ねよ」


 男の表情が抜け落ちそう言うと、今まで以上の力が男にまとわりつく。そしてその力は男の右腕に集まったのを感じた瞬間、俺に向かってにその腕が一気に伸びて来た。


「うお!?」


 咄嗟にその腕を避けるが、別にその腕に武器が握られていると言うことは無い。ただ、直感で避けた方が良いと思っただけなのだが、よく見ると男の腕は槍のようにとがっており、それは俺が避けた後に壁にぶつかりそのまま壁を貫通した。


「あれ? 俺の腕おかしくね? 何で伸びて。まあ、いいか。あいつを殺せるなら」


 男も腕が伸びたことは想定外なのか、少し戸惑っている様子だったが直ぐに気にしないことにしたようだ。明らかにおかしいはすだがあの女神の力を受けて、思考も体も変異したと考えれば、別段おかしい事ではない気がするな。


「早く死ねよ」

「そう言われて、はいそうします。は、無いだろう?」

「さっさと死ね」

「ねぇよ」

「だから死ね」


 これはもう話が通じていないのか? いや、聞く気が無いだけか。


 男は左腕も右腕と同じように伸ばして攻撃してくる。それを躱して、カウンター気味に斬りつける。すると、その腕は半ばから崩れ落ち、先ほどのゾンビと同じように砂のような物に変わった。


「ぐっおぉおっ!?」

「なるほど。500年は生きているのはおかしいと思っていたが、お前もゾンビだったのか」


 腕を斬られた痛みで声を漏らしてはいるが、男の表情は驚愕で塗りつぶされていた。


「え? いや、俺は生きている。ゾンビではない。ないはずだ」

「いや、斬り落とした腕がゾンビと同じように砂状になったのだから、お前もゾンビなんだよ」

「嘘だ、嘘だ。俺はまだ生きている。そう、生きている。だが、腕、腕は?」


 自分の腕がゾンビと同じようになったことが信じられないのか、男はブツブツと譫言のように嘘だ、と繰り返している。


「まあ、このままにしておくことも出来ないからな。そろそろ死んでおけ」

「ふざけんなっ! 俺はまだ生きているんだよ!」


 男は俺の攻撃を止めようと伸びた腕を振るう。それを躱しながら俺は男に近付き、そして男の首を撥ねた。


「やめ…ぁ」


 俺が振るった剣が男の首を撥ねると、男の体は前のめりに倒れながら砂状になって行き、撥ね飛ばした頭も同じく砂状になって床に落ちて行った。


「これで…っと?」


 男が砂状に変わった瞬間、部屋が揺れ、いやおそらく上の教会が崩れ始めたことで起きた振動が伝わってきた。


「これは拙いな」


 おそらく教会の形を留めていた術が掛かっていたのだろう。

 教会が不自然に綺麗な状態だったのはそれの影響だったのだろうが、今の状況からしてその術の核があの男であったらしい。

 そして、その核が無くなったことにより術が解け、今まで本来なら在ったはずの時間経過の影響が一気に来たことによって、教会そのものが形を留めておけなくなったのだろう。


 この部屋でも色々と調べたいことがあったのだが、このままでは生き埋めになってしまうので、俺は一気に部屋を出て階段を駆け上り教会の外に脱出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る