貴族の顛末

 

 警備兵の詰所に着くとそこには見覚えのある顔があった。


「おや。殿下ではないか。どうしてこんなところに?」

「え? ああ、アースさんではないですか! 私は王都の警備に関する部署の管理を担当しているので、その業務の一環としての視察でここに」

「ああ、なるほど。そう言えば前にあった時にそのような事を言っていましたね」


 どうやら王子は詰所の視察に来ていたらしい。

 この国の王族は真っ当な一族だ。その影響か、この国に居る貴族はしっかりとした考えを持つ者が多く、その結果、他国に比べて国全体の印象も頗る良いのだ。まあ、アレみたいな例外はいるがな。

 しかし、ここに王子が居ると言うのは都合がいい。


「それで、何故ここに?」

「あの小僧が問題を起こしていてな。それに首を突っ込んだ」

「ああ、いつものですか」

「いや、いつもこんなことをしている訳ではないのですけどね。殿下はこう言った場に遭遇する機会が多かっただけですよ」


 別に毎回厄介ごとに顔を出している訳ではない。王子の場合は、たまたまそう言う場面での遭遇率が高いだけだ。何しろ、俺が王都に来るたびに毎回と言うレベルで顔を合わせているからな。


「それで、えーと話を聞きたいのですが、殿下がこの場に居ても大丈夫なのでしょうか?」


 俺をここまで誘導していた警備兵が不安そうに聞いてくる。

 ああ、確かに本来ならこの事案は下っ端の仕事だからな。上司である王子に関わらせるのは立場的には問題があるよな。だが、あれが貴族として権力を笠に着ていた以上、一部貴族が居るとは言え警備兵では力不足かもしれない。


「むしろいてもらった方が良いだろう」

「あーまぁ、そうですね。一応、貴族関係でしたね」


 相手が貴族の笠を着ているのなら、その上位である王子がこの場に居た方が話はスムーズに進むだろう。


「殿下も良いでしょうか?」

「話を聞くだけなら問題はない。多少ではあるが時間に余裕もあるからな」


 王子の俺に対する話し方と、警備兵に対する話し方が違うのはご愛敬だろう。本来なら俺に対しても上から話しかけるのが普通だ。まあ、色々あったから多少砕けた話し方になっているのだろうが。


「それじゃあ、こちらに来てくれ」

「嫌だ! 何で僕がお前たちの指示に従わなきゃいけないんだよ!」


 この場に来てもまだ抵抗を続けるのか。ここに来るまでも相当暴れて抵抗していたのによくやるな。いや、むしろぽっちゃり体系のくせに結構体力あるな。動ける系か?


「あれは、グヌア子爵の令息でしたか。どうしてこの場に?」

「街中で暴行を働いていたので事情聴取ですね」

「ふむ、なるほど」


 王子にここまでの経緯を説明する。すると王子は何故か納得しているかのような表情で未だに抵抗を続けているそれを眺めていた。


「何か気になる事でもありましたか?」

「いや、グヌア子爵に関してはあまり良い噂を聞かぬのでな。まあ、近々に調査が入る予定だから、それに関してはその時にはっきりするだろう」

「そうでしたか」


 家の方も問題があるようだな。奴隷云々の言葉も普段から使っていないとあの場で出ることは無いだろうから、確実に奴隷関係の何かがあるのだろう。


「それで、これについての対応はどうしたらよいでしょうか」

「ううむ。まあ、近い内にこの事どころではなくなる可能性が高い以上、罰金と治療費の請求で精々だろう」

「そうですね」

「妥当な範囲だな」

「何で僕がそんなことをしないといけないんだよ!? 僕は悪くない!」


 こいつ、目の前に居るのが王族ってことに気付いていないのか? それとも知った上での発言なのか?


「話を聞く限りだと、君の一方的な言いがかりで暴行したのではないか。なのに悪くないと?」

「貴族である僕は平民を自由にできる権利がある! だから悪くない! そもそもお前何なんだよ!?」


 おいおい、この馬鹿この国の貴族なのに王子のことを知らないのか? 最近この辺りに来たと言う話は聞いたが、それでも今話している間に目の前に居るのが王子であると何度も言っているのだから、気付いていないのはおかしいだろうよ。


「君は目の前に居るのが誰だかわからないのか?」

「知らねぇよ! 誰だよ!」

「この国の王族ですよ」

「え?」


 警備兵の言葉を聞いて初めて自分がやらかしたことに気付いた馬鹿は顔を青くしながら王子の顔を見る。そこには自分のことを何とも思っていなさそうな表情をしている王子が、静かに自分を観察していた。


「い……いや。僕はこの国の王族に何と思われようと関係ない! 僕の家は隣の国の重鎮と繋がりがあるんだ。そ……それに僕は転生者の友達も居るんだぞ!? 何をされてもそいつが僕を助けてくれるんだ!」


 あぁ、もう駄目だろうこいつ。馬鹿だけじゃ言い表せない程に終わっている。


「王族に対する暴言か。これも罪に問えるな」

「私としては、そのような事はしたくないのですけどね。さすがに今の発言は無視できませんよ」


 確かに、勢いで漏らしていたが果たして事実なのかどうか。と言うか、また転生者か。最近多い気がするな。


「とりあえず、追加で王族に対する暴言により、最低でも1週間ほどは牢屋に放り込んでおきます。さすがにこれは罰金で済ませられませんからね」

「その辺は任せるよ。さすがに時間が無くなって来たので私はここまでだ。すまないな」

「いえ、取り調べに付き合っていただき、ありがとうございました。殿下」


 何だかんだ30分近く話していたからな。さすがに王子の予定ではこれ以上は無理だろう。


「それではしっかりと業務をこなすように」

「了解です。殿下」

「アースさんも、また会えましたらよろしくお願いしますね?」

「本来ならそう会わない方が良いと思うのですが、私と会う時は何かしら問題が起きている時ですし」

「ふふっ。期待しています」


 そう言って王子は詰所から去って行った。王子は何を期待しているのかが気になるな。



 後日、グヌア子爵家に調査が入り、当主主導で行われていた悪事の数々が明るみに出た。それによりグヌア子爵家は取り潰しとなり、当主はその罪の重さから公開処刑され、その犯罪に関わった者も相応の処罰が言い渡された。


 そして、その悪事の中には人身売買も含まれており、あの令息も関わっていたことが判明する。

 それがわかった時、まだ牢屋の中に閉じ込められていた令息は、そこからまた別の重犯罪者が入れられる牢屋に移された。これで当分牢屋を出られないではなく、一生牢屋を出られないと言うことになったのだった。


 ついでに転生者の友人は完全なる虚偽であったことをここに記載しておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る