転生者、再び馬鹿をする


「おい! お前!」


 依頼を受けようとギルドに向かっている途中、背後から声を掛けられた。はて? 今俺は何かやっただろうか。そう思い、後ろを振り向くと、そこにはどこかで見たような、見ていないような顔の冒険者が表情どころか体全体で怒りを顕にして立っていた。


「何か用か?」

「何か? じゃねぇよ!」

「は?」


 何だかよくわからないな。いや、しかし、こいつどこかで会ったような、そうでもないような。思い出せないな。


「忘れたとは言わせねぇぞ! 俺はお前の所為で牢屋に入れられたんだから! それにあの女を口説くのもお前に邪魔された!」


「牢屋……、女を口説く……?」

「ギルドで! 俺の! 邪魔をしただろ!」

「……ああ。あの自称転生者か」


 あの時の自称転生者か。いや、全部自業自得だろう、あれは。と言うか路上で大きな声を出すなよ。人が寄って来るだろう。


「てめぇの所為でギルドから追放された! この恨みを受けてもらう!」

「何でだよ」

「てめぇの所為で俺が不幸になった。だからその代わりにお前を殺す!」


 逆恨みではないな、俺はこいつのことを何とも思っていないし。しかし、こいつの言っていることが一切理解できない。そもそも、その結果は俺の所為ではなく自分がやらかした結果であり、俺はそのやらかしを止めただけだ。


「殺人は重罪だが、良いのか? そんなことをしたら一生牢屋から出てこれなくなるが」

「知るかよ! 近づいてきたやつらを全員殺せば捕まらねぇ! あの時とは違う! 俺は転生者だ。最強なんだよ!」


 うーん。前と言っていることが同じだな。いや、転生者で最強を心の支えにしているのか? おそらくあの後、牢屋から出て来てからは相当見下されているだろうからな。


「心癒せなら討伐対象の魔物でやれ。人に武器を向けるのは馬鹿のすることだぞ?」

「はあ? 何言ってんだよてめぇ。俺はてめぇを殺さねぇと気が済まねぇんだよ!」


 正直、このままこいつの勝負にのって叩きのめした方が早いだろう。しかし、この国には私的な決闘を禁止する方が存在するだから、下手に勝負を受ける訳にはいかない。


「俺にはそれを受ける理由が無いな」

「てめぇの事情何て知るかよ!」


 自称転生者が武器を振り下ろしてきた。前の時よりはまあ、マシになっているか。誤差の本意ではあるがな。しかし、どうしたものか。

 こう言った場合、自己防衛での反撃は認められている。しかし、その攻撃が自己防衛であるかどうかについてはまた、面倒な決まりがある。


 まだこの国が貴族主体のシステム故の仕様だと思うが、襲われた側の反撃が自己防衛であるかどうかの判断を下せるのは権力者のみなのだ。しかも反撃者以外のと言う部分が付く。この権力者には町の警備兵も入るが、今この場には居ない。

 野次馬はかなりの数が居るのだが、居た所で俺が行った反撃を自己防衛であると証明できる者は居ないのだ。


「避けてんじゃねぇ!」

「当たったら痛いだろ? 避けるのは当然じゃないか」


 前みたいに受け流して抑え込むか? いやしかし、そうするとこいつの罪が軽くなる。殺意を持って襲われていたと証明するには、自己防衛と同じように権力者の証言が必要なのだ。しかも前とは異なり今回は外だ。故に前よりも罪が軽くなる。


 幸いギルドが近いから誰かしら職員を連れて来るとは思うが。もしくは騒ぎを聞きつけて来てくれるかもしれない。


「おらおら! 反撃してこねぇのか? このチキンがよ!」


 チキンと言うのはよくわからないが、反撃するように煽って来るとは。もしかするとそっちが狙いか? 俺が反撃したら、さも襲われていたように装うつもりなのか。


 まあ、このまま躱し続けることは可能だし、誰かが来るまで待つことにしよう。それにこいつがいつまでも攻撃できるとは思えないしな。



 しかし、数分程待てど、誰も来ない。

 もしかしたら別の協力者でもいるのか? あ、いや野次馬が多くてこちらまで来られないだけかもしれん。


 既に周りにはかなりの数の野次馬が集まっている。中にはこう言う見世物だと思っている人もいる可能性もあるな。


「おい! 何の騒ぎだこれは!」


 ようやく誰かが来たようだな。声からしてギルド長だと思うが。


 人ごみをかき分けてギルド長がこちらにやって来た。


「またお前か! それと相手は……アース!?」

「遅い到着ですね。ギルド長」


 騒ぎを起こしている者の相手が俺だとは思っていなかったのか、ギルド長は驚いたような声を上げた。


「急ぎの業務があったんだ。これでも急いできたんだぞ? 他の職員は厄介ごとを嫌って行きたがらなかったからな」

「それは後で指導した方が良いんじゃないか? 仮にも冒険者ギルドの職員なら諍いを鎮める手腕は必要だろうに」

「その予定だ」

「そうか、ってもういいよな?」

「ああ」


 ギルド長と話の間も攻撃してきていた奴の剣を躱しながら、俺はギルド長から反撃の許可を取った。そして、その次の攻撃を受け流してから自称転生者の頬を強く殴る。加減しないといけないのが面倒だな。まあ、全力でやってしまうとこいつが死んでしまうし、自己防衛の範囲でもなくなってしまうから仕方ないのだが。


「うぎょあ!」


 自称転生者が軽く数メートル飛んだ。しかし、その時のそいつの表情は何か満足げだった。もしやこいつ、自己防衛の話は知っていても、正確には知らないのか?


 飛んで行った自称転生者は野次馬の方に行ってしまったが、それに合わせて野次馬も下がる。凄いな、誰も心配している素振りが無いとは、それだけこいつは嫌われていたのか?


「直ぐに確保しろ!」


 ギルド長の声掛けで何時の間にか来ていた警備兵がこちらに向かって来て、……野次馬に阻まれた。


「すまん。退いてくれ!」

「道を開けろ!」

「ここで拒んだ者は軽犯罪に該当してしまうから、素直に退きなさい!」


 まあ、自称転生者が起き上がる前には着くだろう。


「はっ! これでお前も犯罪者だなぁ! ざまぁみろ!」

「お前は何を言っているんだ?」

「てめぇこそ馬鹿なのか! この世界ではなぁ! 自己防衛でも犯罪になるんだよ!」

「ああ、それは証言出来る権力者が居ない場合だな。今回はギルド長が居るから問題はないんだよ」

「は?」


 やはり詳しくは知らなかったようだな。もしかしたら別の場所で同じようなことをされて、それを参考にしているのかもしれないが、相手を嵌めようとするのならもっと詳しく知っておく必要があるだろう。こいつはそれをしなかったから馬鹿なのだ。


「街中での暴行未遂または殺人未遂だ。抵抗はするなよ? これ以上痛めつけなくてはならなくなるからな」

「ふざけんなよ!」


 この国では殺人未遂であっても重犯罪者だ。いや、別の国でもそうだろうが、少なくともその罪で捕まった場合は碌な扱いはされない。


「抵抗ありだ」

「はぎ!? うぎゃあ!」


 関節を決められているな。まあ、まだ温い方か。もっと酷いと関節を外すとかを当たり前にするからな。


 そうして自称転生者はまた牢屋に戻ることになった。また会うと同じようなことをして来るかもしれないが、まあ、あいつが今後この国で活動できるとは思えないし、もう会うこともないだろう。


 しかし、依頼を受けるつもりだったのだが、今日はもういいかな。気持ちが白けてしまった。

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