暴走転生者

知識チートはそう簡単に出来ない

 

 今日はある魔物を討伐する依頼を受けてとある森の中に来ている。


 討伐対象の魔物は危険度Aランクに該当し、一度街に出れば1体で簡単に滅ぼせるくらいの力を持っている。まあ、人里に降りて来るのは滅多にどころか、何もしなければ森から出て来ることは無いのだけど。


 しかし、どうやらどこかの誰かが手を出したらしく、人里近くまでその魔物が出て来たのを複数の人間が確認している。


 今回の依頼については討伐を目的としているが、場合によっては撃退でも可となっている。

 それはなぜかと言うと、その魔物は住んでいる森の守護獣に近い役割を持っているからだ。その魔物が森からいなくなれば当分は森の中の生態系が荒れるし、別の魔物が森から出て来てしまう可能性もある。


 人里に降りてきて被害を出しているのなら討伐はやむなしであるが、今回はまだそのような被害は出ていない。故に可能であれば撃退が望ましいのだ。

 まあ、依頼を出した人、と言うか町からすれば討伐してくれた方が安心できるだろうけどな。その後のことを考えると、そうも言っていられない。


 と言うことで、俺は撃退を目的とし依頼を完遂しようと思っている。そして目の前には手負いのその魔物が俺を睨んで警戒を顕にしている。


 目の前に居るのは白虎。魔物ではあるが守護獣に近いと言うだけあって霊獣に近い生態をしている。しかし、白虎はかなり強い魔物なのだが、かなりの怪我をしている。ここまでの怪我を負わせるような魔物はこの森どころか周辺地域には居ない。冒険者でも最低Aランクは無いと難しいだろう。

 となると、この白虎に手を出したのはAランク以上の冒険者か?


 とりあえず俺は目の前に居る白虎に対して敵対の意思が無いことを示す。過去にも同じような魔物を鎮める依頼を受け、何とか成功した実績があるんだが、今回はどうだろうな。


「グゥルルゥ!」


 うーむ。敵意は消えていないな。多少様子見をしている感じはするが、まだ近づくのも無理そうだ。


 一旦、白虎の怪我を治しておくか。見ていて痛々しいからな。警戒されないように回復魔法を使わないといけないのが面倒だが、仕方ないだろう。


「ハイヒール」

「グォウ!?」


 あ、ヤバイ失敗した。そう言えば魔法で怪我を回復させる場合、一気に治すと若干の痛みが表れるんだった。俺自身に使ったことがほぼ無かったから忘れていたな。


 白虎の様子は…驚いているようだが、どうだ? まだ警戒しているようだが敵意は薄れたかもしれない。少なくとも俺を見ている眼が睨んで来ていた時とは異なるから、俺が怪我を回復させたことを理解したのかもしれないな。

 もしかしたら、他の人間に同じようなことをしてもらったことがあるのかもしれないな。


「てめぇ! 何でそいつを回復してやがんだよ! また振出しじゃねぇか!」


 ん? 何か出て来たな。言っている事からして、白虎の怪我の元凶だと思うが。もしかして今回の依頼の元凶もこいつか?


「せっかくそいつでデカい毛皮でも作って売りさばこうとしたのによ」

「そんなことをして何になるんだ?」


 そもそも仮に白虎の毛皮が市場に出たとして買うのは馬鹿な金持ちだけだと思うが。そもそも白虎を殺した場合、霊獣に近いから殺し方に依っては最悪呪いに発展することがあるから、直ぐに焼き払うのが主流だな。


「この世界には毛皮の敷物とかねぇだろ? そして俺は転生者だ。それで知識チートってやつで成り上がるんだよ!」


 また転生者か。最近多いな。しかも自分から名乗り出る奴が多い。何かの影響か?


「白虎を毛皮に加工するのは無理だ。そもそも毛皮で作られたものは結構あるぞ?」

「はぁ? 嘘つくんじゃねぇよ。そんな物見た事ねぇからな」


 こいつがどんなところを見て来たかはわからないが、それは別に不思議な事ではない。この世界には動物や魔物の皮から作られた物は存在する。


 しかし、こまめな手入れが必要な上、価格もそこそこ高い。故に現在では一般的な平民では買うことは出来ず、買うことが出来るのは大店の店主や貴族くらいになる。正確に言えば昔は平民でも買うことが出来た。

 昔は皮の処理が不十分な物が多く、その所為で至る所で感染症が多発したため、皮製品の製造が規制されることになった。その結果、皮製品の価格が高騰し、一部の者しか買うことが出来なくなったのだ。


 だからこいつが見たことが無いと言うのも無理はないのだ。少なくとも十分な手入れが出来て、お金を持っている家しか買うことが出来ないのだから。


「ここでは皮製品は高い。故に所有しているのは貴族などの金持ちだけだ。お前はそこまで確認したのか?」

「はっ。だったらそれ以外の奴らに向けて売ればいいだけだろ。馬鹿じゃねぇの?」

「はぁぁ。馬鹿はどっちだよ。金持ち以外に出回っていない理由ぐらい考えろ」

「は? 馬鹿にしてんのか!?」

「ああ、馬鹿にしているんだよ。ちょっとは考えろよ。売らないんじゃなくて、売れないんだよ」

「どう言うことだよ!」

「この世界では皮製品の販売に規制が掛かっている。売るには許可がいるし、許可が出たとしても販売するための基準をクリアしないと売れない。そしてその基準をクリアするために必要な手間何かを加味すると、金持ち以外には売れない程価格が上がるんだよ」


 そもそも何で俺はこいつに対してこんな説明をしているんだ? こいつが元凶っぽいからさっさと捕まえて持って行った方が早く依頼が終わるのだが。


「ふざけんなよ。じゃあどうすりゃいいんだよ! せっかく知識チートできると思ったのに全部無駄じゃねぇか!」

「知るかよ」


 そもそも既にある物を作るのだからチートではないだろうが。


「これもてめぇのせいぶぉばぁっ!?」


 ああうん。あいつは多分俺の所為にして気を晴らそうとしたんだろうが、そうだよな。白虎が居たんだよな。

 おそらくこいつに攻撃されて怪我をした白虎がそのまま黙っている訳もないか。少なくとも同じことをやり返すくらいはするよな。


 いや、しかし、このままあいつが殺されるのを放置するのも良くないよな。少なくとも今回の依頼の顛末を説明するにはいるだろうし。まあ、必須ではないかもしれないが。

 あいつは、まだ悲鳴を上げているし生きているようだが、どこまで持つか。


 白虎は…ん? 別に殺すような攻撃はしていないな。ありがたいことだが何でそんなことを? 少なくとも他の魔物だったら速攻で嚙み千切るくらいはすると思ったんだが。


 ああ、あいつが気絶したな。それで白虎は食い殺…さないで、なんか咥えてこっちに持ってきたんだが?


『持って行け。こいつはこの森を荒らしていた無法者だ』


 キェェェェェアァァァァァシャベッタァァァァァァ!!!


 って、いや待て、白虎は確かに霊獣に近い魔物だ。霊獣は高い知能を持っていて人の言語も話すことが出来る。しかし白虎は霊獣近いとは言え魔物だ。それが念話とは言え話しかけて来たと言うのはどう言うことだ? 


『そちらの法で裁いてくれるとありがたいのだが、少なくとも私が狙われる前には相当な数を狩っている』

「え……ああ、わかった……が」

『む? もしや私がこうして話しているのが不思議なのか?』

「ああ、そうだな」


 おいおい、しかも俺の表情から思っていることを理解するとか、話で聞く以上の知能があるんじゃないか?


『私たち白虎は本来霊獣だ。だがたまに魔に落ちた者が出る故、それと混同しているんだろう。少なくとも私は魔物ではないからな』

「マジかよ。これは結構重要な情報ではないか?」

『まあ、人から見ればそう変わらん。そこまで気にすることでは無かろうよ』

「そ……そうか。まあ、言われた通りこいつはしっかりと罪に問えるようにしておく」

『よろしく頼む』

「ああ」


 そうして、俺は白虎にまつわる衝撃の事実と知識チートをしようとして失敗した、自称転生者を持ってギルドに戻ることになった。


 後日、白虎にまつわる情報は学者を震撼させ、自称転生者はその後の調査で魔物や動物の皮を不正に販売しようとした罪と、故意に霊獣へ手を出した罪で2年間程牢屋へ放り込まれることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る