威張るだけが貴族ではないはずだ
さて、毎日冒険者稼業をしていては気が滅入る。今日は休養日として王都を散策するとしよう。
そう言うことで、ここは俺が主に活動している国の首都だ。
しっかりとした石積みの住宅。綺麗に敷き詰められた石畳。それに合わせるように着飾った住民。王都にふさわしい光景が目の前に広がっている。
これで貴族らしき人物が平民らしき人物を足蹴にしていなければ完璧な光景だったのだけどなぁ。
何が原因だったのはわからないが、見てしまった以上さすがにこのまま放置するのもどうかと思うので、話でも聞いてみるか。
「すまないが、これはどうしてこの状況になっているんだ?」
その光景を俺よりも前から見ていたと思われる人物に声を掛けた。
「え? あ……あぁ、あいつが目の前を横切ったからとか、そんなくだらない理由だよ。止めてやりたいが、下手をするとこちらまで被害が出るしな。終わった後、直ぐに助け出せるようにここに居るんだ」
「なるほど、そう言うことか」
別に犯罪を犯したとか、怪我をさせられたとかではなく、単に気に食わないからと言う自己中心的な考えからやっているんだな。しかし、こんなことを白昼堂々しても気にしないあいつは何者だ? 歳的には10を過ぎくらいだろうが。
「あの貴族のことを知っているのか?」
「ああ。正確な名前は知らないが、あいつはグヌア子爵家の息子さ。前はさっぱり見なかったから最近この辺りに来たんじゃないか?」
「なるほど。情報ありがとう」
子爵家か。ならば問題はないな。これでも俺はSランクの冒険者だ。底辺職と言える冒険者でもSランクまで上り詰めれば、伯爵と同程度の発言権と権力を持つことが出来る。まあ、その代わり厄介ごとを押し付けられることもあるけどな。
「じゃあ、止めて来るか」
「え? おい。止めておけ。相手は貴族だぞ!?」
こいつは優しい奴だな。他の奴らは見て見ぬ振りをして逃げて行っていると言うのに、助けるためにここに残っている上に俺にまで忠告をしてくれるとは。
「大丈夫だ」
「いや、だがな」
俺はそいつの制止を無視して未だに攻撃をし続けている貴族に近づいて行く。こいつ、もしかして相手が死ぬまで蹴り続けるつもりなのか?
「すまないが、そこまでにしてくれないか」
「はぁ? お前誰だよ?」
「通りすがりの冒険者だな」
「はっ。底辺職が貴族である僕に話しかけるんじゃねぇよ!」
まあ、冒険者と言えばこう言うか。しかし、こうも周りを気にせず人を蹴り続けられるな。親はどう言う教育をしているんだ?
「これでも一応Sランクの冒険者なのだが」
「だからどうした? SだろうがFだろうが底辺に変わりはないだろう!」
そうか。こうなる事を予想していなかったな。まさか貴族の子息が貴族以外の権力者の存在を知らないとは思いつかなかった。
「Sランク冒険者は伯爵相当の権力を持っていることを知らないのか? 貴族なのに?」
「はぁ? 何言ってんだお前。そんな訳ないだろうが!」
聞く耳持たずか。どうしたものか。さすがにこのパターンは想定していなかったのだがな。ああ、とりあえずこの蹴られていた奴を回収しておこう。
「大丈夫か?」
「うっ、ぐぅっ」
これは大分ダメージを負っているな。もしかしたら骨が折れている可能性もあるかもしれない。
「おい! 僕のおもちゃを持って行くんじゃねぇよ!」
「はぁ。こいつはお前の所有物ではないだろう。そもそも人である以上、所有物にはならないんだが、それも理解できないのか?」
この国は奴隷を認めていない。故に人が所有物として成り立つことは無い。だから、こいつの主張を呑む必要は無い。このままこの怪我人を俺が抱えていても仕方がない。まだ心配そうにこちらを確認しているあいつに渡しておくか。
「頼む」
「え? あ……あぁ」
今まで見守っていた奴は場の流れを呑み込めずに狼狽えているようだが、俺から怪我人を優しく受け取った。
「おい! 返せよ! そいつは僕の前を横切ったんだ。それは重罪だ。それを許してやる代わりに奴隷にしてやったんだよ!」
「……お前。この国で奴隷を持つことの意味を理解しているのか?」
「知るかよ!」
こいつは本当に貴族の子息なのか? こうも馬鹿な発言をし続けるのは貴族として致命的なんだが。
「この国で奴隷を持つことは重罪だ。それも貴族籍を剥奪されるほどにな」
「え?」
「これでお前は犯罪者だな。自ら奴隷にしたと発言したのだから」
まあ、その発言を聞いていたのは、俺を含めてここに居る奴らだけだから発言の証拠としては弱いだろうが。
「良かったな。これでお前も底辺の仲間入りだ」
「う、嘘だ! お前は僕を騙そうとしているんだ。だから僕は犯罪者じゃない!」
自分の都合のいいように解釈し始めたな。こういった輩に良くあることだが、そう言ってさらに状況を悪化させるのがお約束だよな。
「おい! 通報があったがお前たち何をしているんだ! 王都で騒ぎを起こすんじゃない! ってアースさん!?」
おや? 俺のことを知っている警備兵が来たようだが、見覚えがない顔だな。新人か?
「すまん。見覚えが無いのだが、知り合いだったか?」
「え? あぁ、いえ。私は前の遠征の時に助けて頂いた内の1人ですよ。なので直接は話したことはありませんし、知り合いと言う程でもないです。こちらが一方的に知っていて感謝しているだけです」
「ああ、あの時の奴らか。悪いな、顔を覚えていないで」
「いえ、それは仕方ない事ですから。後々そうなるかわからない新人の内の1人なんて、余程印象的な顔のやつ以外覚えていなくて当然です」
少し前の依頼の最中に遭遇した、Bランクの魔物に襲われていた連中の1人だったのか。確かあれは新人研修中に想定外の魔物が出て来て、対処しきれなかったとか何かだったな。そこへたまたま通りがかった俺が助けたと言う流れだ。
「それで、これは何の騒ぎです?」
「簡単に言えば子供の癇癪で一般人が攻撃されていてそれを止めに入った感じだな」
「そうですか。原因は何だったのでしょうか」
「僕の前を横切った。だから重罪だ。と言うのがそいつの主張だ」
「はい?」
まあ、理解できないよな。真っ当な感性を持っている奴には理解できない考えだから。もし理解できるようならそいつは十分に危険人物だろう。
「理解できませんが、とりあえず詰所まで同行願います」
「ざまぁみろ」
「あなたもですよ? そもそも私は一般の方が暴行されていると言う通報があって来たのですから、その方に暴行を加えていたと言うあなたは無理やりでも連れて行きます」
「何でだよ!? 僕は関係ない!」
何で自分は連れていかれないと思ったんだ? どう考えてもお前は重要人物だろうに。
「ああ、こいつの発言は無視した方が良いぞ。話が通じないからな」
「そのようです」
「無視するんじゃねぇ!」
そうしてあの場に居た俺らと、必死に抵抗しているグヌア子爵家令息は王都警備兵の詰所へ向かった。ああ、令息の方は連れていかれた、だな。
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